第二五話 手段は選ばない

 明けて金曜日、昼休みのことである。


「あれ、アリサちゃん遅くない?」


 最近はいつも屋上で四人で昼食を食べているのだが、食事の前にトイレに寄りたいと言って途中で別れた有紗がいつになっても屋上にやってこなかった。

 すでに俺たちが屋上についてから十分以上は経っている。

 女子のトイレは時間がかかるものであることくらいは承知しているが、それにしても少し長い気がした。


 嫌な予感がした俺は、スマホの『探す』機能で有紗の現在地を確認してみることにした。

 この位置は——グラウンドか?

 少なくともトイレでうっかりイケナイことをはじめてしまったわけではなさそうだ。


「先に食べててくれるか?」


 俺は二人に言い残して、屋上をあとにした。

 いよいよ最終決戦かもしれないな。


     ※


 俺はグラウンドに向かう前にいったん教室に立ち寄ることにした。

 念のために回収しておきたいものがあったのだ。

 俺が教室に入ると、窓際の席でざわめきが起こった。

 柳川たちだ。

 取り巻きを含めたいつもの三人は、俺の姿を見るなり下卑げびた笑みを浮かべた。


「あんたのオトモダチならココにはいないよ?」


 なるほど、俺が有紗を探しにきたと思ったのか。


「早く探してあげないと、カワイソウなことになっちゃうかも」

「今ごろセイギのヒーローが助けてくれるのを待ってるんじゃない?」


 よくもまあ、他のクラスメイトもいる中でそんなことを言えたものだな。

 いや、逆に周りに対して『自分たちに目をつけられたやつはこうなるぞ』という見せしめにもなるのか。

 標的を確実に追い込みながら周りもしっかり萎縮いしゅくさせるという意味では、むしろ効率的な手法なのかもしれないな。


 ただ、コイツらは勘違いしている。

 俺は別に正義感で優那や有紗を守ろうとしているわけではない。

 正しさだけでは誰も救えないことくらい百も承知している。

 目的を達するためなら、俺はこいつら以上に手段を選ぶつもりはない。


「有紗はちゃんと忠告していたからな。これから先のことは、すべておまえらの身から出たさびだと思えよ」


 俺は鞄の中からバンテージとプロテクターつきのグローブを取り出すと、それだけ言って教室を出た。


     ※


 有紗がいる場所は、どうやらグラウンドの隅にある体育倉庫のようだった。

 まさかこんな場所で蛮行が行われようとしているとは、マジで漫画みたいな展開になってきたな。

 もっとも、体育倉庫で暴行が行われたという事件は何度となくニュースで目にしたことがあるし、明るみになっていないだけで意外とよくあることなのかもしれない。

 いや、さすがによくは起こっていないと思いたいが……。


 体育倉庫の前には汚らしいパーマ頭の男子生徒が立っていた。

 俺が近くまで歩いて行くと、今にも殴りかかってきそうな目つきで睨みつけてくる。


「おい、ここは使用中だ。痛い目みたくなかったら今すぐ消えな」

「こんなところ何に使用するってんだ? いいからどけよ」


 俺はそのまま歩みをとめずに言った。


「あ? 舐めたこと言ってるとマジで殺すぞ?」

「どけって言ったんだよ」


 それだけ告げると、俺は男の下顎したあごを狙って思い切り腕を振り抜いた。

 鈍い手応えとともに、男がストンとその場にくずおれる。

 ほとんど不意打ちみたいなものだが、綺麗に入ってくれた。

 人は顎を打ち抜かれると、脳が揺れてしばらくはまともに動けなくなる。

 ボクシングなどの格闘技でよく見る光景だ。

 もちろん、顎の骨というのは非常に頑強なので、素手で殴ればこちらが怪我をする可能性もある。そのため、わざわざバンテージとグローブを用意したのだ。

 俺はパーマ男の体を担ぎ上げると、そのまま体育倉庫の扉を開けて中に放り込んだ。

 今のところ周りに人の目はないが、下手に放置して通りがかった教師や生徒に目撃されてしまったら面倒なことになる。

 

「なんだァ?」


 体育倉庫の中には、今まさに床に押し倒されて襲われそうになっている有紗とその上に覆い被さる男、そして、その光景をスマホで撮影している男の三人の姿があった。


「なにしてんだ、おまえ」


 相変わらず無表情にこちらを見つめる有紗に、俺が言った。


「はい。表にセイさまの気配を感じたので、やられることにしました」


 なるほど、わざとか。

 よく見ると有紗の制服には何処にも乱れたところはなく、むしろ上にのしかかっている男の顔のほうがところどころ腫れ上がっているように見える。


「テメェ、この女のツレか?」


 スマホを構えていた男が口を開いた。

 こいつ、たぶん芦田だな。柳川と交際しているという男だ。

 芦田はスマホをしまうと、ゆったりとした足取りで歩み寄ってきた。

 そして、おもむろに股間を狙った前蹴りを放ってくる。

 めちゃくちゃ喧嘩慣れしてる動きだな。

 俺は膝を上げて受け流すと、そのまま足を下ろす動きからの胴回り蹴りで芦田の顎を蹴り飛ばした。

 芦田はその衝撃のまま仰向けに倒れて動かなくなる。


「……は?」


 有紗にのしかかっていた男が間抜けな声を上げた。

 そして、次の瞬間に有紗の強烈な蹴りによって勢いよく突き飛ばされる。


「ぐおっ!?」


 当たり前の話だが、有紗がたとえ集団相手とはいえこんな学生ヤンキーの喧嘩で負けるはずがない。

 俺たちは子どものころから優那の身を守るための護身術を徹底的に教え込まれている。

 幼少期から優那のSPとなるべく教育されているのだ。


「有紗、そいつを黙らせておいてくれ。俺は芦田と話をする」

「はい。それでは、失礼いたします」


 有紗が立ち上がり、床に尻餅をついている男の前で慇懃にお辞儀をすると、その股間を思い切り蹴り上げた。

 男は白目を剥いて動かなくなった。

 いや、さすがにもうちょっと容赦してやれよ……。


     ※


「おい、いつまで寝てる気だ。そろそろ起きろ」


 俺は風船みたいに腫れ上がった芦田の顔をもう一度殴った。

 もう何度殴ったか分からないが、よほどしっかり脳震盪のうしんとうを起こしたのか、なかなか芦田は意識を戻さなかった。


「も、もうやめてやってくれ!」


 そう言ったのは、最初に殴り倒したパーマ男だった。

 結束バンドで手足を拘束しているので、身動きも取れずに無様に床に転がっている。

 何もそこまで怖がる必要はない。

 腫れはひどいが、そうなるように殴っているだけで、骨や眼球に異常はないはずだ。

 あくまで見せしめのためにやっているにすぎない。

 俺たちに手を出すとはどういうことか、この男にちゃんと分からせておく必要がある。


「……ん、あ……」


 ようやく意識を取り戻したのか、芦田の目に光が戻った。

 そして、その表情が一瞬怒りに染まるが、すぐに激しい痛みへの苦悶に変わる。


「なあ、俺たちは昼飯を食いに戻らなきゃならないから手短に言うぞ」


 俺は芦田の髪を掴んでその顔を持ち上げると、できるだけ低い声で言った。


「俺たちに手を出せばどうなるか、柳川にしっかり伝えておいてくれ。それと、大っぴらにしようなんて思うなよ? 俺たちの後ろに綾小路グループがついてることを忘れるな。お前たちやお前たちの家族の未来を潰すことなんて、簡単にできるんだからな?」


 芦田の瞳の奥に恐怖が宿るのを感じた。

 これでいいだろう。

 俺は芦田の髪を離すと、それ以上は何もせずに有紗とともに体育倉庫をあとにした。


「ちょ、おい! コレ、なんとかしていけよ!」


 パーマ男が文句を言っていたが、知ったことか。

 急いで屋上に戻らないと、弁当を食べる時間がなくなってしまう。


     ※


 それから俺たちは急いで屋上に戻り、優那と深雪とともにいつもどおり昼食を楽しんだ。

 そして、午後の授業がはじまったとき、柳川たちは教室から姿を消していた。

 終業のホームルームのあと、穂村先生に呼びとめられて「なにかしたわね?」と問いかけられたが、なにも知らないふりをした。

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