第10話:特別な親友②



 隆司の隣を擦り抜け、湊が外に出て行こうとする。その腕を、隆司は何も考えないまま掴んだ。


「別に、出て行かなくったっていいだろ」


 どうして湊が出ていくのだ。そんな必要はないし、いつもなら妙な自己主張を挟んでくるのに。少しだけいつもと違う湊に、調子が狂いそうになる。


「でも、僕がいたら……」


 いい歳の男が二人、同じ屋根の下に住んでいるなんて知られたら不味い。おおよそ湊は、そんな下らないことでも気にしたのだろう。しかし、だからといって上着も持たずに出ていくなんて賛成できるはずがない。風邪でも引いたら、どうするというのだ。

 それに、今の隆司にとって湊は邪魔な存在などではない。隣にいたって恥ずかしいとも思わないし、隠したいとも思わない。


「お前が出て行く必要なんてないし、逆に出て行かれた方が困る」

「困る?」

「……俺も克也も、料理は壊滅的に下手なんだよ。お前が出て行ったら、今日の夕飯が菓子と揚げ物、それとカップ麺で終わりになる」


 克也から奪った袋の口を開けて、湊に見せる。同時に自分も中を覗いてみたら、やはり酒以外に入っていたのはナッツやさきイカ、チキンナゲットにカップラーメンと、予想した通りのものしか入っていなかった。

 隆司は高校の時から、克也も大学を卒業してからと、一人暮らしは長いはずなのだが、二人ともに何故か料理だけは何度作っても上達しなかった。焼けば焦げる、煮れば蒸発すると、どれだけ料理本を見ながら作っても完成した料理は見るも無惨なものになった。だから湊が居候になるまでずっと、コンビニ弁当や定食屋、あとはレトルト商品で生きてきたのだ。


「三人分作るのが大変なら俺もできるかぎり手伝うから、今夜は克也の分も作ってやってくれないか?」

「そういうことなら、僕は構いませんよ」

「克也も、今夜はこいつと一緒でもいいか? こいつ、今わけあってここに置いてるんだ」


 克也の方を向き直して「理由は後で話すから」と言うと、出来た親友は穏やかに笑って頷いた。


「急に来ちゃったのは僕の方だから、二人がいいなら僕はどういう形でも構わないよ。それに、飲むなら人が多い方が楽しいしね」

「サンキュ。じゃあ上がれよ。ホラ、湊も行くぞ」


 克也を先に部屋に入れ、自分達も入ろうとする。すると、背後からクイッと服の裾を引かれた。


「本当にいいんですか? せっかくお友達が訪ねてきてくれたのに、他人の僕がいて……」

「他人って何だ、他人って。血が繋がってないって意味なら克也も他人だし、友人知人って意味なら克也もお前も一緒だろ。変な気ばっかり使うな」


 少し前の隆司なら面倒臭いと一蹴していたところだが、今日は下を向いた湊の旋毛を隠すように手を乗せ、クシャクシャと柔らかな髪を掻き混ぜた。


「お前を邪魔だなんて思ってないから。それに、最近お前の料理に慣れたせいで、菓子やカップ麺ばかり食べると胃がもたれるようになったんだよ。だから責任取って飯作れ」


 行くぞ、という意味をこめて湊の腕を引く。すると自分が必要だと言われたことが嬉しかったのか、顔を上げた湊の顔に花のような笑顔が咲いた。


「はいっ!」


 ああ、やっぱり湊は笑顔のほうがいい。隆司は、ただただ素直にそう思いながらリビングに向かう。

 それから二人はすぐにキッチンへと向かい、夕食の準備をはじめた。


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