2 さんぽ
それはいつものように空が真っ赤に染まる夕暮れ時だった。だけど今日はなぜだかキミの顔色が優れない。黙って僕に首輪をはめるキミ。
いつもなら僕の頭を優しく撫でてくれるのに、キミは触ようともしない。僕がどんなに話しかけても、どんなに叫んでも、キミが振り向いてくれることはなかった。しかたなく僕も黙って川沿いの道をゆく。
いつも歩いているこの道も、今日に限ってとても静かだった。河原で遊んでいる子供も、釣りをしている男性も、川の中の魚たちまでも、みんないない。
そして、川にかかる大きな橋の真ん中に来た時に、初めてキミは口を開いた。
「明日、あの日が来る。オレは父さんと母さんと一緒に遠くへ逃げるんだ。だからお前も遠くに逃げろ。遠くに、そう、ずっと遠くにだ」
キミはそう言うと、しゃがみ込み僕の首へと手を回す。そして僕の首輪を外してくれた。
「あの日から逃げられないことは分かっている。けれど、逃げないといけないんだ。そうしないと頭がどうにかなってしまいそうだから。だから俺は逃げる。……ほら、お前も、もう自由だ」
キミがなんて言っているか分からないけど、やっと僕と遊んでくれるんだね。そう思ってキミを呼んだり、ジャンプしてみたりする。でも違ったみたい。キミはさっきと同じ顔で、ただ僕を見下ろしているだけだった。
どうしたの? キミに近づこうとしたときだった。キミは大声で叫びながら僕を蹴った。
「逃げろって言っただろう! あっちへ行けよ! もう……近づくなよ」
キミは何か叫ぶと崩れるように、力なくその場にしゃがみ込んだ。僕は少しびっくりしたけど、かまわずキミにすり寄る。
するとキミは黙って僕を抱きしめた。そしてキミの目から滴が垂れる。舐めてみると、しょっぱい味がした。そのしょっぱい滴は一時の間、止まることなくキミの目からあふれ出した。
日も傾き、空がどんどん黒く染まっていく。やっとキミは僕を放し、僕の頭を優しくなでてくれた。いつものような優しい君の顔。
「じゃあ、元気でな」
キミはズボンのポケットから骨を取り出すと、川に向かって大きく振りかぶった。やった、いつものようにまたキミが遊んでくれる。僕は無我夢中で骨を追いかけていった。すぐにとってくるからね。
僕はなりふり構わず川に飛び込むと骨を探し始めた。少し冷たかったけど今はそんなのどうでもいい。早く骨を持って行ってほめてもらわなくっちゃ。
数分後、川底に引っかかっている骨を発見した。びしょびしょになりながら水に顔を突っ込み、くわえて一気に持ち上げる。そして急いで橋の上へと駆けあがった。
けれどキミはどこにもいない。あれ? 僕が戻ってくるのが遅いから先に帰ったのかな? 僕は仕方なく骨を加えたまま家へと向かった。もう、ひどいな、僕を置いて行くなんて。
どんどん、日が暮れていく。早く帰らないと夕ご飯に間に合わないよ。誰もいない真っ暗な商店街を僕は全力で駆けていく。
待っててね、今すぐ家に帰るから。
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