【SS】無垢な僧侶は荒野を行く
ずんだらもち子
【SS】無垢な僧侶は荒野を行く
カルボンの田舎村はとある事情で近頃騒々しかった。そんな中、村の入り口に一人の異様な少女が現れる。
「その立派な杖に法衣姿は、もしかして……魔導師様では!?」
偶然通りかかった村の農夫が大仰に驚いた。彼の声が大きいから、小さな村の人たちはすぐに群がってしまった。
「い、いえ」少女はあっという間に囲まれ、怯えた。「わ、私は修行中の旅の僧侶で……」
「助けてくだせぇ僧侶様! 村の田畑が今年は何故だか荒れちまって。魔術で大雨をふらせてくだせぇ」
「あ、雨だなんて!」
少女が村に来て一番の大声を出した。ぶんぶんと、自分の背より高い杖を振って拒む。
「じゃあ何ができんだ?」
「え、えっと……」少女は首を左右に振って景色を眺めるように何かを探す。
やがて、目に留まったのは道端に生えていた一輪の花――に、なる前の蕾だった。
「えいっ」
と、長い杖を蕾に向かって振る。
――杖を御しきれていない為、杖はどんっと地面を殴る形になった。それでも確かに、ぽんっと黄色い花弁の小さな花が開いた。
「こ、こんな感じで……」
少女は困ったようにはにかみながら村人たちに首を傾げてみせる。
そのせいで、バランスを崩したのかぐらりと長い杖が揺れて、
「あわわわ……!」
どしん、と尻餅をつくように倒れてしまった。
「……大したことねーな」
誰かが言ったその一言で村人たちはため息を吐き、村の奥へと引き返したのだった。
「やっぱりダメでした……」
ぽつんと取り残された少女。
「お師匠様に旅を命じられ幾年……全然上達しません。やっぱり私は厄介払いされたのかな」
見上げた空は、皮肉にも、よどみのない青さを広げていたのだった。
「ハッハ~! 貧乏村民共ぉ」
しょげかえった村人たちの前に現れたのは、二年程前に村の奥に突如、工場を作って財を成したバレイだった。一人だけ恰幅がよいその体型はいかに潤っているかを如実に物語る。
「田畑が死んでるんだって? 悪いことは言わねぇ、俺が買い取ってやる。勿論お前たちを工場で雇ってやる。悪い話じゃねぇだろ」
「くっ……そうするしかないのか」
――けけっ。俺様の工場からの排水に、植物や土にとって毒が混ざってるのが原因なんだよーん。
「おーい!」
そこへ村の青年が駆け寄ってくる。「た、大変だ! 田んぼが……復活したぞ!!」
田畑では作物がぐんぐんと育っていた。昨日までは枯草状態だったのに。
ともすれば不気味な光景に、村人たちは一様に騒めいていたのだが、やがて誰かが声を張り上げた。
「そうか! あの僧侶の女の子の術は小さな花を咲かせるなんてものじゃない。この辺りの大地を、自然をまるごと癒して育んだんだ!」
気が付くと、村の敷地をぐるりと囲うように暖かな色をした花たちが咲き乱れていた。
「僧侶だと!?」
バレイが眉間に皺寄せながら、手近な村人の胸倉を掴んだ。
詰め寄られた村人は、そのむさくるしいバレイの顔から逃げるように視線を逸らして、言った。
「あ、あぁ。身の丈の倍はある杖を持った小さい女の子さ」
「ま、間違いねぇ……」
バレイは、村人を投げ捨てるように突き飛ばし、青い顔を浮かべた。
「そいつはこの世界でただ一人の大魔導師の、唯一の後継者、オネットだ!」
一方、その頃のオネットは、道に咲く花を眺めて、小さなため息をつく。
「いいなぁ。早く私も、君たちみたいに誰かを幸せにしたいなぁ……」
と、何かに気付くこともなく、そして村人が追いかけてきていることにも気づかず、青い山脈の向こうへと旅を続けていたのだった。
【SS】無垢な僧侶は荒野を行く ずんだらもち子 @zundaramochi777
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