第二八話 誰だって恋におちる

「高橋咲彩でーっす! 生徒会長やってまーす! ちなみに次の生徒会長にもなる予定だから、みんなあーしに投票してね! そうそう、ポップチューンの最新号にインタビュー記事も載ってるから、そっちのチェックもよろしくぅ!」


 高橋咲彩は自分が誰よりも可愛い女の子であるということに対して一点の疑問も持っていないようだった。

 話している内容は頭の悪そうなものなのに、その自信に満ち溢れた態度といっさいの後ろ暗さを感じない不気味なほど無邪気な笑顔が独特な魅力を生み出している。

 客席で観覧する生徒たちもすっかりその魅力の虜となっているようで、中には実際に高橋の名を叫ぶ者までいる始末だった。

 これはなかなかの強敵だ。さすがに雑誌の専属モデルになるだけはある。


 ――ただ、その心配は、少なくとも俺の中では杞憂となった。

 服部のアピールタイムでのことだ。

 彼女はとくに何か言うわけでもなく、ただステージの中心に歩み出て、審査員席と観客席をゆっくり眺めたあと――おそらく、俺を見つけたのだろう。にっこりと微笑んだ。

 そして、審査員席に向き直り、小さく深呼吸をして、一言だけ言った。


「みんなが作ってくれた、わたしの『綺麗』を見てください」


 そして、はにかむようにそっと微笑んだ。それだけだった。

 会場はしんと静まり返っていた。観客の中でさえ声を発するものはいなかった。

 ただの一瞬、ただの一言で会場の空気のすべてを持って行かれた。

 これは俺もまったく想定していなかった。


 あんな笑顔を見せられたら、誰だって一瞬で恋に落ちる。


     ※


 ミスコンが終わればそれで文化祭も概ね終わりだろうと思っていたが、実はそのあとに後夜祭なるものがあるらしい。

 しかも、ミスコンの結果はそこで発表されるそうだ。

 この後夜祭というのは今年の文化祭実行委員が無理やりぶち込んできたもので、例年は行われていなかったものであるらしい。

 もちろん、ミスコンの優勝者発表よりも会長選の投票締め切りのほうが早いので、今年にかぎってはミスコン優勝者がそのまま会長になるという流れにも影響が出そうだ。


「これだけやって、ぜんぜん知らない人が会長になったりしたら目も当てらんないわね」


 力なく笑いながら、服部が言った。


 あのあと、俺たちは1-6の教室に戻ってカフェの撤収作業を手伝い、そのあとに改めて校庭で行われる後夜祭に参列していた。

 校庭にはいつの間にか特設ステージが作られていて、吹奏楽部や軽音部、ダンス部などが代わる代わるにパフォーマンスを披露している。

 そして、どうやら最後には吹奏楽部と軽音部が合同で行う演奏に合わせてフォークダンスが行われるとのことらしい。

 もちろん、全員参加というわけではないのだが、客席にいる生徒の中には明らかにソワソワしだしている者の姿も散見される。


「なあ、セトはフォークダンス、誰か誘うのか?」


 不意に、名も知らぬクラスメイトにそんなことを訊かれた。

 ううむ、本来であれば恋人である優那を誘うのが当然の流れなのだろうが……。


「…………」


 話を聞いていたらしい深雪がものすごい目つきでこっちを睨んでいる。

 まあ、優那は誘わなくても怒りはしないだろうし、無難に深雪を誘うべきか……?


「セイジローっ! フォークダンス、一緒におどろ!」


 ――と、いきなり姫宮が現れて俺の手を取ってきた。

 迂闊だった。フォークダンスは男から誘うものとばかり思って油断していたが、今の時代はジェンダーフリーなのだ。女子から誘うことだってあるのかもしれない。


「おま、女子から誘われるとか、ラノベの主人公かよ!」


 名も知らぬクラスメイトに羨望の眼差しで見られてしまった。

 まあ、実際の俺の生活はラノベでもなかなか見ないくらい爛れちまってるがな……。


「ちょっと、マユちゃん! フォークダンスは男子から誘うものなんだよ!?」


 深雪が時代錯誤なことを言ってキレている。

 いや、さすがに時代錯誤というほどのことでもないか……?

 というか、個人的にはフォークダンス自体が時代錯誤という説を唱えたいところだが。


「だって、そんなの待ってたら、セイジロ、逃げちゃうかもしれないじゃん」


 まあ、逃げるという選択肢は確かにありだったな。


「あたしが逃がさないもん!」


 どうやらそれは許されないらしい。


「もう、二人で取り合うくらいなら、いっそ並んでジェンカでも踊ったら?」


 服部が呆れたようにため息をついている。


「えー、だって、流れてるのオクラホマミキサーだよ?」

「リズムは似たようなもんよ」


 まあ確かに、オクラホマミキサーとジェンカ、どっちがどっちか聞き分けろと言われても咄嗟には判断できないかもしれない。


「もう、だったら順番にやればいいじゃない。取り合ってるうちに音楽終わっちゃうわよ」

「しょうがないなぁ……じゃあ、一番はマユちゃんに譲ってあげるよ」

「え、いいの?」

「恋人としてはあたしのほうが先輩だから、後輩には優しくしなないとね」

「うわっ! マウントとられた!」


 何やってんだコイツら……。


 それから俺たちは最初こそ三人で入れ替わりながらオクラホマミキサーを踊っていたが、けっきょく最後は服部や優那や有紗も交えてみんなでマイムマイムを踊ることになった。

 さらにそれを目にしたクラスメイトたちもどんどん集まってきて、気づいたときにはその輪はどんどん大きくなっていった。

 そして、最終的には気を遣ってくれた吹奏楽部や軽音部の面々が曲自体もマイムマイムにしてくれたことで、後夜祭に参加している者たち全員による巨大な輪を作ってのマイムマイムが行われることとなった。


 なんだかよく分からないが、少なくともみんなはとても楽しそうだった。

 これがいわゆる本当の意味での青春というやつなのかもしれない。

 いつもは他人に対してツンツンな態度をとりがちな優那も今回ばかりは本当に楽しそうに笑っていて、俺にとってはそれが何よりも大きな収穫だった。

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