最終話 こうして僕らはオトナになった

「ユナちゃんは分かったけど、アリサちゃんはなんでセッちゃんのこと好きになったの?」


 以前にも見たことがあるボーダー柄のモコモコパジャマを着た深雪が、ニヤニヤと笑みを浮かべながら有紗に訊いている。

 月曜の夜、綾小路邸の優那の部屋でのことである。

 優菜の部屋は、うちでいうところのリビングとキッチンが丸ごと入るくらいとんでもない広さを誇っている。

 部屋の中央には天蓋つきの巨大なベッドがあり、壁側には三面鏡つきのドレッサーや豪奢ごうしゃなデザインのクロゼット、それ以外にもこの部屋だけで生活を完結できるくらいのあらゆる家具や調度品などが品よく設られている。

 優那、有紗、深雪の三人はそんな家具の一つであるラグジュアリーなソファに座って、今まさにパジャマパーティという名の女子会に花を咲かせていた。

 

「そうですね。あれは小学二年生のときのことです」


 表情こそ変えないものの、有紗は少し遠い目をして言った。

 有紗のパジャマはブラトップの上に薄手の上着を羽織るようなタイプで、ガッツリと胸の形が強調されるなかなかセクシーなデザインをしている。

 有紗はそもそも制服か侍女服以外の服装を見ることがあまりないので、こういった恰好を見るだけでも新鮮である。


「ある日、わたしたちはいつものように三人で遊んでいました。その日はみんなで白詰草を使った花冠を作っていたのですが、わたしはセイさまに自分の作った花冠をプレゼントしたにも関わらず、セイさまはお嬢さまに花冠をプレゼントされてしまったのです」

「セッちゃん……」

「そんなこともありましたわねぇ」


 深雪が非難するような目で俺を睨み、優那は昔を懐かしむような顔をしている。

 いやだって、俺と有紗で交換しちゃったら、優那の相手がいなくなっちゃうじゃん……。


「確かに、今になって冷静に考えればそのとおりなのですが、そのときのわたしは思ったのです。このままではセイがユナにとられてしまう……わたしは大いに焦り、その日のうちに隙を盗んでセイさまにキスをしました」

「ええっ!? スピード展開だね! ていうか、昔は二人のこと呼び捨てにしてたの?」

「そうですわよ。確か、中学校に上がって正式にわたくしの侍女になるまでは、ずっと呼び捨てでタメ口でしたわよね」

「今ではすっかりこの言葉遣いも板につきました」


 まあ、確かに最初のころはかなりめちゃくちゃな敬語を使っていたな。

 有紗が誰に対しても敬語を使うのは、そうしなければならないほど敬語の使いかたを覚えるのに難儀したからだ。


「でも、そっか。ユナちゃんのおかげで、セッちゃんへの恋心を自覚できたんだね」

「はい。その後、キスの気持ちよさを忘れることができず、ついついセイさまの寝込みを襲うようになりました。そして、次第にそれだけでは満足できなくなり、父のパソコンで色々と調べた結果、気づけばエッチなことへの関心がとまらなくなってしまったのです」


 は? こいつナチュラルに寝込みを襲うようになったとか言ったか?

 いや、そのあとの発言にもいろんな意味で関心は引かれたが……。


「き、キスが気持ちいいってのは分かるけど、ね、寝込みを襲ってたの?」


 深雪もそこは聞き逃さなかったらしい。

 有紗は表情一つ変えずにこっくりと頷いた。


「セイさまが悪いのです。セイさまは寝ているときにキスをするくらいではまったく目を覚さないので、つい癖になってしまいました。ただ、うっかり夢中になりすぎてお嬢さまやサユさまに現場を見られてしまったことがあり、その際、二人にも『ここまでならやっても起きないライン』を教えることで内密にしていただいておりました」

「うっわ、悪いことしてるねぇ……」

「ちょ、ちょっと、有紗、お喋りが過ぎますわよ」


 優那がチラチラとバツが悪そうにこちらの様子を伺っている。

 やっぱり、アレは夢じゃなかった……?

 というか、俺ってそんなにガッツリ爆睡するタイプだったのか?

 これからは気をつけねば……いや、気をつけようもないが。


「そ、そういう深雪さんがセイくんを好きになったきっかけってなんですの?」


 話の矛先を変えるように、優那が訊く。

 優那のパジャマはいわゆるネグリジェと呼ばれるタイプのもので、おそらくシルクか何かなのだろうが、めちゃくちゃ手触りの良さそうな滑らかな見た目をしている。

 おまけにこちらも胸許がガッツリと空いていてセクシーだ。

 コイツら、今日はもう全力で俺のちんちんを殺しにかかっているに違いない。


「えー? あたしは、別に二人ほどロマンチックな感じじゃないよ?」


 何故か深雪はめちゃくちゃ恥ずかしそうにしている。

 相変わらずあざとかわいい娘である。

 しかし、思い返してみれば、確かに俺と深雪の間には先日の告白まで何かドラマチックなエピソードがあったわけではない気もする。


「中学一年生の身体測定のとき、あたし、ちっとも背が伸びてなかったんだよね。それで、たまたま席が近かったセッちゃんにそのことを愚痴ったことがあったんだけどさ……」


 深雪が、指先で頬を掻きながらモジモジと語り出した。


「そしたら、そのときセッちゃん、『別に伸びなくたってよくない? 俺は小さくて可愛い子が好きだな』って……こっちは思春期真っ盛りの女の子だよ!? そんなこと、いきなり面と向かって言われたら、そんなの意識しちゃうって!」


 真っ赤になって腕をブンブン振りはじめる。

 もはや完全に狙ってるとしか思えないあざとさである。


「み、深雪さん……可愛すぎますわっ!」


 俺よりも先に優那が反応した。

 優那はそのままガバッと深雪に飛びつくと、小さな子がお気に入りの人形をそうするかのように、ギューっとその体を抱きしめた。


「もう、なんて愛おしくて可愛らしいお方なのかしら。わたくしもそんな甘酸っぱい体験がしたくてたまりませんわ……」

「えぇ? は、恥ずかしいだけだけど……そんなに良いものかなぁ?」

「はい。少なくとも今のお二人は最高です」


 有紗が鼻血を流しはじめている。

 誰かパジャマが汚れる前に拭いてあげてくれ。


「でも、なんか不思議だよね。あたし、最初にセッちゃんに振られたときは、絶対に奪い取ってやろうって思ってたけど……」


 自分を抱きしめる優那の手にそっと手を置きながら、深雪がぽつりとこぼした。


「今はこうやって、みんなでセッちゃんを共有できてるんだもんね」

「大好きな方たちと大好きなものを共有する……これ以上の幸せなんてありませんわ」


 何やら二人で幸せを噛み締めていらっしゃるが……。


 さて、遅ればせながら、今、俺がどのような状態であるか説明させてもらおう。

 俺は今、天蓋つきの巨大なベッドの上に縛りつけられていた。

 それこそこの部屋に入ったその瞬間に、眼前にいる三人の悪魔たちによってこのように処されたのだ。

 一緒にお菓子を食べるだけだと言われ、ホイホイと悪魔の巣窟に顔を出してしまった。

 迂闊だった。すべては最初から仕組まれていたのだ。


「あたしたち、一緒にオトナになれるんだね……」

「そうですわよ。わたくし、本当はセイくんの童貞は絶対に誰にも譲りたくないと思っていたのですけれど、深雪さんになら差し上げても良いと思っていますの」


 何度も言うが、俺の童貞はものでも共有物でもねえ。


「そ、そんなの、逆に悪いよ。つきあいの長さで言ったらあたしが一番短いんだし……」

「良いんですのよ。深雪さんを貫いたおちんちんがわたくしの中に入ることで、わたくしもまた深雪さんとひとつになるのです……」


 恍惚とした表情で、深雪の耳許に優那が囁いた。

 深雪の顔が見る見るうちに真っ赤にそまり、抱きしめられた腕の中でモゾモゾと身じろぎしながら、ゆっくりと優那のほうへと向き直る。

 互いに抱き合ったまま、しばし視線を交錯させる二人——。

 そして、あろうことか――そのまま二人は触れ合うように優しい口づけを交わした。


「深雪さん……」

「お、女の子同士でしちゃった……」

「くっ……尊死とうとししてしまいそうです……っ!」


 有紗が珍しく目を血走らせながら見開いていた。

 さすがにこれ以上は危険と判断したのか、ティッシュで溢れ出る鼻血を抑えている。

 このまま出血多量で倒れたりせんだろうな……。

 というか、マジでこの二人、性癖がいくところまでいって突き抜けてしまってないか。


「そういう意味では、最終的にはわたしの中で皆さんが一つになると言うことですね」


 鼻にティッシュを詰めたまま、ムードもへったくれもなく有紗が言った。

 なんかコイツがそういうこと言うとエロいよりも先に怖いな。


「まあ、そうであるのでしたら……」


 ——と、不意に有紗がこちらに向き直り、ティッシュを手近な屑籠にポイっと投げ入れてベッドのほうへと歩み寄ってくる。

 そして、まだ抱き合ってイチャイチャしている二人を差し置いてベッドに上がると、そのまま四肢を縛りつけられた俺の上に覆いかぶさってきた。


「本日のファーストキスくらい、わたしがいただいても問題ありませんよね?」


 有紗の細く冷たい指が俺の顔に触れ、その顔がゆっくりと迫ってくる。

 ああ、もはや俺にはどうすることもできない。

 いつもはなんだかんだで最終的に一線を引いていてくれていた有紗が、いよいよ本気で攻める側に転じているのだ。

 もう俺を守るものはなくなってしまった。

 唇に触れる甘美な感触と優しくも情熱的な舌の感触に脳を蕩かされながら、俺はいよいよ考えることを放棄した。


 その日、宴は深夜を超えて朝方近くまで続いた。


     ※


 ——はっ!?


 目覚めたとき、そこは自宅のベッドの上だった。

 夢……だったのか?

 服は——いつものTシャツにハーフパンツという寝巻きスタイルだ。

 昨夜の記憶はもちろん残っているが、最後のほうはいまいち判然としない。

 俺は自分の足で帰ってきたのか?

 それとも、やはりすべては夢だったのか?

 枕元に転がったスマホで確認すると、時刻はまだ朝の6時だった。

 ひとまず喉の渇きを感じた俺は、水を飲むためにリビングに向かった。

 リビングのソファには何故かこんな時間から姉貴がいて、テレビでVewTubeを見ているようだった。

 お腹の辺りに違和感でもあるのか、しかめっ面をしながらずっと手でさすっている。

 ひょっとしたら例のアレなのかもしれない。

 あまり痛みは酷くないタイプだったと思ったが、まあ日によるのだろう。

 俺は冷蔵庫から冷えた水を出すと、コップに入れてグビリと煽った。


「あ、セーちゃん、お姉ちゃんにも入れてくれる?」


 ソファの上から姉貴が言ってきたので、姉貴の分も用意して座卓まで持っていく。


「ありがと」

「今日は早起きなんだな」


 俺が言うと、姉貴は何故かしばらくじーっと俺の顔を見つめたあと、ニヤッと人の悪い笑みを浮かべた。


「お姉ちゃんはあんたと違って昨日の晩から寝てないのよ」


 そう言って、再びテレビのほうに向き直った。

 姉貴が見ている動画は、女性の初体験後の痛みに関するものであるようだった。

 ——ん? なんでこのタイミングでこんな動画見てるんだ?

 姉貴は先ほどからずっと下腹部をさすっている……。


「……寝直す」


 俺はそれだけ言って、部屋に戻った。

 考えるな、考えるな……。

 昨夜、宴の終演間際、あの場にいたのが四人ではなく五人になっていたなどと――記憶の奥底から浮かんでくるそんな映像に、俺は慌てて首を振る。

 すべては夢。泡沫の夢よ。

 今一度眠りにつき、次に目覚めたときには、きっとそこに待っているのはもとあった平凡な日常のはず……。


「あんた、意外と強引なところあるのね。まあ、悪くはなかったわよ」


 ベッドに入って二度寝しようにも、最後に聞こえた姉貴の言葉がいつまで経っても耳から離れてくれなかった。


 すべては夢。泡沫の夢——。




     ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 ここまでお読みいただきありがとうございました!

 これにてEP1は完結となりますが、みんなのちょっと(?)エッチな青春はまだまだ続きます!

 EP2も引き続きお付き合いいただけると幸いです!


 ☆レビュー、フォロー、応援コメントなどつけていただけると嬉しいです!

 引き続き『彼女たちは爛れたい』をよろしくお願いいたします!

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