《後編》悪役王子と悪役令嬢のクリスマス

「こ……?」

 続く言葉が出なかった。

 きっと聞き間違いだ。あまりに急展開すぎる。


 トルテリーゼがもぞもぞとすると、どこかに隠していたのか小箱を取り出して俺に差し出した。

「メリークリスマス。プレゼントです」

 小箱が震えている。いや違う。持っているトルテリーゼが震えているのだ。寒さのせいか。それとも緊張のせいか。いらない王子の俺ごときに?


 箱を手に取り、開ける。

 中に入っていたのは俺の瞳と同じ色をした紫色の宝石で飾られた花のブローチだった。

「お好きなものがわからなくて。お気に召していただけないかもしれませんが」

「――プレゼントをもらうのは初めてだ」

 生まれてこの方、俺にはクリスマスも誕生日も存在しないのと同じだった。


「それなら私に毎年贈らせてくださいな」

「でもなんで俺なんだ。俺は嫌われ者の――」

 トルテリーゼが首を横に振る。

「不遇だから、そのように振る舞うほかなかったのでしょうか。殿下が本当はお優しいことに気づきましたの。クリストフ殿下たちのおかげで」


 彼女はそう言うと、俺がトルテリーゼがヒロインをいじめようとしている場に乱入して悪役王子として振る舞い、いじめを未然に防いでいたことを例に上げた。

 他意がなくに見えるよう、かなり気を遣っていたのだが、トルテリーゼには気づかれていたらしい。


「別に優しいわけじゃない」

 同じ悪役として、彼女が破滅するのを見たくなかっただけだ。それに彼女は俺にしっかり挨拶をしてくれる、貴重な令嬢だったし。


「私も、意地悪で狭量で、情けない令嬢でです」

「そんなことはない! すべて浮気者の王太子が悪いのだ!」

 思わず反論すると、トルテリーゼは微笑んだ。

「お優しいギルベルト殿下。あなたを好きになってしまいました。私でよければおそばで愛させてください。けっして淋しい思いなんてさせません」


 んん?


「もしかして俺のひとりごとを聞いていたか」

「なんのことでしょう」

 トルテリーゼは表情を変えなかったけれど、だからこそ察した。彼女は俺の恥ずかしい呟きを聞いていたのだ。


 なんてことだ。穴があったら入りたい。

 だけどそんな羞恥よりも、俺は今嬉しすぎて泣いてしまいそうな気分だ。

 こんな俺を愛してくれるひとがいた。しかも、俺をいないものとして扱わなかったトルテリーゼだ。


 正直に言えば、彼女に多少なりとも好意があったから、ヒロインいじめの邪魔をしていたのだ。だが――


「俺は嫌われ者だし、プレゼントを返す財力もない」

「今こうやって、ふたりきりでお話できていることが、最高のプレゼントです」

「天使か?」


 思わず本音が口をついて出てしまった。

 トルテリーゼはきょとんとして、それから大輪のバラのような素晴らしい笑顔を浮かべた。


 ◇◇


 ブローチを胸につけ、月明かりに照らされた庭でトルテリーゼと一緒に踊る。

 ダンスの授業以外で踊るのは初めてだ。あんなに寒かったのが嘘のように体が温かい。

 こんな夢のようなことがあっていいのだろうか。

 それとも聖夜だから、奇跡が起きたのか?


 と、空からシャンシャンシャンシャンという鈴の音が降ってきた。

 思わず踊りをやめて天を仰ぐ。

 すると満月の前を、影が横切った。サンタが乗った、トナカイのソリだ。


「……サンタクロース?」

 トルテリーゼと俺の声が重なる。それからお互いに顔を見合わせた。


「そうか、やっぱり君はサンタの贈り物か。奇跡だ」

「違うわ」トルテリーゼが指先でブローチに触れた。「これは何日も前に用意をしたものよ。私がギルベルトを思う気持ちは私のもの。サンタクロースの贈り物でも奇跡でもなくて、優しいあなたが私にもたらしたものの結果なのよ」

「そ、そうか」


 あまりに嬉しい言葉に、頭がくらくらする。

 自分が愛してもらえる日がくるなんて、つい少し前までは思いもしなかったのだから。


「でももしサンタクロースのプレゼントなのだとしたら」とトルテリーゼは続けた。「彼は良い子にしか贈り物をしないのよ」

 にっこりとするトルテリーゼ。


「――君は俺を褒めすぎだ」

「事実だもの」

 柔らかい笑顔で俺をみつめるトルテリーゼが愛おしい。愛おしすぎて、強く抱きしめたい衝動に駆られる。だがそれはまだ早い。


「そろそろ広間に行こうか。君の婚約が解消になったか確認をして、それから公爵に結婚の許可をもらいたい」

「ええ」トルテリーゼが笑みを深くする。「――やっぱり、サンタクロースの贈り物ね。本当は私、断られると覚悟をしていたの。あなたもクリストフ殿下と同じ令嬢を好きなのだと思っていたから」


 ドキリとした。

 前世の記憶がなければ、そうなっていたはずだしその影響なのか、ときたま彼女が可愛く思えるときはある。

 けれども――


「トルテリーゼ、ずっと以前から君を尊敬していたし、今は」彼女の手をとりその甲に口づけた。「とても惹かれている」

 俺を愛してくれたからじゃない。俺がひとりでがんばっていたことを見過ごさないでくれたから。


 いや、どちらでも構わないか。

 理由なんてどうだっていいんだ。


「行こう」

 彼女と手を繋いで広間に向かう。

 悪役王子として、場を乱すためじゃない。

 ギルベルトとして、彼女と俺の幸せを手に入れるために、だ。





 《おわり》

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ひとりぼっちの悪役王子とクリスマス  新 星緒 @nbtv

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