第21話:再会①


 木尻が潜伏していたのは、都内でも指折りの高級ホテルだった。

 一泊の滞在費はかなりのもので、いくら以前大手企業に勤めていたとはいえ、現在無職の人間が何日も滞在できるとは思えない。


 そう考えると思い浮かぶことは最悪な事態ばかりで、隆司の胸は不安に染まりあがった。 

 一刻も早く、湊を助けださなければ。


「――――では、お話した通りにお願いします。無理は承知ですが、できるかぎり普通にふるまってください。支配人には絶対に危害が及ばないよう、配慮しますから」 


 ホテルに到着した隆司は、すぐさま支配人に警察手帳を見せて協力を仰いだ。監視カメラを確認し、四日前の夜に湊が部屋に入ったことと、今現在部屋に木尻がいる確証を得る。その後、隆司は時間を待たずに、支配人を連れて木尻が滞在する部屋へとむかった。

 木尻を捕まえるには、現行犯である事実を確認しなければならない。それには部屋に入るのが一番だ。きっと部屋には湊が監禁されているはずだから。


「わ、わかりました」


 ここで犯罪が行われているなんて到底思えない、明るい照明と柔らかな絨毯。そして華やかな装飾品に彩られた廊下に並ぶ木尻の部屋の前で、緊張を隠せない支配人が深呼吸を繰りかえす。それから震える指でゆっくりと、部屋のインターフォンを押した。


『――――――はい』


 ほどなくして、部屋の中からの応答がインターフォン越しにかえされる。微かだが聞き覚えのある声は、木尻のものとみて間違いないだろう。


「お休みのところ、大変申し訳ございません。当ホテルの支配人でございます。ただいま当ホテルの管理センターにて、こちらのフロアの火災報知器の異常が確認されました。火の手は上がっておりませんので大丈夫かと思いますが、念のため各部屋の確認を行っております。どうか、ご協力下さいますようお願い申し上げます」

『今……ちょっと取りこんでるんだけど』


 部屋に入られたくないのか、木尻は解錠を拒む。そこまでは予想済みだった隆司は無論、次の手も用意してあった。 


「お部屋の中まではお邪魔いたしません。入口にある室内報知器を確認させていただくだけでございます」


 大切なのは木尻を湊から離すこと。故に、木尻自身に解錠させることが一番重要なのだが、逆にそれさえ叶えば十分に勝機はある。


『………………部屋の中まで、入らないって約束するならいいけど』

「はい、そちらはお約束いたします」

『分かった』


 承諾を出した木尻に、隆司と支配人は顔を見合って言葉なく頷く。それからすぐにインターフォンが途切れると、隆司と支配人はすぐに立ち位置を入れ替えた。


「ありがとうございます。では、支配人は下がっていて下さい。あと、申し訳ないですが、念のため救急車の手配をお願いします」


 小さな声で指示を出し、支配人を下がらせる。

 あとは隆司の腕頼りだ。

 部屋の錠とドアチェーンが外れる音が、扉越しに響く。隆司は緊張を抑えるため、一つ大きな息を飲みこむと、わずかに開いた扉の隙間を狙って勢いよく部屋の扉をこじ開けた。

 一番に目に入ったのは、以前見た時よりも随分と陰鬱さの影が濃くなった木尻の姿。この男が湊を、と考えた瞬間に腹の底から怒りがこみあげてきた。 


「木尻厚志だな! 監禁してる徳永湊はどこだ!」

「う、うわっ!」


 隆司を見た木尻の顔が、驚愕に固まる。

 しかし、木尻は即座に俊敏な動作で後方へと飛び退き、入口脇に飾ってあった一輪挿しを投げつけてきた。


「くっ」


 勢いよく飛んできた一輪挿しを交差して組んだ腕で受け止め、難をかわす。が、その隙に木尻を部屋の奥へと逃がしてしまった。

 まずい。隆司は、慌てて後を追う。


「待て!」


 リビングゾーンを抜け、開け放たれた寝室へと飛びこんだ木尻に、数秒遅れて辿り着いた隆司の目に映ったもの。それはベッドの上で木尻に羽交い締めにされたうえ、喉元にナイフを突き立てられた湊の姿だった。


「来るな! これ以上近づいたら、こいつを殺すぞっ!」

「湊!」


 直前まで木尻に暴行されていたのだろうか、一糸纏わぬ姿の湊の身体には、行為の痕と殴られた痣で所々が赤く染まっていた。あまりの痛々しさに、思わず目を逸らしたくなってしまう。


「隆……さ……」


 虚ろな目で、湊がこちらを見る。


「湊、大丈夫か!」


 問いかけると、わずかに口元を綻ばせた。

こんな時でも笑顔を向けてくれる湊に愛しさを覚えると同時に、木尻に対して更に強い怒りがこみあげる。


「木尻、ナイフを捨てて湊を解放しろ」

「うるせぇっ! こいつは俺のものだ! 俺達は心から愛し合っているんだから、邪魔するな!」


 肩まで伸びる髪を振り乱しながら、木尻はまるで狂ったように叫ぶ。その姿はどう見ても通常の精神状態とは言えない。

 しかし、この状態でどこが愛し合っているというのだろうか。明らかに力でねじ伏せて言うことを聞かせることが愛だなんて、どうやっても認められるはずがない。だが、それでも一つだけ安堵したことはあった。

 例え酷く湾曲した愛でも、まだ木尻の愛は憎しみに変わってはいない。即ち、木尻に湊を殺す意志はないということだ。きっと近づいたら殺すというのも、まだ脅しの域のものだろう。

 それならば、と隆司は自分の勘にかけることにした。

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