彼女たちは爛れたい ~性に積極的すぎる彼女たちと普通の青春を送りたい俺がオトナになってしまうまで~
邑樹政典
EP1. 俺たちがオトナになってしまうまで
第一話 もうつきあってる子がいるんだ
身長が低くシルエット自体は小柄だが、そのわりに手足は長くスタイルも決して悪くはない。
華美にならない程度に茶色く染められた癖のない髪は肩口までのショートカットで、大きな瞳の上に意志の強そうな眉がキリリとしたラインを描いている。
いつも明るくハツラツとしていて、いるだけで周りを元気にしてくれるような存在だ。
そんな深雪が、今は真剣な面持ちで俺を見つめていた。
その頬は端から見ても分かるほど紅潮しており、それもあって次に彼女が発するであろう言葉を予感させた。
「あ、あたし……」
上目遣いに俺を見つめながら、震える唇が言葉を紡ぐ。
俺は自分の心拍数が上がっていくのを感じながら、深雪の声に耳を澄ます。
「あたし、セッちゃんのことが好きなの!」
言われてしまった。ガッツリと言われてしまった。
そういう展開になるだろうという予想はあった。
放課後の空き教室、こんなところに呼び出された時点で、何かあるとは思っていた。
他人に聞かれたくない話があるならばスマホで済ませればいい。
きっと直接伝えたい何かがあるのだろうということは察していた。
しかし、いろいろなパターンを考えてはいたが、最も悪いパターンを引いてしまった。
深雪とは中学一年からのつきあいで、三年間ずっと同じクラスだっただけでなく、同じ高校に入学し、そこでも同じクラスに編入された。
出会ったころから自然と馬が合って、俺も彼女のことは憎からず思っていた。
そう考えれば、ある意味では相思相愛だったとも言えるのかもしれない。
ただ、非常にだらしのない話ではあるのだが、俺には他にも大切にしている女性がいた。
そして、重ねてだらしのないことに、すでにその女性と交際をはじめていたのだ。
本来であれば、その時点ですぐにでも深雪に報告をすべきだった。
これに関しては俺が不甲斐なかったと言うより他はない。
「ごめん、おまえとはつきあえない……」
俺は深雪に頭を下げた。
深雪はそんな俺の返答など予想だにしなかったと言うように目を見開いている。
「え……?」
深雪の目じりに涙が浮かんだ。
自分で蒔いた種とは言え、心がジクジクと痛んだ。
「ごめん……もう、つきあってる子がいるんだ」
俺は正直に事実を伝えた。
今さら遅いが、それが俺にできる精一杯の誠意だった。
「そう、だったの……」
俺の言葉がまだ頭で理解できていないのか、深雪は涙まじりの目でぼんやりと俺を見上げながら唇を震わせている。
「それって、わたしの知ってる子……?」
その問いが、なんの意図をもってされたことなのかは分からない。
ただ、どう答えても深雪を傷つけることになるのであれば、もうすべてを洗いざらい話してしまおうと思っていた。
「綾小路だ。
「……は?」
その瞬間、深雪の顔色が変わった。
——おや? なにか空気が変わったぞ……?
「いや、ありえないでしょ。なんでセッちゃんと綾小路さんがつきあうの?」
先ほどまでの放心した顔は何処へやら、その顔は憤怒の色に染まっている。
なるほど、そういうパターンか……。
綾小路優那――工業製品からIT関連サービスまで幅広く取り扱う綾小路グループを統括する一家の御令嬢だ。
こんな偏差値もごくごく平均的な公立高校には似つかわしくない究極のお嬢さまである。
俺がそんなお嬢様とどうして繋がりがあるかというと、理由は実は単純だった。
綾小路家は国内にいくつもの邸宅を保有しており、そのうちの一つの邸宅の管理を俺の祖父が行っていたのだ。
俺はそのつながりで幼少期から優那と交流があった。
もちろん、そんなことを深雪が知るはずもない。
中学生のころは優那とは別々の中学に通っていたし、彼女から正式に交際を申し込まれるまではまさか俺たちがそんな関係になるなど夢にも思っていなかった。
それに、今さら言い訳にしかならないが、わざわざ聞かれてもいないのに俺から優那との関係を報告するのもおかしな気がしていたのだ。
そもそも中学生のときから綾小路家との関係性については大っぴらにしていなかった。
ただ、それらがすべて裏目に出てしまったようだ。
「嘘つくならもっとマシな嘘ついてよ。綾小路グループのご令嬢だよ?」
まあ、確かに身分違いの恋愛であることには違いないが……。
「なんでそんなわけの分かんないこと言うの? あたしとつきあいたくないなら、そう言ってくれればいいじゃん!」
怒りに顔を紅潮させながらも、深雪の瞳には再び涙が浮かんでいた。
「サイテー! ずっと両想いだと思ってたあたしがバカみたい!」
深雪が俺を突き飛ばすように駆け出し、力任せに扉を開けて教室を飛び出していく。
うーむ、完全にやってしまった。
俺個人の願いとしては、たとえ恋人関係は無理でも深雪とはこれまでと同様に良い友人関係を継続できればと思っていた。
だが、やはりそれは都合の良い望みだったのだろう。
ため息をつき、俺も教室を出る。
――と、廊下に一人の女子生徒が立っていた。
縁の豊かな黒髪をポニーテールにした、切れ長な瞳が印象的な女の子だ。
身長は女子としては高めだが、さすがに俺よりは低い。
異様に顔が小さく、表情の乏しさもあって精巧なロボットのような印象を受ける。
優那の専属の侍女で、俺にとってはもう一人の幼馴染だった。
「やはり、塚本さまに告白されたようですね」
無機質な声で有紗が言った。
彼女は子どものころからずっとこんな喋りかたをする。
「見てたのか?」
廊下を下駄箱のほうに向かって歩き出しながら聞くと、有紗は小さく頷きながら半歩後ろをついてきた。
「もう少し早いタイミングを想定していました。まさかGW後にずれ込むとは」
なんだそりゃ。
天気予報じゃあるまいし、告白のタイミングなど分かるものなのだろうか。
「よく観察していれば分かります。セイさまが無頓着すぎるだけです」
そういうものだろうか。
まあ、実際、優那に交際を申し込まれた際もまったく予想できていなかったし、少なくとも俺にそういったものを読み解く機微がないことだけは事実だろう。
優那とは別々の中学に通っていたが、有紗とは同じ中学だった。
深雪を含む俺たち三人が同じクラスになったのは三年生のころだけだが、有紗のことだからもっと早い時期から深雪の存在を認知していた可能性はある。
「なあ、ひょっとしてだけどさ」
下駄箱で靴を履き替えながら、有紗に聞いた。
「塚本が俺に告白してきそうだったから、優那をたきつけたとかって話じゃないよな?」
有紗は答えなかったが、俺の視線を避けるように顔を背けていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
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