第8話 もう一度言わせていただきます

「お待たせいたしました、カイン様」


レイラは婚約者であるカイン伯爵子息の元へ行く。

大きな変わりように、彼は一瞬頬を染めたがーー。


「すまないがレイラ、君とは結婚できない」

「…は…?」


急な婚約破棄。

そして、カインはぱんぱん、と手を叩く。


「さあおいで。アンジェリカ、君をみんなに紹介したいんだ」


レイラとはまたタイプの異なる、明るい茶髪のふわ、とした可憐な少女だ。だが、その瞳の奥に映る魂胆を、私は即座に理解した。


「彼女と婚約するんだ」


屋敷中がざわつく。当のレイラは、必死に我慢して立っている。今にも泣きそうな彼女はーーあの時私が浮気現場を見た、その時に心に留めた「私」と重なる。

悲しくて、悔しいあの時の心の「私」は、泣いていたから。


「すみません、私カイン様を愛してしまったのです…」

「私もだ、このアンジェリカほど可愛い女はいない。すまないが、レイラよりも愛してしまった…」


「愛」など簡単に口にしてはいけない。

それがわかっているのだろうか、彼らは。その言葉を突きつけられた人が、どれだけ傷つくかなんて、思いもしないのでしょうね。


「愛」が育まれるには、時間がかかる。

つまり、彼らはーー浮気していた、ということ。


「っ、浮気、なさったのですね」

「!?断じて、浮気ではない!」

「ええ、ええ、そうですわ。少し一緒に街をお散歩しただけですの。あ、このドレス、カイン様にいただいたんでした!」


この少女、下手だ。

ドレスのことを言ってしまうと、それは明らかな「浮気」。

しかし、レイラは怒りと悲しみのあまり、もう声にならない叫びを発している。レイラの助けを求める視線はーー私、セシリアへ。


「ふぅ。お二人様、恐れながらショックを受けているレイラ様に変わりまして私が一言言わせていただきたいのです」

「…お前はレイラのなんだ?」

「家庭教師でございます」

「ふむ…。言ってみろ」


家庭教師になるのなら、学があるということ。

学があるということは、良い家柄に生まれたということ。

それを理解したこの男は、少なくともジークフリート王太子より優秀だろう。ーー恋愛に、うつつを抜かしてはいるが。


「お二人様は、「街にお散歩」し、「物を贈り合った」と?」

「あ、ああ…」

「そうですわ」


二人が頷く。

私はふぅ、と深呼吸した。


「カイン様、アンジェリカ様」


もう一度言わせていただきますね。


「知っていますか?それって「浮気」って言うんですよ」





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