第三三話 底なしの人たち

第三三話 底なしの人たち


「ううう……コレってしばらく痛む感じ……?」

「んー、マユはあんまし痛くなかったから分かんないなぁ」


 ソファの上で服部が呻いている。

 何の痛みかについてはコメントを差し控えさせてもらうが、個人差はあれ、そこまで長引くものではないだろう。


 乱痴気騒ぎも落ち着き、女性陣にも概ね満足してもらうことができたので、俺はいよいよ本来の目的である高橋の囲いによるDM対策に乗り出していた。

 服部のスマホで各種SNSの状況を調べてみたが、露骨に攻撃的なDMが多いのはやはりレックスだった。

 この辺りはレックスの持つ匿名性の問題だろう。

 他のSNSは顔出しが基本になることもあって、鍵つきにさえしてしまえばそこまで大きな影響はなさそうだ。

 もちろん、レックスはフォロワー以外のDMを弾く設定にすることができるし、鍵つきに設定することで余計なメンションも防ぐことができる。

 ただ、引き続き攻撃的な内容を投稿すること自体は可能であり、それらは服部の目には触れないかもしれないが、放置すれば今後もしばらくはネットの海に彼女の言われなき汚名を刻み続けることとなる。


「弁護士に開示請求を行っていただきますか?」


 シャワーを浴びてたらしい有紗がバスタオル姿でリビングに戻ってきた。

 まあ、綾小路家の顧問弁護士に頼んでガッツリ追い込むことも不可能ではないが——。


「有紗ちゃんもサユコさんのお古を着るの?」


 冷蔵庫でチルドの弁当でも見つけたのか、勝手に温めてテーブルで食べはじめている深雪が訊く。コイツ、三大欲求に忠実すぎやせんか……。


「いえ、わたしはセイさまの服を借ります。いわゆるカレシャツというやつです」

「あっ、ずるい! まあ、あたしもちょっとだけやったけどねー」


 弁当のおかずを頬張りながら、深雪がにへらっと笑っている。

 もうコイツらのことは放っておこう。


 思索しているうちに、俺はふと服部に向けられている攻撃的なメッセージについて、ある一定の傾向があることに気がついた。

 彼奴らは概ね『服部よりも高橋咲彩のほうが可愛い』という共通認識を持っているのだ。

 その上で、華美な化粧や場違いな衣装によってミスコンの優勝を掠め取った悪い女として誹謗中傷を行っているわけだ。


 もしも、この認識を覆すことができたらどうだろう。

 幸か不幸か、服部の顔出し写真はまだ表に出てきていない。

 これはつまり、服部が高橋など軽く凌駕するくるい魅力的な女性であることを囲いたちに周知できれば、流れを変えられる可能性があることを示しているのではないか。


 もちろん、このまま放置していれば服部のプライベートな写真が第三者に公開されてしまう危険性はある。

 あまり悠長なことは言っていられない。


「面白そうですわね。ただ、単に服部さんの可愛らしい写真を用意したのでは、加工だと思わてしまう可能性もございませんか?」


 深雪が食事中なので、今は俺にまとわりついている優那が訊いてくる。

 相変わらず優那のおっぱいは弾力があっておちんちんに悪いぜ……。

 というか、そうか――今は単純に綺麗な写真を上げただけでは加工だのなんだのと言われてしまう可能性もあるわけか……。


「誰でも分かる比較対象がいればいいんじゃない?」


 ——と、唐突に不適な笑みを浮かべながら深雪が言う。

 何故かテーブルの上に二つ目の弁当が開けられているような気がしたが、ここはいったん無視しよう。

 深雪には何か妙案でもあるのだろうか。


「たとえばだけどさ、ハルナちゃんと一緒に撮った写真とか上げてみたらどうかな?」


 ハルナちゃんだと?

 そういえば、ポップチューンで読者モデルをやってるんだったか。


「ポップチューンの読者なら加工じゃないってすぐに分かるし、ハルナちゃんもSNSでは有名人だから、一緒に写ってるだけでも一目置かれる可能性はあると思うよ」


 おいおい、マジかよ。その案、控えめに言って最高なんじゃないか?


「でしょ? お礼はエッチなことでお願いね!」


 え、まだ足らんの? いくらなんでも性豪すぎやしませんか……?


     ※


 というわけで、俺たちは再び服部美少女計画を始動することとなった。

 それと並行して深雪にハルナちゃんと連絡を取ってもらい、お昼過ぎにいつものゲーセンで待ち合わせの約束を取りつけてもらう。


「この家にもわたくしの服は何着か置いてますから、今日はそちらのほうでセットアップをしてみましょうか」


 ほとんど寝巻き姿の服部をそのままゲーセンに連れて行くわけにはいかないので、着替えもしてもらうことにした。


「寝不足だし、さすがに昨日ほど綺麗にはならないんじゃない?」


 繭佳によって化粧を施されている服部は、少し不安そうだ。


「えー、そんなことないよ? なんか肌艶も良いし、ファンデのノリもめっちゃいい感じ」

「おそらく女性ホルモンが迸ったからですね」


 有紗がしたり顔で頷いている。

 言わんとしていることは分からんでもないが、そんなに即効性のあるものなのか……?


「あたしもお化粧しとこ。さすがにすっぴんでハルナちゃんと並ぶのはね……」


 深雪も自分の鞄から化粧道具を取り出してお化粧をはじめてしまった。

 なんだか手持ち無沙汰になってきたし、今のうちにお昼ご飯でも食べておこうかな……。


「お暇ならわたしとエッチをなさいますか?」

「わたくしもまだまだいけますわよ!」


 おまえらマジで底なしか? 少しは休ませろ。

 それから俺たちはゲーセンの外に出ると、すぐ近くの自販機とベンチの並んだ休憩エリアで各々に写真を撮り合った。

 ハルナちゃんもサキちゃんも雑誌に載っていたときと比べると服装も化粧も決して気合の入ったものではなかったが、その分、表情やポーズなどは溌剌として見えた。

 最終的には何故か俺もその輪に入ることになってしまい、有紗が何処からともなく取り出した自撮り棒を使って七人全員での写真を撮ることになってしまった。


「そういえば、キミたち二人って、ひょっとして前の公開撮影のときに来てた?」


 写真撮影が終わったあと、思い出したようにサキちゃんが言った。


「覚えててくれたの!? 嬉しい!」


 深雪は素直に喜んでいるようだ。


「カップルでチェキ撮りにくる子って珍しかったからさ。それに、カレ、ちょっとわたしのピに雰囲気似てるんだよね」


 サキちゃんがじっと俺の顔を見つめてくる。

 というか、マジで美人だな。

 こんな美人と釣り合う男とか、どんなハイスペックなんだ。

 俺と雰囲気が似てるってことは、中身はともかく見た目は地味とかなんだろうか。


「サキちゃんの彼氏じゃないし」


 何故かハルナちゃんが半眼でサキちゃんを睨んでいる。

 なんだなんだ? 俺は別に関係ない――よな?


「そうだ! 二人とも、できたらでいいんだけど、レックスとインストでそれぞれカスミちゃんにメンション飛ばしといてもらうことってできるかなぁ?」


 深雪が何やら二人にお願いをしている。

 そうか。写真を撮るだけでなく、二人から香澄のアカウントにメンションを飛ばしてもらうことで繋がりを示唆することができれば、それもまた謂れのない誹謗中傷の流れを変えるきっかけになる可能性はあるな。


「いいよー! ていうか、カスミちゃんだっけ? どうせなら、カスミちゃんも読モやってみたら? そんなにキレイなら、オーデ受ければすぐに合格できると思うよ」

「え? ……ええっ!? わ、わたし……が、ですか?」


 なんか誘われておる。

 これは面白い展開になってきたかもしれないな。


「ハルナもいけると思うよね?」

「うん、カスミちゃん、キレイ。お化粧のやりかた、教えてほしい」


 ハルナちゃんも頷いている。

 というか、相変わらずロボットみたいな喋りかただな。


「あ、えと、け、化粧は繭佳が……こっちの子がやってくれてて」

「うぇあ!? ま、マユ!?」


 いきなり話を振られて、繭佳が目を白黒させた。


「えー、そうなんだ! わたしたち、読モだから化粧とかも自前でさー。今度、良かったらちゃんとしたお化粧の仕方とか教えてよ!」

「ま、マユが、サキちゃんとハルナちゃんに化粧を教えるの……!?」


 こっちも急展開だな。

 まあ、繭佳はメイクアップアーティストになりたいと言っていたわけだから、ある意味では良い経験になるのではなかろうか。


「ね、なんだかすごく良い方向に話が転がってると思わない?」


 深雪が傍らまで歩み寄ってきて、肘で俺の脇腹を小突いてきた。

 コイツ、自分の手柄だとでも言いたそうだな……。


「お礼はエッチなことで良いからね!」


 マジでずっとそればっかりじゃねえか。


「わたしも早くトイレに連れて行ってほしいのですが……」


 おまえはもう一人で行け。


「まだお昼ですし、帰ったらまたみんなでセックスをいたしましょうか」


 優那も公衆の面前でそういうことを言うな。

 というか、そもそもソレはみんなですることではないんよ……。


 ――と、頭を抱えていたら、視界の端に大きなピンク色の丸い人形を抱えてこちらの様子を伺っている男の子の姿が見えた。

 中学生くらいだろうか。こちらに声をかけようか悩んでいるようにも見える。


「あ、ゴメン。ピが来ちゃったみたいだから、そろそろ行くね!」

「サキちゃんの彼氏じゃないから」


 俺が男の子のほうに気を取られていると、女子たちは女子たちで解散の流れになっているようだった。

 サキちゃんとハルナちゃんが慌ただしく去っていき――あれ、あの男の子と合流しているみたいだな。

 どちらかの弟か? いやでも、彼氏とか言っていたような……。

 ――まあ、他人のプライベートについてアレやコレや詮索しても仕方がないか。


 俺は考えるのをやめると、自分のスマホでレックスのアプリを起動した。

 サキちゃんもハルナちゃんも、あのやりとりのすぐあとに香澄のアカウントに向けて画像つきの投稿をメンションしてくれたみたいだ。

 これで少しでも流れが変わってくれれば良いが……。


「どどど、どうする、カスミ? ほんとにモデルオーデ出ちゃう?」

「わ、わたしがモデルとか、そんな、ほ、本当に……?」


 香澄と繭佳のペアは先ほどからずっとアワアワとしている。

 このまま二人でモデル業界に進出とかなったら、それはそれで面白いかもしれない。


「あたしはセッちゃん専属でいてあげるからね!」


 ――と、深雪がこれみよがしに抱きついてきた。

 まあ、深雪の身長では一般的なモデルは難しいだろうしな。


「はぁ!? なんでそういうこと言うの!? あたしを怒らせて楽しんでる!?」


 実はちょっとそういう部分もあることは俺だけの秘密にしておこう。


     ※


 その後、レックスの香澄に対する風当たりは面白いほどに変わった。

 これまで香澄に大して攻撃的な投稿をしていたアカウントのほとんどが『こっちのほうが可愛いじゃん』『これはミスコン優勝不可避』といった感じで掌を返していた。

 もちろん、もともと高橋咲彩の熱烈なファンだった者たちはそのかぎりではないが、数としては気にするほどのものではなさそうだ。


 それに、ハルナちゃんサキちゃんとの邂逅を経てから、香澄はもうレックスでの誹謗中傷のことなど頭から消えてしまっていたのではないかと思う。

 香澄の気持ちはもうすっかり前に向いていた。

 今度はハルナちゃんやサキちゃんによって、その背中を押されたのだ。

 香澄と繭佳がこれからどういった道を歩んでいくのかはまだ分からないが、二人が新しい道へその足を踏み出しつつあることだけは確かなような気がした。


 ちなみにみんなで揃って自宅に戻ったあと、俺はしっかり搾り取られた。

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