お前のチカラは俺のモノ

大福吉

第1話 神からのおくりもの

「もうこんな時間か!くっそ、寝坊した」


 一人の男が家を飛び出す。男は焦っているが、イヤホンで音楽を聴く習慣は忘れない。


 運悪く赤信号に捕まってしまう。交通量が多く、なかなか信号が変わらない。


「ああもう、運が悪い」


信号が青になりました。


 男は信号が青になった瞬間に横断歩道を渡りはじめる。


キキーッ!!


 そこに信号を無視したトラックが侵入する。

 イヤホンをしていたせいで、男はトラックに衝突する直前まで気が付かない。


「やっべ」


 男は寝不足と運動不足により全く動けない。

 その状況でトラックが急ブレーキを掛けるが、間に合うはずもない。


ドゴッ!


 当然、男はトラックに轢かれた。トラックは速度を超過しており、男は打ちどころが悪く、即死を免れることはできなかった。






「ここは?」


 男は目を覚ますが、状況を把握する事が出来ない。


「寝ぼけているのか?」


 男は回らない頭を無理やり回転させるも、やはり状況を理解できない。見回しても、白い空間が広がるばかりだ。しかし、男はそこに神聖さを覚えた。


「よく来たね。春秋クン」


「えっ!」


 春秋と呼ばれる男は、背後から声を掛けられたことに驚き、背後を振り返る。そこには見知らぬ女性がいた。


「あなたは?いや、それよりも、ここは何処ですか?」


「ここは天界だよ。私は人々から神と呼ばれる存在だと言えば良いかな。厳密には超自然的存在とか超越者のほうが正しいけど」


「天界?神?……ですか」


「君は神を信じていないようだね。まぁ、ほらそこに座ってよ」


「はぁ……」


 春秋は床に座る。


「床に座らなくても、君の後ろには椅子があるじゃないか」


「後ろ…?」


 春秋は背後に椅子があることに気がつく。先程まではなかった。


「(いつの間に椅子をここに? 凄腕マジシャンか神の二択か)」


「なら、神のほうがありえそうじゃない?」


「………そうですね」


 いくら神の存在を信じない春秋といえども、心の中まで見抜かれては認めざるを得ない。


「その話は置いといて、本題に入ろうか。君にはある場所に行ってもらいたい」


「地獄か天国かってコトですか。できれば天国のほうに行きたいんですけど」


「いやいや、どちらでもないよ」


「はぁ、じゃあ俺はどこに行けばいいんですか?」


「異世界」


「異世界?」


「私はチカラが強すぎて世界に直接干渉すると、その世界に天変地異を起こしてしまうんだ。だから君という存在を別の世界すなわち異世界に入れて、その世界に間接的に干渉したいんだよね」


「何でオレなんですか? オレ、ただの凡人なんで何もできないですよ」


「直接世界に干渉できないのは君の世界も同様で、君はたまたま世界の外に行くことができたから君を選んだ。他にも選定基準はあるけどね。能力に関してはある程度チカラを与えるから関係ないよ」


「その世界に行って何すればいいんですか?危ないことは嫌なんですけど」


「大丈夫大丈夫、ちょっと魔王を殺してくれれば良いから」


「魔王?」


「そう、魔王。ついでにつよーい魔物もね。今から君にはファンタジーの世界に転移してもらう。肉体は最適化しておくよ。魔力も与えるから魔法も使える。結構魅力的じゃない?」


「断っても良いですか?」


「良いけど。断ってもその世界にぶち込むから」


「えぇ…?」


「重要なことはこれくらいかな。他に必要な【知識】は転移している間に君に移植しておくよ。ギフトも一緒にね。言語関係はその【知識】が解決してくれるから安心して」


「ギフト?」


「神からの贈り物。たのしみにしててね」


 神がそう言うと、春秋の身体が薄くなっていく。


「あなたの旅路に幸多からんことを」


 春秋は最後に神が祈るというのも奇妙な話しだと思い、意識が途切れた。






………テ!


……キテ!


「起きて!」


 耳元の大声により、春秋は目を覚ます。春秋は上手く状況は呑み込めないが、どうやら緊迫した状況だと理解した。


「すぐそこまで魔物が来ているから起きて!早く!」


 見知らぬ少女から手を差し伸ばされる。その手を取り、立ち上がる。


「あぁ、ありがとう。でも、手遅れかも」


「グギャギャ!」


 緑色の肌で醜悪な顔をした小太りの生物が錆びた剣を携えて好戦的な笑みを浮かべる。その二足歩行の生物は5匹おり、春秋らの周囲を囲い始める。

 【知識】からこの場を乗り切るために、必要な情報を抜き出す。


「ゴブリンか……」


 特徴から目の前の魔物はゴブリンと断定した。平均的な成人男性よりも筋力は劣るものの、群れで行動しているため、侮ってはいけないと評価されている。


「ひっ」


 少女の腰が引けてしまう。


「(神のせいだが)ごめん、俺がこんなところで寝ているばかりに巻き込んで」


「そんなことはいいから、早くここから逃げて!」


「大丈夫、ちょっと荒っぽくなるから目を瞑ったほうが良いよ」


「……?分かった…?」


 春秋は【知識】から得たギフトの詳細を確認する。


【コピー】森羅万象をコピーすることができる。


「(【コピー】………正直、扱いきれないな。とりあえず目の前のゴブリンをどうにかしよう)」


 イメージを洗練させ、事象を引き出す。


「【コピー】《分身》発動」


 その言葉を発すると、春秋は自分自身をコピーし、5人に《分身》する。


「グキッ!!」


 あまりにあり得ない光景に思わずゴブリンは驚いてしまう。


「フッ!」


 隙をついて春秋は拳を振り抜くが、ガードされる。

 最適化された肉体はかなり動きやすい。とても運動不足の人間の動きではない。


「【コピー】《分身》発動」


 さらに5人増加し、横から殴り飛ばす。

 ゴブリンからさびた剣を取り上げ、止めを差していく。


「もう目を開けても大丈夫だよ」


「____」


 春秋は少女に声を掛けるが、反応がない。過度の恐怖で失神したようだ。木陰に移動させる。


「さて、金になるものは剥ぎ取らないとな」


 【知識】から、ゴブリンなどの魔物には魔石と呼ばれる魔力の塊を持っているという情報を引き出す。


 心臓部をゴブリンの持っていた剣でえぐり出し、魔石を手に入れる。


 春秋はこのとき、自分の人格が変わっていることに気がつく。


「(……前の俺だったら、こんなグロいことできる訳が無い。【知識】には入っていないが、きっと神が何か細工したのだろう)」


「……これが魔石か。まるで宝石のような輝きを放っている。ゴブリンでこの美しさなら魔王の魔石がどのようなものか、この目で見てみたいな」


 最後の個体から魔石を採取し終えると同時に、見ず知らずの青少年が春秋に話しかける。


「こんなところでゴブリンとは珍しいですね」


「えぇ先ほど、不意を突かれて襲撃されましてね。大変でしたよ。助けに入ってきた少女も気絶してしまいましたし」


「少女?」


「ほら、あの樹の下にいる少女ですよ」


 そう言いながら春秋は少女の方に手を向ける。


「シエラ!?」


 春秋はいきなり出された大声に内心驚く。


「……お知り合いですか?」


「えぇ、僕の妹です。今日は妹と食べられそうなものを採取しにきたのですが、ちょっと目を離しただけなのに、こんなことに巻き込まれているなんて」


「むにゃ?お兄?」


 少女が目を覚ます。


「もう、あまり心配掛けさせないで」


「おはよう?」


「寝ぼけてるの。ほら、起きなさい」


「うん」


 少女は返事をして立ち上がる。


「ここにいては、ゴブリンの血の匂いで他の魔物が近づいてくるかもしれません。俺が先導するんで、町の方向だけ教えてください」


 【知識】には常識などが詰め込んであるが、現在地が分からないため町の方向などはわからない。


「(【知識】によると、大抵の魔物は血の匂いに敏感らしい。ギフトは特異過ぎるチカラだ。切り札は誰であろうと見せびらかすべきではない。なるべく戦闘は少なくしたい)」


「お兄ちゃん、迷子になったの?町はアッチだよ」


 少女は指を指して方向を示す。


「(お兄ちゃん…?俺のこと?)…………あー、道に迷ったせいでさっきまで野宿していたんだ。君が起こしてくれなかったら危なかったよ。ありがとう」


「どういたしまして。…君じゃなくて、シエラって呼んでね!」


「……分かった。俺の名前は春秋。まぁ、自己紹介は歩きながらしましょうか」


「じゃあ、ハル兄って呼ぶね」


「(は、ハル兄?)」


 歩きながら事故紹介を済ませる。シエラの兄はダグラスと名乗った。兄弟で宿屋を経営しているとのことで、一晩泊まらせてもらうことに決める。


 しかし、現在、春秋は一銭も持っていないため、冒険者ギルドでゴブリンの魔石を換金する必要がある。

 宿でもゴブリンの魔石程度なら換金できるが手数料がかかってしまうため、少しでも節約したい春秋はその手段を取ることはできない。


 春秋は冒険者ギルドへ向かうことにした。

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