第2話
それからも私は、時に両親やお姉様を巻き込んで、もとい協力してもらい、この世界に百合という概念を広めていった。
そして15歳になった私はこの春、乙女ゲームの舞台になる王立学園に入学する。
「レイチェル様。おはようございます」
「ええ、よろしくね。エマ」
レイチェル様のお姿は、ゲームの設定資料通りなんだけど、そんなもので表現できない神々しさがあふれ出しております。
「本日はお一人で……?」
「ええ……殿下は生徒会の用事があるそうで先に」
「そうなんですか……」
初めてレイチェル様とお会いした時から、度々お茶会等を通して交流を重ねた私は、見事原作通り悪役令嬢に侍るモブ令嬢の立ち位置を獲得いたしました。
レイチェル様の周りには、徐々に取り巻きの令嬢たちが集まってきました。
「レイチェル様。聞きました? 男爵令嬢の話」
「ええ。母親が平民で、珍しい光魔法の持ち主だとか」
きっとヒロインのサラのことね。
本当に乙女ゲームのシナリオが始まるのね。気を引き締めないと。
目指せ、真の悪役令嬢ルート!
「サラ。学園には慣れたかい?」
「勉強で分からないことがあれば、何でも私に相談するといい」
「今度騎士科の訓練を見に来てこいよ。俺の勇姿を見せてやる」
「君の家は貧乏だろう。必要なものがあったら、私が買ってやろう」
「え、えっと……」
なんというかまぁ……流石ヒロイン。
もう攻略対象が集まってる。
それにしても攻略対象の残り2人、彼らも明らかにゲームと性格が違うんだよなー……。
攻略対象3人目の騎士団長子息エドモンド・シュバリエ。
ゲームでは、主を守る寡黙な騎士って感じの守られたい系のイケメン。
目の前にいるのは、ただの力自慢の脳筋って感じ。
攻略対象4人目の商人子息アレン・デュボア。
ゲームでは、お金目当てに集まってくる人ばかりで人間不信に陥っている、優しくしてあげたい系のイケメン。
あんなに金にものを言わせるタイプでは絶対なかった。
子供の時の第一王子と宰相子息も合わせて、攻略対象4人全員転生者で間違いないんじゃないかな?
4人全員、人間としてはクズなタイプな気がする。
前世の女優経験で培った人間観察力はこの世界でも健在なのは、この8年間で証明できた。
だとしたら、この4人のどのルートにも決して進めさせてはいけないわ!
サラとレイチェル様の幸せのためにも!
「サラさん」
とレイチェル様が彼らの間に割って入った。
原作ではここでレイチェル様はサラに対し、攻略対象たちに近づくなと注意をする場面。
「レイチェル……邪魔しないでくれるかな」
「私たちのクラスはこの後魔道棟で魔法の実習ですの。行きますわよ、サラさん」
「は、はい……」
「あ、おい……待て……」
殿下たちのことを無視して颯爽とサラを助け出されたレイチェル様流石です!
原作でも思ったけど、攻略対象たちが物珍しさからサラに近づくから嫌がらせが起きるんだよね。
どいつもこいつも、婚約者を蔑ろにしているのに、ゲームではハッピーエンドで終わってる。
でもここは現実。エンディングの後も人生は続く。ゲームのようにいくわけはないのだ。
「エマ。皆さんも行きましょう」
「あ、はいっ……」
いけないいけない。私たちも次の授業一緒だった。
◆◇◆◇◆
「ありがとうございます。レイチェル様」
「あなたのせいではないのはわかっているわ。こちらこそ殿下がご迷惑をかけてごめんなさい」
「そ、そんな……レイチェル様が謝ることでは」
ゲームでの二人の立場は、ヒロインと悪役令嬢。
でもこの世界での、レイチェル様とサラさんは友人関係になっている。
それには私たちもいろいろとかかわっているんだけどね。
「レイチェル様とサラさんが一緒にいるのを見ていると、こう……クルものがありますわね」
「これが噂に聞く『尊い』ですわ~」
とレイチェル様とサラにばれない様にこっそりと話してるのは、同じく殿下の側近の攻略対象の取り巻きの方たちで、ゲームのルートではヒロインのライバルとして立ちふさがっていた人たち。
それが今や私の同志。ここまで百合の布教が浸透していったことには流石に私もびっくり。
「ほとんどの結婚は家同士の結びつきが重視される。平民みたいに恋愛結婚した家のほうが珍しいからね。みんな思うところがあるのよ」
以前お姉様が言っていたけど、こういうことなのね。
確かに「両親や婚約者以外の異性との交流をするの、学園に入学してから多くなった」って入学時に話しているクラスメイトがほとんどだったわね。
ともかく、サラとレイチェル様の仲が進展していくのはいいことだわ。
「ところで皆さん。殿下たちのことどう思います?」
「そうですわね……レイチェル様の手前、大きな声では言えませんが……」
「私は気にしないわ。殿下に告げ口することも、不敬に問うこともしません」
「やっぱり婚約者がいながら、他のご令嬢に気安く話しかけるのはどうかと思いますわ」
「ですわよね。それもサラ様が一人の時に。あれじゃあ、サラ様が言い寄っている風に見えるじゃありませんの」
レイチェル様の許しもあってか、出るわ出るわ攻略対象たちへの不満が。
ご令嬢たちの口から飛び出してくるのは、殿下を始めとした自身の婚約者たちへの愚痴の連続。
「エドモンド様は私とお茶会をしてる時でも、暇さえあれば体を鍛え始めるの。お茶会の意味ないわ」
「ユリウス様。勉強できないっていつもわたくしのこと下に見てくるの。自分のほうが成績悪いのにね。」
「この前アラン様と食事をしたんですけど、ご自分の店だからって従業員に暴言ばかり言って、最悪な気分でしたわ」
と口から出るのは自分たちの婚約者への罵詈雑言の数々。
ゲームでは婚約者との関係は、みんな最初は悪くなかったはずなんだけど。
どうにも、幼少のころから問題があるみたいで、関係は最悪になっている。
悲報?朗報?…………攻略対象たちは全員馬鹿みたいです。
「先ほどだって、サラ様が強く言えないのを分かっていて近づいたに決まっていますわ」
「サラ様。これからはレイチェル様とご一緒に行動するのがよろしいですわ」
「そうですわね。殿下もレイチェル様を前にしてまで強く出ることはないでしょう」
「え、でも……私がレイチェル様にお近づく気になるなんてとても……」
「私は全然かまわないわ」
「レイチェル様?」
「もちろん。あなたが私と一緒にいるのが嫌っていうなら、無理には誘えないけれど……」
「い、嫌じゃ……ないです」
「そ、そう……じゃあ。私と一緒にいなさい」
「は、はい……」
……なんか口の中が甘ったるくなってきた。
「……私。今日のお茶はストレートで飲もうかしら」
「……奇遇ですわね。わたくしも」
「いつもより苦めにした方がいいかもしれないですね」
……で、ですよね。
◇◆◇◆◇
それからサラは、私たちと共にレイチェル様のお側に侍ることになった。
サラは最初は戸惑っていたものの、レイチェル様の人柄に触れてすぐに打ち解けていった。
サラはとてもいい子だ。
レイチェル様はそんなサラを可愛がっている。
「最近。クラスの子たちも話しかけてくれるようになって……」
「サラの周りにはいつも殿下たちがいたからね。そのせいかサラのことを『殿下たちを誑かしてる』なんて噂してる人もいたわ」
「レイチェルのおかげで、学校生活がすごく楽しい」
「これからもっと楽しくなるわよ」
二人きりになったときはお互いに名前呼びしてる。
それだけ二人の仲が近づいたってことね。
……あっ!?レイチェル様ったらサラの手を自然と繋いでる。
「これが『尊い』なのですわね」
「わたくし。最近身分違いの百合本にハマってますの」
「まぁ。私もですわ」
私たちはというと、二人の目につかないところから、二人のやり取りを鑑賞しています。
こうして鑑賞できるように、全員『遠見』と『盗聴』の魔法を習得しています。
『遠見』の魔法で二人の様子を視界に移し、『盗聴』の魔法で会話を聞くといった具合に。
これらの魔法を発明したのは、私です。前世のアニメみたいになんかできないかなーって色々試してた時に偶然できた。
この魔法のおかげで、二人の邪魔にならないところから、二人の様子を鑑賞できます。
いくらでも悪用できるので、ここにいる人たちと一部の人にしか教えていません。
「そういえば私、エドモンド様との婚約解消が正式に決まりましたの」
「奇遇ですわね。わたくしもですわ」
「私もアラン様と解消されましたの。本当に偶然ですわね」
私は教える際に「信用できる人以外に教えない様に」とは言いました。
誰かに教えることを禁止はしていません。
本当、偶然ってあるのね。不思議だわー……
「そういえばエマさん。例の魔法はどうなってますの?」
「お父様が言うには、近いうちに完成するそうです」
「本当ですの!」
「それは朗報ですわ……」
「完成したら私たちもぜひ教えてください!」
「それはもちろん」
百合を浸透させることはできたけど、この世界には魔法もあるんだし、同人誌で定番の、あれもできるんじゃないかと考えた。
お父様とお母様は優秀な魔法使いでありながら魔法省に勤務する研究員でもある。
私が頼んだら「面白そう」とノリノリで研究してくれてる。
そんな両親でも実現するのは難しかったようで、ここまで時間がかかりました。
それからも私たちは、陰ながらサラとレイチェル様のやり取りを見守り続けていた。
そうして学園生活を続けているうちに、一緒にいる時間に比例して、二人の距離も段々と近づいていったのでした。
迎えた学園卒業の日。この日は卒業を記念して王宮でパーティーが行われるのが恒例行事となっている。
ゲームでもあったクライマックスのイベント。
ヒロインは、一番好感度の高い攻略対象にエスコートされて会場入りする。
どのキャラとの間も好感度が足りない場合は、一人で入場する。
ゲームでは……ね。
「続きまして。レイチェル・フォンテーヌ侯爵令嬢とサラ・ミュラー侯爵令嬢の入場です」
司会の方のアナウンスと共に入場するレイチェル様と、レイチェル様にエスコートされるサラ。
ちなみ攻略対象の婚約者の方たちは、それぞれの親族の方にエスコートされて入場されました。
それにしてもレイチェル様は、流石の凛々しさ……!!
エスコートされるサラも満更じゃなさそうでよかったわ。
「どういうことだ! レイチェル!!」
と空気を読まない馬鹿の声が会場に響いた。
会場に入ってきたのは、パーティーへの参加資格のない殿下たち攻略対象一行。
その姿に、会場にいる誰もが呆れかえっている。
殿下の父である国王陛下もだ。
「なんで貴様がサラと一緒にいる! 彼女は俺と一緒に入場するはずだったのに」
「……私が婚約者と一緒に入場することの何がいけないんですの?」
「はぁ? 婚約者……? 貴様の婚約者はこの俺だろ……?」
「殿下との婚約は既に破棄されております」
「そんなの俺は聞いてないぞ!」
「そんなの私に聞かれても知りませんわ」
そう。レオン殿下とレイチェル様の婚約はとっくに破棄されている。
取り巻きの婚約者の皆さまと同じタイミングでね。
まあ、それはいいとして……。
「そもそもどうしてあなたがここにいらっしゃいますの?」
「そんなの。今日のパーティーにサラをエスコートしようとしたからに決まっているだろう」
「パーティー? あなたが?」
「今日は俺の卒業を祝うためのパーティーだろう? 主役の俺が出ないでどうする?」
「何を言っておりますの? 殿下は卒業できないですよね?」
「はっ!? なにを言っているんだお前は」
「殿下はすでに留年が決定しています。卒業できるわけがないでしょう」
「留年? 俺は王子だ。そんなのどうとでもなる」
そんなわけないでしょう。
と会場にいる人は皆思っていることでしょう。
「サラ。君は嫌々レイチェルに従っているんだね? かわいそうに……俺が来たからもう安心だ」
とレオン殿下はサラに近づこうとしているが、サラはレイチェル様の背中に隠れてしまう。
それに、レオン殿下に対し怯えているようにも見える。
そしてサラを庇うようにレオン殿下に立ちふさがるレイチェル様。
その堂々たるお姿や、異性同性構わず皆虜にしてしまいそうですわ!
「私の婚約者に近づかないでくれます?」
「レイチェル様……」
「婚約者? さっきから君は何を……」
「ですから。サラが私の婚約者だと言っているんです」
「は?……」
何を言っているのか理解できずにアホ面をさらしている殿下。
婚約者って言われてるのにまだ慣れないみたいでサラが恥ずかしそうにしている。初々しくていいわー……
「はっ……女同士で婚約? 気でも狂ったのか」
「……本当に殿下は何も知らないんですのね」
殿下の発言にはレイチェル様も呆れておられます。
それに会場の皆さまもです。
こんな方が時期国王というのは、不安しかないですね……
「おい、貴様ら! 俺に向かってなんて態度だ!」
「――レオン」
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