2024/9/12

 風呂場で蜘蛛が死んでいた。ここ数日、いつも顔を突き合わせていた奴である。その小さな蜘蛛が、暑さ凌ぎに溜めておいた水風呂の上で、力なく仰向けに浮かんでいた。

 吾は水風呂へと静かに体を滑り込ませた。やあ同胞、今日も暑いな。お前も涼みに来たのだろう。この池はお前のために溜めたものじゃないが、浸かって一向に構わんさ。ともに束の間の至福を味わおうじゃないか。はぁ、極楽、ごくらく。なんだ、お前は一足先にまことの極楽にいってしもうたか。彼岸はもすこし先だというに。何とも気の早い奴じゃのう――蜘蛛は吾の言葉に少しも動じず静謐を保ってあった。

 吾は黒々とした、冷たい遺体を水上から掬おうとした。しかし何度やっても遺体は掌の上から零れ落ちるばかりであった。吾が手は不浄、水面みなもは清浄といわんばかりに、蜘蛛は頑なに現世の救いを拒否して涅槃境へと還ることを選び続けた。

 風呂場を出て、ふと吾は考えた。無論、吾は蜘蛛を殺してはおらぬ。だが地獄の閻魔は蜘蛛の住処にわなを張ったことをここぞとばかりに咎めるであろう。まこと、罪とは人の身には知りがたいものである。

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