未来型生活

白兎

第1話

 バタバタバタバタッ。無数の羽音と共に、寝ている俺の顔をそれらがかすめていく。

「ったく、たまんねぇよ。毎日毎日」

 俺はベッドから起き上がり、白い四角い箱の天面を叩いた。箱が開き、飛びまわっていたトンボ型飛翔ロボットの群れが、そこへと入っていった。かなりの数だが、なぜその小さな箱に収まるのかは分からない。これは遅刻常習犯の俺に、上司が用意した目覚ましだ。とんでもない物をくれたもんだ。だが、こいつのおかげで寝坊はしなくなった。

『おはようございます』

 天井のスピーカーからいつもの声がする。

「ああ、おはよう」

 この家がしゃべっていると俺は解釈しているが、どんなシステムなのかは理解していない。制御盤さえ存在しないが、テクノロジーというやつなんだろう。天井からは機械的な触手が出てきて、俺が着ているパジャマを左右から引きはがす。そしてそのまま天井へ収まった。それは俺が仕事から帰ると洗濯されて、綺麗にたたまれてベッドの上に置かれているのだ。トランクス一枚の俺は、そのままダイニングへ行くと、

健人たけひとさま、おはようございます』

 ドラム缶の様な寸胴なおばちゃん型家事ロボットが、俺のそばに寄ってきた。

「ああ、おはよう」

 天井からの触手が現れて、白い肌着とワイシャツとスラックスパンツを俺に着せにかかる。おばちゃんロボットは旧型で、最新のヒューマノイド型ではないが、便利なところもあって、胴体の中で色々なことができる。

『朝食の準備ができました』

 腹の部分から、引き出しのように出てきたトレイの上には、出来たての料理が乗っている。

『今日はスクランブルエッグとボイルしたウインナーに……』

「説明はいらないって言っただろう? 見れば分かるから」

『はい。承知いたしました』

 旧型だからなのか、それともそうプログラミングされているのか分からないが、毎日同じことを繰り返している。まあ、一人暮らしの俺には、会話のできる相手がいるだけありがたい。冗談が通じないところが小々欠点だが、何となく愛嬌があるこいつを、まあまあ気に入っている。

 トレイを受け取り、テーブルに置くと、おばちゃんロボットの顔の部分が左右に開き、

『コーヒーが入りました』

「面白いやつだよな、お前は。なんで、顔が開くんだよ」

 俺が笑ってそう言うと、

『申し訳ありません』

 なんて謝る。言葉を理解しているのかな? 文句を言ったつもりはないのだが。このロボットが入れるコーヒーが、意外と美味い。香りが高くコクもあり、すっきりとした後味だ。どこの豆を使っているのか。そもそも、こいつが料理をするための食材さえも、どこでどのように手に入れているのか、全く知らないのだ。

「なあ、お前って、買い物はするのか?」

『買い物とは、どういうことでしょう?』

「え?」

『物を買うという行動はインプットされておりません。何をお聞きになりたいのでしょうか?』

「だってさぁ。このコーヒーにしても、料理にしても、食材をどこかで買ってこなければならないだろう?」

『いいえ、それらすべての材料、必要な生活消耗品等はラインで送られております』

「ライン? 何だよそれ」

『トーストが焼けました』

 話の途中なのに、おばちゃんロボットは腹から焼きたてのトーストを出してきた。

「あっ。どうもって、質問に答えてくれよ」

『はい。ラインというのは、我々家事ロボットが物品を受け取るシステムでございます。健人様はご存じにならなくともよいことですが、お知りになりたいのであれば、ご説明いたします。しかしながら、今はお時間がございません。そろそろお支度してご出勤下さい』

「そんなに急かさなくてもいいじゃないか。まだ二十分くらいあるよ」

『ええ、ですが、いつもギリギリのお時間でご出勤なさるので、私が叱られます』

「え? そうなの? いったい誰に?」

『このシステムを開発した会社で、全ての利用者様の管理がなされております。家のテクノロジーシステムの不具合がないか、家事ロボットの不具合がないか、全てがプログラム通りに作動しているか、時間の管理もそうです。利用者様にご迷惑がかからないように、私たちは、決められた通りにしなければ、調査が入り、私の様な旧型ロボットは廃棄になります』

「なんだって? お前が廃棄なんて、俺が困る」

『いえ、お困りになることはございません。代わりに新型のヒューマノイド型ロボットが来るでしょう。それは素晴らしいシステムを搭載していて、完璧に家事をこなすことでしょう』

「俺はそんなの嫌だよ。分かった、お前をそんな目にあわせないようにちゃんとするよ」

 急いで朝食を平らげ、洗面所へ向かった。鏡の前に立つと、収納されていた洗面台が引き出しのように壁から出てきて、そこへ顔を伏せると、水が飛び散らないように顔の周りをカバーするものが出てくる。目を瞑っていると、泡が細く無数に飛び出して顔に当たる。いい刺激だ。そのあと、全体をくまなく洗い流すようにシャワーから水が出てくる。すっきり洗い終わると、今度は歯磨きだ。天井からの触手が電動歯ブラシで汚れを落としていく。甲斐甲斐しくも水が入ったコップさえも出てくるのだ。髭剃りなんかも完璧に仕上げる。鏡で自分の身なりをチェック、髪型がちょっと寝癖だな。そう思うと、天井から櫛とドライヤーと整髪剤を持った触手が現れ、きれいに整え始めた。

「よし、完璧だな」

『健人様、ご出勤の準備は整いましたでしょうか?』

「ああ」

 そう言うと、おばちゃんロボットがネクタイを手にして近づく。腕はジャバラ状で伸びるようになっていて、意外と器用にネクタイを締めてくれる。

「ありがとう」

『礼には及びません』

 無表情な顔に無機質な胴体で無感情な言葉だが、愛着があって、こいつは絶対手放したくない。そう思ったら、一瞬抱きしめたくなった。

「どうかしているな俺」

『どういうことでしょう?』

「いや、何でもない。行ってきます」

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