第二九話 勝利の行方

「それでは、五位の方から発表しまーす!」


 いよいよ最後の後夜祭最後の目玉、ミスコンの結果発表がはじまった。

 あとで知ったのだが、集計方法はミスコン実行委員会によって編成された審査員による票に加え、会場にいた観客席の中から無作為に選ばれた三十人の観客による票を加えたものによって順位づけがされるらしい。

 ちなみに審査員の票が一人当たり3ポイントで、観客の票が一人当たり3ポイント、審査員は全員で十人なので、合計60ポイントを出場者で奪い合う形だったようだ。

 ミスコンの出場者は男女混合で八名で、これが多いのか少ないのかは俺には分からない。

 ただ、控室でも見かけたように明らかにウケ狙いで出場している者もいるので、上位争いに絡んでくるのはその中でも半分くらいだろう。


 五位に選ばれたのは、ボディビルダーのような恰好で参列していた二年生の男子だった。

 今はさすがに制服を着ているが、呼ばれるなり再びシャツを脱ぎだし、白い歯を輝かせながら笑顔で持ち前の筋肉をアピールしている。大胸筋が歩いていそうな体つきだ。


 次に呼ばれた四位の生徒は一年生の女子で、確か何かアニメのキャラクターのコスプレをしていたような気がする。

 ステージに立っているときは可愛らしい子だと思っていたが、コスプレをしていない制服姿だと意外にも何処にでもいそうな普通の女の子だった。

 それでも、しっかり上位に入れたことは本人も嬉しかったようで、照れくさそうにしながらも笑顔で賞状を受け取っている。


 次いで三位は、飾り気こそないがザ・イケメンという感じの三年生の男子だった。

 確かこの人は生徒会長選に出ていたはずだ。

 どういった公約を掲げていたかはさっぱり覚えてないからいわゆる有象無象の一人だったのだろうが、確かにこんなイケメンが生徒会長ともなれば生徒会自体に花もできよう。

 仮にこの男子が生徒会長になった場合、今後は生徒会で何か決まるたびにこの男子が代表となって全生徒たちに話をすることになるのだ。

 どうせ同じ内容なら、そこいらにいるようなモブ顔の男女よりもこれくらい分かりやすいイケメンが代表として話をしてくれたほうが聞いてる側も話が入ってきやすい。

 それが良いか悪いかとは別として。


「さあ、それではいよいよ二位の発表です!」


 司会のその言葉に、観客席がザワつきはじめた。

 もちろん、ここまでの間に服部も高橋咲彩もその名を呼ばれてはいない。

 ミスコンの会場にいなかった生徒たちは別として、あの場で観戦していた者ならこの二人のどちらかが優勝であることくらい察しがついていることだろう。

 いつしか俺の手はステージを見つめる姫宮によってギュッと握りしめられていた。

 そして、そのことに気づいた深雪が俺の横顔を睨みつけながら反対の手を握ってくる。

 握力がやべえ。油断してると握りつぶされちまう。


「服部さん……」


 優那が祈るように両手を組み合わせながら呟いていた。

 やがて、吹奏楽部と軽音部の生徒が二人で息を合わせたドラムロールを鳴らしはじめる。


「服部さまの勝ちは確実でしょう」


 何故か有紗だけは自信満々にそう言っていた。

 いちおう、理由を訊いておこうか……?


「ステージの高橋さまを見ても、まったく濡れませんでしたので」


 そうスか……。


「それでは、二位の方を発表します!」


 司会がマイクに向かって言い放ち、ドラムロールがドドズシャーンととまる。

 舞台の明かりが少し暗くなり、何処から当てているのか、服部と高橋にスポットライトが当てられる。

 観客たちが固唾を飲んで見守る中、マイクを握る司会の生徒がその手を掲げた。


「第二位は……高橋咲彩さんです!」

「……はぁ!? ちょ、なんであーしが」

「よって、第三六回山都河高校ミスコンテストの栄えある優勝者は、服部香澄さんとなりました! おめでとうございます! 皆さん、盛大な拍手でお迎えください!」


 ワアアアァァァァッ! ――と、観客席から歓声が巻き起こる。

 スポットライトの消えた闇の中で高橋が声を上げていたが、もはやそれも聞こえない。

 右隣で深雪が歓声を上げながらピョンピョンと飛び跳ね、左隣では姫宮が両手で顔を覆いながら涙を堪えていた。


 別に我慢する必要などあるまいに――。

 そんなことを思いながら、俺はつい姫宮のほうに手を伸ばしてその頭を撫でてしまう。

 そして、それが決起となってしまったらしい。

 姫宮はそのまま堰を切ったように泣き出すと、横から俺の体に抱きついてきた。

 ち、乳が当たっとる……。


 服部は司会に促されて舞台の前のほうに歩み出てきた。

 すでに服装は制服に戻っているが、化粧や髪型はミスコンのときのままなので、パッと見では服部とは別の美少女が舞台に立っているように見えなくもない。

 服部は司会にマイクを手渡され、優勝に際しての感想を求められているようだった。


「あ、ええと……」


 緊張した面持ちで、服部が口を開く。


「もともとわたしがこのミスコンに出たのは、生徒会の選挙で勝ちたかったからでした」


 観客席がザワザワとしはじめる。

 会長選の候補者がミスコンに出るのは慣例行事なわけだから、おそらくザワついている理由は『あんな綺麗な子、選挙に立候補していた?』というものだろう。

 実際、そのようなことを言っている生徒の声がそこかしこから聞こえてきていた。


「ですが、今年はもう投票が終わっているので、皆さんにわたしへの投票をお願いすることはできません」


 服部のその言葉に、観客席からも『あ、ほんとだー』とか『こんな子がいたなら投票したのに』というような残念がる声が上がっていた。


「でも、わたしはこのコンテストに出てよかったと思っています」


 そういう服部の目は、不思議なことにこの宵闇の中でさえ正確に俺をとらえているように思われた。


「この舞台に上がるに際して、たくさんの友達に協力してもらいました。みんな、わたしが優勝できるようにと、こんなわたしのために時間と労力を惜しまず使ってくれました」


 ザワついていた観客席が、いつの間にか静まり返っている。

 別に服部がなにか特別なことを言っているとも思えないのだが、それでも何か引きつけられるように感じるのはいったい何故だろう。


「それでもわたしはコンテストの直前まで、自分がどうして舞台に立つのか、舞台にたって何がしたいのか分からず、逃げ出したい気持ちでいっぱいでした」


 服部が目を伏せ、それから深呼吸をするように静かに息を吸った。

 そして、ゆっくりとその目を見開きながら、柔らかく微笑む。


「そんなわたしの背中を押してくれる友人もいました。わたしが今、この場所に立てているのも、そういった優しい友人たちの協力があってのものです」


 その言葉に、姫宮が俺にすがりつきながらいよいよ本格的に泣きはじめてしまった。

 好きなだけ泣いてくれていいが、俺の袖で鼻をかむのはやめてほしいかな……。


「今回、わたしが生徒会長になれるかどうかは分かりません。ただ、今はもうなれなくてもかまわないと思っています。今回は本当に良い経験ができました。人の信を受け、その信に答えるために自分が何をするべきか……そういったことを学ばせていただけました」


 そう告げる服部の目は、間違いなく俺たちを見つめていた。

 彼女の口から生徒会長になれなくても良いという言葉が出てきたのは意外だったが、それだけ大きな何かを得たということだろう。

 数日前に相談を受けたときの、不安の中で生徒会長になることを辞めようとしていた服部はもういない。自分の中でしっかりと答えを導き出せたのだろう。


「必要なのは、ただ前に進もうとする気持ちだけでした」


 胸に手を当てながら、一言ずつ言葉を選ぶように服部が告げる。


「皆さんも、もし道に迷ったときは一人で頑張らないで、そばにいる誰かを頼ってみてください。そして、もしその誰かが背中を押してくれたら、迷わず前に進んでください。頼れる友人を作り、その友人を心の底から信頼してあげてください。そうすれば、きっと皆さんの足は常に前に進んでいくはずです」


 気づけば、その場にいる誰もが彼女の言葉に聞き入っているようだった。


「このような機会を与えていただき、また、円滑な運営を行っていただいて、実行委員の皆様には感謝してもしきれません。本当にお疲れさまでした。そして、わたしに投票してくださった皆さんにも、心からお礼を言わせてください。ありがとうございました」


 最後にそう言って服部が恭しく頭を下げると、観客席から盛大な拍手が巻き起こった。

 相変わらず姫宮が俺に抱きついたまま号泣していたが、こちらを見やる服部の目からも遠目から分かるほどしっかりと涙が溢れ出ているように見えた。

 深雪もこのときばかりはさすがに空気を読んだのか、俺の手を握りつぶそうとする以上の邪魔立てはしてこなかった。


「とても素敵な演説でしたわね……」

「はい。我々もいずれ人の上に立つ者として、学ぶべきことがあるかもしれません」


 優那も指先で目尻を拭っていた。

 確かに、綾小路の旦那さまも言っていたが、人の上に立つ者に必要な能力はいかに自分に協力してくれる者を多く集め、自分のために動いてもらうかだと言っていた。

 今回の服部は、結果的にそれを実践していたことになる。

 俺もいずれは綾小路家を支えていく者として、いろいろと学ぶべきなのかもしれない。


 わき上がる拍手と歓声の中、服部は何度も何度も頭を下げている。

 最高潮の盛り上がりの中、俺たちの初めての文化祭が終わっていく。


「ところでセイさま、よろしければ今から保健室で二人っきりの後夜祭を行いませんか?」


 おまえだけは最後まで本気でブレねえな。

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