第6話 行き先は今日も雨だった(未完)
巷に雨が降る。
この村に辿り着いてから四日間、絶える事無く降り続ける大雨の前に、ずっと足止めを食らわされている。冒頭の様な言い方をすると詩的なイメージも湧いて来るが、目に映るのは土砂降りそのもの、と云った感じの容赦ない大雨である。思えば俺がこの世界に来る事になったきっかけも台風による豪雨だった。幸い今いる村は、近くに崩れる様な山も無ければ溢れかえる様な川も無い、至って安全な地形上に位置しているが、逆にそれが緊張感を削ぎ、ただ退屈なだけの時間を過ごす日々に付き合わされる状態が続いていた。
「腕が鈍っちゃうよ」宿の広間のテーブルに顎を乗せる形で突っ伏しながら、フォンクが如何にも退屈と云った感じでこぼす「ヒデ、アンタの魔法で、この雨を止ませる事って出来ないの?」
「簡単に言ってくれますけどね…」俺も退屈のあまり返事を返す事さえ億劫になって来た「気候を変える程の魔法を使うには、相当な力を溜めないとイカンのよ。晴れ上がった時には体力を使い果たして動けなくなっているよ。本末転倒だよ、それじゃ…」
いっその事ステッキを振ってテレビでも出してやろうか?電気無いけど。あぁ、クソ、考える事さえくだらなくなって来る。
そんな気力の失せる日々が続いていたが、この日は若干雨の勢いが弱まり、それと共に周りの状況にも変化が現れた。広間でダラダラする俺達の前に、この世界で使われるレインコートの様な雨具を被ったプァムが、外の情報を仕入れて帰って来た。
「この雨の影響で、近くの崖の一部が崩れてね、変わった物質が見つかったんだって!」
そう言ってシュクゥルの席の横に座り、彼女に顔を寄せて
「それが、グナロアによく似ているんだって!この村にかつて武者修行の従者をした人がいて色々な情報を知っているんだけど、その人昔グナロアを見た事があって、それにそっくりだって…」
「本当ですか ! ? 」退屈に支配されていた事もあって、シュクゥルも普段の彼女らしからぬ大きなリアクションで反応した「是非、確かめてみたいです!その場所って遠いのですか?」
「ここから少し離れるけど、何処ら辺かは大体見当がつくから、案内してあげる!」
「二人だけじゃ、何かあった時危ないよ」俺は渡りに船とばかりに立ち上がった「三人で行こう。フォンクも来るかい?」
と言って振り返ると、テーブルに顎を預けたままの態勢で居眠りをしていた。それを見たプァムがクスリとしながら
「無理に起こすのも悪いネ」
と小声で言って、人差し指を口に当て要静寂のゼスチャーをした。俺達は顔だけ笑いながら雨具を引っ掛けて外に繰り出す事にした。
宿を出て弱まったとはいえまだまだ雨足の強い中、水溜まりと泥にまみれた道を進んでしばらく行くと、左右に切り立った岩山が巨大な壁の様に展開して来た。更に進むと高くそびえていた岩山が徐々に低くなり、道が大きく右に曲がった所に来ると、その行く先を開ける様な形で連なりが途切れていた。
「あそこだよ。見える?」
プァムの指差す方を見ると、右側の岩山の中腹─高さ十メートル程─の辺りに、何やら大きなボール状の塊がめり込んでいた。シュクゥルは暫し目を凝らしてその物体を眺めていたが
「この位置からでは本物のグナロアかどうかは…。もう少し近くで確認出来ると良いのですが…」
と判断をしかねている様子だった。俺は少し考えて
「あの近くまで行ければいいんですね」
と言って飛行箒を呼び出した。空の彼方から飛んで来た箒も雨に当たり濡れていた。俺は先に股がると
「後ろに乗って下さい。股が濡れて滑りやすいですが堪えて下さい、スイマセン」
と相乗りを促した。シュクゥルと会話すると無意識の内につい敬語になってしまう。気を付けてはいるが半ば諦めている。後ろに股がったシュクゥルは俺の腰に手を回して掴まると
「わざわざ手間をかけてスミマセン。お願いします」
と恐縮気味に発進の合図をした。グナロアらしき物体の傍までゆっくりと上昇し、目の先三十センチ程近くで確認作業を行ったが
「これは違うみたいです。輝きや硬質に違和感があります」
というシュクゥルの言葉を聞いた俺は、不自由な態勢で下のプァムにバツ印を作って見せた。
「残念だったね。せっかく来たのに…」
下に降りた俺達にプァムがガッカリした様子で言うと、シュクゥルは
「仕方ありません。それよりわざわざ教えてくれてありがとうございます。また皆さんと旅をしていれば必ず見つけられると思います」
と言って優しい笑みを見せた。それを聞きながら彼女を降ろし箒を収めようとした俺の耳に、何やら妙な音が雨音に混じって聞こえて来た。
ドドドド……!
何か大量の水が流れて来る様な低く重い物音。それはそびえ立った岩山の上から響いて来た。
何で?あんな方向から水が?
全く水気の無い場所から聞こえる荒れた大河を思わせる様な不気味な連続的な響き。まさか、幾ら何でもな…。別の物音だろう。場所から言って、間違っても水の流れる音では無い。
そのまさかだった。
バシャーン!!
高さ五十メートル程の岩山の上から、大量の水が滝の様に俺達に襲い掛かって来た。咄嗟にプァムの腕を掴んだ俺は一気に箒を急上昇させた。
ドドドドドドドッ……!!!
箒が飛び上がった直後、俺達が居た場所に巨大なプールをぶちまけた様な凄まじい量の水が被せられた。一瞬にして辺り一面を水没させた後、暫く激しいうねりを見せていたが、やがて山の間をつたって広がって行き、その水位を下げていった。
「…………」
信じられない自然現象に暫く言葉を失っていた俺がフと山の頂上を見ると、そこに人影らしき物が見えた。詳細までは分からないが、上半身裸の肌の黒い男…。その謎の人影は、人間離れした早さと動きで、アッという間に俺の視界から消え去った。
謎の超常現象から間一髪で命拾いした翌日、長い事続いていた雨による足止めが漸く解除された。空を見るとまだどんよりと雲が掛かっていたが、出発するのに支障は無かった。ただ大雨の影響で道が塞がれている所があり、その分遠回りをしなければいけない可能性も出て来た。
「隣村では相当の被害が出たらしいので、道が寸断されているかも知れません」宿の主(あるじ)が出発する俺達に警戒を促した「死者も出たという話なので土砂崩れ等には十分注意しなされ。地盤が緩んでいる事もありますのでな」
「ありがとうございます。気を付けます」
数日間御世話になったのとこれからの身を案じてくれた事に礼をした後、俺達は宿を出て泥に乱れた歩き心地の悪い道を進んだ。
果たして隣村が近づくにつれて、土砂崩れで流された大木等が散見し出し、進路を阻み始めた。更に歩みを進めていくと、障害物の数が増えて行き、やがて完全に行く手を阻まれてしまった。
「どうしよう?他に道も無いし…」
プァムが困り切った顔で俺を見た。
「何処かに迂回路があるかも知れない。上から探してみるよ」
俺はそう言って飛行箒を呼び出すと、曇り空に向けて飛び立った。
暫く辺りを飛び回り地上を見渡していると、先程通った二手に分かれた分岐路を発見した。宿の主に教えて貰った隣村へ向かう道が通行止めになっている以上、ここまで引き返してもう一方の道を進むしかない。その道を見下ろしながらそれに沿って少し進んでみると、かなりの回り道にはなるが、隣村を超えて先に行ける事が分かった。
プァム達の所に戻ってその事を伝えると
「それしか無いなら仕方ないね」
と引き返す事を決め、フォンクとシュクゥルも同意した。ステッキ魔法で障害物を吹き飛ばせば楽なのだが、俺の魔法はあくまでプァムの補助。旅を楽にする為の手段ではない。道の歩き難さもあって、迂回路を進んで隣村を越せる地点に来た時、既に陽は暮れかかっていた。山の合間を進む道が続き、岩肌の露出した絶壁がひたすら左右に展開する中、先を急ぎ歩いた。
「疲れないか?一息つく?」
黙々と前を歩くプァムに声を掛けると
「大丈夫。暗くなる前に早くここを抜けないと…」
と明らかに疲れが感じられる口調ながら、それでも気丈な態度で前を向いたまま返事をした。
「でも次の開けた場所まではかなりある。最悪、この辺りで野宿する事になるかも知れないな」
俺が独り言の様に予想を口にすると「仕方ないね。自然の気まぐれには勝てないよ」
とフォンクが既に野宿を覚悟した感じで誰に言うともなく、言葉を発した。俺も今夜中の山中突破は難しいそうだ、と陽が沈みかけて来た空を見上げた。
その時。遥か頭上から俺の耳に不吉なネイチャーサウンドが流れ込んで来た。
あの音だ!ドドト…という全てを呑み尽くしそうな凶暴さを秘めた荒っぽい水音。それが岩肌の剥き出した山の上から、あの時同様、音量を爆速で上げながら響き渡って来た。次の瞬間
ゴォオオオッ!!
悪夢の衝撃再び!岩山の頂上から滝の様に大量の水が、降り掛かる様に俺達に襲い掛かって来た。
俺は瞬時にステッキを取り出し、叫ぶ様に呪文を唱えた。
「ヒアキラズカナリ、ヒアキラズカナリ!山の頂上に移動!」
頭上に降り注ぐ水の大軍が獲物を呑み込む直前に、俺達四人は反対側の岩山の頂上に瞬間移動し、今回も難を逃れた。俺は全員の身の安全を確認すると向かい合う岩山の頂上に目を向けた。そこに居たのは…。
またあの男だった。上半身裸の色黒の男。俺の視線に気付いたその男は、またしても風の様な早さで背を向けて走り出した。
「待て!」
俺は自分でも驚く程の素早い動作で飛行箒を呼び出し、飛び乗る様に股がるとロケットの様なスタートダッシュで逃げる男を凄まじい勢いで追い掛けた。
「ヒデ、どうしたの ! ? 何処に行くつもりなの ! ? 」
プァムが声を掛けた事を後で知ったが、その時の俺には当然聞こえていない。眼中にあるのはあの男を追い掛ける事のみ!男の走るスピードは常人離れしていたが、飛行箒の敵ではない。俺はアッという間に男を追い越すと、カースタント並みの急激な方向転換をし、男の進路を塞いで真っ向から向かい合った。
「止まれ!」
行き先を遮られた男は、咄嗟に向きを変えようとしたが、それも無理と悟ったのか、箒に股がったままの俺に太々しい表情を見せた。逞しい上半身をそのまま隠す事なく晒し、白く膝まである衣を腰に巻いている。足は裸足。彫りの深い顔付きで、肌の色は濃い茶色をしていて完全な黒人のそれではない。身の丈は俺よりやや高めと言った感じか。
「この洪水…、いや前回もだ。あれはお前の仕業なのか?」
厳しさを全開にした俺の問いに男は
「そうだ」
と悪びれる様子も見せず、太々しさを保ったまま返答した。
「何故そんな事をする?そもそもお前は何者なんだ?」
「俺は雨や水を自在に操る魔人。その名も…」
漫画やアニメならここで雷鳴が轟き、稲光をバックに男の全身が真っ黒に染める演出がされて、両目だけが不気味に光を放つ中高々と名乗りを上げる…そんな場面だ。
「その名も、スコールマン!」
ダッサ!何だよその◯ン◯マンのモブ超人みたいなネーミングは!…って、待てよ。それって英単語を組み合わせた名前じゃないか!俺は思わず半ば問い掛ける様な台詞を発した。
「お前も…転生者なのか…?」
この言葉は男─スコールマン─にとっても想定外らしかった。
「お前も、という事は…なるほど。奇遇じゃないか」
相手の思わぬ正体に驚きながらも、俺は更に問い詰めた。転生理由とか細かい事は後回しだ。何より一番肝心な事が分かっていない。
「何で俺達を繰り返し襲う?まさか偶然だったって事は無いだろうな?」
「お前に話す必要は無い」
「そうは行かねぇんだよ!」素っ気なくスルーしようとするスコールマンに対し、俺は怒鳴りつける様に声を張り上げた「こっちは二回も殺されかけたんだ。それだけやられて、理由は言いません、なんて言われて収まるとでも思ってんのか ! ? お前がそう言うのなら場合によっては…」
俺が懐中のステッキを握るのを察したのか、スコールマンは
「フン」と言って顔を横に向けると「全てはキャプレィ様の為…、俺の犯した罪を償う為…、それだけだ」
と誰に聞かせるとも無い口調で言い捨てた。キャプレィだかオスプレイだか知らんが
「それだけじゃ分からん。その人は何者だ?そしてお前とどういう関係にあるんだ?」
俺が更に質問を続けるとスコールマンは横を向いたまま
「俺はかつて魔女の従者をしていた。キャプレィは俺がお仕えした魔女の名前だ」
と語り出した。ここで俺は漸く箒に股がりっ放しであった事に気付き、同じ転生者の話に聞き入る為、浮遊する箒から地面に降り立つ事にした。
「転生前はアメリカで格闘家をしていた」両手を腰に当て顔を少し正面に戻しながらスコールマンは身の上を語り始めた「事故で死んだ後、この世界のある魔族に召喚される形で、その魔族に仕えていた賢者に転生した。その賢者は優れた魔法を使えたので、俺を転生させ復活させる事で有能な武者修行の従者に出来ると考えたらしい。だが転生した俺にはその能力は付与されなかった。期待外れと言われ、ルールを誤魔化して従者をクビにする話まで出された」
何か俺と似てるな。
「そんな俺を庇って出来る限りの魔法を付与して、従者として武者修行のお供にしてくれたのがキャプレィ様だった。」
~一身上の都合につき未完~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます