最初で最後の

花月 零

第1話

 ただの高校生として過ごしてきた僕に、唐突に告げられた余命3ヶ月。とてつもなく急で現実味がなかったけれど付き添っている母さんの嗚咽を聞いて本当に僕は余命宣告をされたんだな、とゆっくりと事実を咀嚼した。


 父は僕が物心つく前にはもういなかった。母さんの話だと僕が生まれてすぐに病気で亡くなったらしい。奇しくも僕は父と同じ病気で母さんはなんで、どうしてとずっと繰り返していた。

 この病気はゆっくりと確実に人体を蝕んでいく。発症初期の段階であれば手の打ちようはあるのだが自覚症状もほとんどなく、こうして急に余命宣告されるまでに進行していることもざらにあるらしい。痛みも苦しみもほとんど感じずに眠るように息を引き取るらしいが当人である僕からしてみれば眠ってそのまま死ぬ可能性だってあるってことだ。それは、流石にちょっと怖い。


 余命宣告を受けてすぐに僕は自宅での療養をお願いした。正直入院しても死ぬ運命には抗えないし、少しでも自宅で僕がいたっていう痕跡を残しておきたかったからだ。あと、普通に高校生としての学校生活を最後まで送りたかった。


「……母さん、ごめん。もっと僕が早く気づいてたら」

「謝らないで。母さんも気づけなくてごめんね。」


 今更たられば言っていられないのは理解しているがどうしても縋ってしまう。もし、もっと早く気づいていたら。治療することが出来る段階だったら。そもそもこんな病気が無かったら、ってスケールがどんどん大きくなった。

 そんなことを考えながら食べた夕食は味がしなかった。母さんはいつも通りの会話をしてくれたけれど僕は上手く笑えていただろうか。シャワーを浴びて母さんにおやすみ、とだけ言って部屋に逃げるように戻った。


 翌日、この日は平日で僕は普通に学校に向かった。先生に無理をいって朝のHRで時間を取ってもらいクラスメイト達に余命について話した。先生は言わないほうがいいって言っていたけれど僕は友達にはしっかり話しておきたかった。

 馬鹿正直に余命が3カ月しかないことを話すと教室がどよめいた。まあ、そういう反応になるよな、と考えていたので特別驚きはしなかった。けれど、一つ予想外のことがあった。みんな目に涙の膜が張っていたのだ。


「あと3カ月って……突然すぎるよ。修学旅行も文化祭も一緒に行きたいよ。」


 そういえばそうだったな、とこの時初めて僕は思い出した。今は5月で3カ月後は8月。みんなが修学旅行やら文化祭やらで楽しんでいるときは僕は空の上にいる。バタバタしていてすっかり忘れていた。

 そう考えると1年とは言わないけれど、半年は生きていたいと思ってしまった。でもこれもきっと叶わないんだろうなと思うと気が滅入る。


 ぼぅっとしていると教室のところどころからすすり泣く声が聞こえてきた。ああ、僕は思ったよりも好かれていたんだと思うとほんの少しだけ嬉しかった。

 もらい泣きしかけているとこのクラスで一番頭がいい、僕も仲良くさせてもらっている男子が目をこすりながらその場に立った。


「……3カ月しかないなら、その間にできる事みんなでやろう。」

「え?」

「写真でも、小旅行でもなんでもいい。このクラスが32人だったっていう証を残そう。」


 教室は一瞬静まり返った後、賛同する声がそこら中から聞こえてきた。それまで黙って聞いていた担任の先生も目に涙を浮かべていた。珍しい。めったに笑うことすらないのに。

 そんな感じで僕が呆然としている間に3ヶ月で何をするかの話し合いになっていた。ただ、これは朝のSHRショートホームルームだったのですぐに終了を知らせるチャイムが鳴ってしまい渋々1時間目の授業準備に移った。僕も自分の席に戻ると隣の席の人が


「絶対、思い出残そうね」


 と言ってくれて思わずありがとう、とはにかみながら答えてしまった。


 その日は偶々、本当に偶々LHRロングホームルームがある日だったので朝の流れのまま、僕が生きていられる3カ月の間にどれだけの思い出を作ることが出来るのかの話し合いが行われた。とは言っても平日は普通に学校だし土日は部活がある人だって多い。はてさてどうしようかと思考を巡らせていた。僕は一番関係があるはずなのになぜかほぼ蚊帳の外の状態だったけれど、学級委員でもある玲……朝、このクラスが32人っていう証を残そうと提案したあいつが僕に話題を振った。


「健はなにかしたいことあるか?」


 急に名前を呼ばれて驚いたけれど、僕はすぐにやりたいことを思い浮かべる。この人数で短期間となるとできることは相当限られてくる。となると誰もが学生時代一度は思い浮かべる全員で鬼ごっことかもあるが生憎僕は運動はからっきしだ。ぼこぼこにされるのは目に見えてる。

 煮詰まりかけたその時、僕はふとあることを思った。みんなの得意分野で協力して、何か一つの作品を創り上げたい。


 僕は思いついたことをそっくりそのまま話すと、みんな鳩が豆鉄砲くらったような顔をしてその手があったか、と口々に話していた。そう、なにもわざわざみんなで集まって何かする必要なんてない。創り上げる過程を写真に収めれば十分思い出になる。


 それから、今日の残りのLHRの時間でどんなものを作るのか決めることになった。結果から言うと僕の声を記録して、いつでもみんなが思い出せるようにする“なにか”を作ることにした。ただ具体的にどうするのかはまだ決まってない。


 僕は、とても心が温かくなったがこの温かさもそう長くは続かない。だからこそ余計にもっと生きたい、もっとこの温かさに触れていたいと思ってしまう。叶わないけれど。


 そしてLHRが終わると今日の授業は終わりだったため、HRが済むとそのまま帰路に着いた。すると、後ろから玲が追いかけてきた。


「健、一緒に帰ろ」

「いいの、玲。今日学級委員会とか言ってなかった?」

「無くなった。」


 あっさりとそういう玲に拍子抜けしたが、僕はゆっくりと歩幅を合わせて玲と話しながら歩いていた。他愛もない、昔話から最近の話まで。つい最近のことを話しているはずなのになぜか酷く懐かしく感じた。


「……健がいなくなるのか。」

「なに急に。僕がいなくなるの寂しい?」

「寂しいってか想像できないわ。ずっといたじゃん。」

「まあこの辺の小中高って限られてるからね。」

「そういうことじゃなくって。なんか、気づいたら隣にいる感じだったじゃん」

「それはそう。」


 僕と玲は所謂腐れ縁で、小学校と言わず保育園の時からずっと一緒だった。仲良くなったきっかけは何も覚えてないけど本当に玲が言う通り気づいたら隣にいた。本当に気づいたら隣にいた。廊下でも教室でも、ふと横を向いたら玲がいることなんてザラだった。

 確かに、玲は僕がいなくなったらこの道を一人で歩くことになるのかと思うと少ししんみりした気持ちになる。


「健、人間が最初に忘れるのって声らしいぞ」

「それ僕に言う?酷すぎない?」

「……けど俺、絶対忘れないから。」


 芯を持った声でそう宣言した玲だったけれど、目はどこか寂しそうだった。僕が余命宣告をされただけで、僕の周りはこんなにも変わってしまうのだなと罪悪感が出てきてしまう。そんな僕を察したのか玲は


「お前は永遠に俺の一番の親友だからな。それだけは死んでも忘れんなよ」

「死んでもって本当はそれ比喩で使うやつだからね?僕本当に死んじゃうんだど。」

「ははっ、幽霊になっても偶に遊びに来いよ」


 そんな風に笑う玲を見て、もう一度消えかけていた罪悪感が出てきてしまった。けど、これ以上玲に気をつかってほしくなかったから僕は静かに笑って見せた。

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