〜ゲームスタート〈下〉〜

 キーンコーン


 チャイムが鳴った。 


 時刻は午後四時。

 僕は急いで教室を出る。早くしないと面会時間に間に合わないかもしれないからだ。


 ◇◆◇


 タッタッタッタ


「ねぇ、いいんちょ〜、最近綾口くん早く帰るよね〜」


 あたし——小西琳寧はスマホをいじっていると声をかけられた。


 あたしはスマホをポケットに入れて声の主を見る。


 目の前にいたのはクラスメイトであり、先生も手を焼くほどの問題児、水泡由良

《みなわゆら》だった。

 黒髪のショートカットで所々に赤色のメッシュを入れているこの時点で校則違反の少女で制服の白いシャツはボタンを二、三個外していて、男子女子共通のネクタイはしておらず、代わりにリボンをしている。

 赤いチェック柄のスカートは短くて、パンツが見えるか見えないかというぐらい。

 いつも黒色のブーツで来ており、オシャレなのか右手首にブレスレット三つに左手首に二つ。全てデザインが違う。

 そしてがっつり化粧をしていて、いつもトイレで整えていたりする。

 そんな不真面目な(綾口くんも)あまり関わりたくない子だ。


「そうだね、水泡ちゃん」


 あたしはそう相槌を打って、再びスマホをいじり始めた。


「はぁ〜、いいんちょ〜、もうちょっと話しましょうよ〜!」


 そう言いながら、水泡ちゃんはあたしの背後に回ってあたしをガクガクと揺らす。

 それは結構うざかった。正直、めんどくさくてやめて欲しいと思ったほどだった。


 あたしはずっとスルーしていたがだんだん本当にやめてほしかったので、「はぁ」とため息を吐きながら、スマホを渋々片付ける。

 ずっと声をかけてくる方がしんどいと思うからだ。


「……何?要件は手短に済ませて」


 あたしは水泡ちゃんを睨んで言う。

 これは本当に関わらないで欲しいという意思表示だ。


「いいんちょ〜、怖いですよ。眉間に皺できちゃいますよ?」


 水泡ちゃんは構ってくれたことが嬉しいのか、笑顔で言う。


 ……余計なお世話だ。誰のせいで皺ができていると思う?


 あたしは少しイラッとした。


「……用がないなら、話しかけないでくれる?」


 あたしはイライラしているのを顔に出して、しっしと猫を追い払うように手を振る。


「いいんちょー、なんかツンデレ(?)みたいだね!」


 水泡ちゃんはニコニコしている。

 こんなに露骨にイライラしているとわかるのに、ニコニコしているのは不気味だった。

 特に話す話題などなかったらしく、時間が経つともあたしには関わってこなかった。


 まぁ、でも最近は綾口くんは本当に早く帰る。いつもゆっくり帰っていたはずだ。いつも、授業をサボるほど不真面目だったのに、最近は見違えるほどに真面目になってきている気がする。


 何か最近の行動を見直すことがあったのかな?


 あたしは軽くそんなことを考えた。


 ◇◆◇


 コンコンコン


 僕は病院につき、軽くドアをノックする。そして、ドアに手をかけてゆっくりと開く。


 もしかしたら今日、起きて返事をしてくれるかもしれない。と、いう淡い期待を胸に抱きながら。

 でも、返事は当然ないし、晴はベッドの上に横たわっている。


 心の中ではやっぱりと思った。わかっていたから。


 ベッドの近くにある丸椅子に座って、晴に手を握る。


「どうしたら、起きてくれる?晴……」


 僕は弱々しく晴に尋ねた。


 ◇◆◇


 ぷかぷかぷかぷか


 私はずっとさっきから、浮いているような感覚がしていた。

 多分、水の中ではないだろう。だって服や髪は濡れていないから。


 目を開けて周りを見渡しても、下を見てもただただ黒一色だけの景色が私の目の前にあった。


 それは全く怖くなかった。こんなところに一人でいるのに寂しくもなかった。むしろ温かくてとても安心できる。

 いつもと同じお兄ちゃんと一緒にいる日常の温かさだった。


 私はうとうとして再び目を閉じる。

 とても居心地の良いここは私を眠りに誘おうとしている。

 眠ってしまう。それはいいかもしれない。だってここにいたら何も怖いことも起きない気がしたから。


「ねぇ、いいの眠ってしまって?」


 どこかで聞いたことのある、元気な女の子の声が聞こえてきた。


「ねぇ、そうして寝ちゃうの?君はそんなに眠たいの?」


 私は目を閉じながら質問に答える。


「うん、そうだよ。眠たいから寝るんだよ、普通でしょう?」


 私はとても不思議だった。

 これは必要不可欠な生理現象だからだ。


「うん。私も眠た〜い時はとても寝たいよ?でも、君はこんなところでも寝ちゃうの⁇得体もしれないところでさ、こんな真っ暗な怖いところで」

「……怖い?寧ろ、こんなに温かくて安心する場所は全くないよ?ここで眠れたらきっと嫌なことも忘れちゃえる。なのに怖いの⁇」

「うん、怖いよ。嫌なことも忘れちゃえるのは最高だよ。私もそれに君も嫌なことは忘れたいもんね」


 女の子の声の主は私に寄り添うように言う。


「そうだよ。わかっているなら、なんで質問するの?」

「……覚えていないと思ったけど、やっぱり忘れてるのか。じゃあ、思い出させてあげるよ」


 女の子はそう言って、パチンっと指を鳴らす音がした。


「え?」


 私はそう言って目を開けた。

 とても眩しい光が私を起こす。さっきの眠たさも温かさも安心感もない。


 けれど、懐かしさがあった。


「ようこそ、と言うよりお帰りなさいの方が君には合っているね。お帰りなさい私の主人様マスター


 女の子は笑顔で頭を下げる。それは優雅な礼だった。


 夕焼けが見える懐かしい教室。

 そんな教室に亜麻色の髪をし、緑の表紙のボロボロの本を持った女の子——いや、私と同じぐらいの子はさっきよりも大人しい声をしていたがさっきのような無邪気さも感じられた。


「……ねぇ、主人様マスターて、私のこと?」


 私は自分を指して尋ねる。


 普通、こんな子が私のことを主人様マスターなんて呼ぶ……?


 目の前の子はパチパチと瞬く。


 当たり前のことだと言わんばかりに私の質問に首を傾げていた。


主人様マスター主人様マスターです、私のたった一人の。私——アヤは主人様マスターのために動きます。主人様マスターの幸せが私の幸せですから」


 目の前の子——アヤはそう言って微笑んだ。

 私は「……そう」としか言えなかった。とても異常なはずなのに何故か私もこれが当たり前のことのように思えた。


「では、主人様マスターこのアヤに何なりとお申し付けください。主人様マスターのためなら誠心誠意この命に変えましても叶えてみせますので、ね」


 アヤはとても怪しく笑っていた。


「……私が願うのは——」


 さっきまで願うものはなかったはずなのに、私は何故か願いをアヤに伝えていた。

 

 ◇◆◇


 深夜。


 僕はリビングでソファーで寝転びながら、ぼーっとテレビを見ていた。けれど、内容は一向に頭に入ってこない。


 前はテレビも面白く感じていたが、今は面白く感じれない。家族がいるかいないかでこんなに変わるとは思わなかった。


 僕はポツリと「晴……」と呟く。


 それは今にも消えそうな声だった。


 その声を聞いた途端、僕は苦笑した。


 晴がいないだけで僕はこんなにも惨めで弱かったんだな……。


 僕は多分、「晴が起きるためなら非人道的と言われようともやる?」と尋ねられると速攻で答える。「やる」と。

 でもそれは家族のためだからという建前で。

 晴だって起きたいと思っているだろうから。でも、違ったらどうしようという思いもあった。

「だから、明日は起きてくれ……。晴」


 僕は目を閉じながら、瞼の裏に映る晴に言った。


「……じゃあ、私の部屋に来てよ」


 瞼の裏に映る晴が上半身を起き上がらせ、こっちを見て言った。


「……え⁉︎」


 僕はびっくりして目を開けて、上半身を起こした。

 すると、テレビの音が聞こえてくる。賑やかな声が聞こえてくるが、やっぱり内容は一切入ってはこない。


「……はぁ、なんでさっきあんなの見たんだろう」


 僕が晴に起きてほしいから見たのかもしれない。


「……馬鹿らしい」


 僕はそう吐き捨ててテレビを消す。ソファーから降りて、リビングの電気を消して、二階に上がる。


 さっき、僕が晴の部屋に行ったら晴が起きるって言ってたけどさ、そんなので起きたら拍子抜けする。それにこんなに苦労してない。


 僕は自分の部屋によろよろした足どりで入る。そしてベッドに倒れ込む、ボスッという音が鳴る。

 ベッドのマットレスが僕の体を受け止めてくれた。


「はぁ」


 僕はため息を吐く。


 柄でもないがもし、もし、本当に晴が起きてくれるのだとしたら……。


 僕は晴の部屋に行く。

 僕はドアノブを掴んで一気にドアを開いた。


 部屋は真っ暗だ。

 それに部屋の中は晴が病院に行く前と同じ家具の配置をしているが、絶対的に違うところがあった。それに見覚えがある。


 透き通るような水色の髪をした同学年の女子が居た。その子は手にはあの忌まわしきVRゴーグルを持っている。


 絵画のように綺麗に立っているがバリバリの不法侵入である。


「お、やっと来たかい、遅かったね。綾口晴の兄、綾口優気くん」


 そう言いながら、水色の髪を靡かせながらトンッと片足でジャンプして、僕との距離を詰めた。


 彼女はとても整った容姿をしており、白い肌に髪と同じ色の瞳、長いまつ毛やどこをとっても整っていて美人という分類に入ると思う。

 僕の美的感覚が間違っていなければの話だが。


「あの、そもそも不法侵入してるんですけど……」


 僕がそう指摘すると、彼女はにこりと笑う。


「おや、そこが気になるのかい?でもそこは置いといてくれ、今は関係ないからね」

「いや、めちゃくちゃ関係あると思いますが……」


 僕がそういうと、ふいっと彼女は視線を逸らす。


「……いいのかい?僕は君の願い、綾口晴を起こす方法を教えに来たのに」


 彼女の口から聞き逃してはいけない言葉が聞こえた。


「あぁ、救えないのが残念で仕方ないよ!」


 彼女は芝居かかった声でそう言った。


 でも、今の僕はそんなのどうでもよかった。


 は、晴が救える……⁉︎本当に……⁈


「おい、どうやったら晴を助けれるんだ!」


 僕はそう言って、彼女の肩を掴む。


「お、おい、落ち着いてくれって‼︎教えてやるから」


 彼女はびっくりしながらそう言った。

 僕はその言葉を聞いて彼女から手を離す。


「綾口晴を救う方法はとても簡単だ。君がこのVRゴーグルで“world”をプレイすることだ」

「は?どういうこと⁇」

「わからなかったのかい?君がゲームをプレイするんだ。綾口晴の代わりに」

「いや、なんでそれで晴が起きるんだよ!」


 僕は取り乱して、彼女の着ている服の襟を掴んで揺さぶる。


「こ、こっちにも、事情があるんだよ!そして離してくれ、吐きそうになるからな、な?」


 そう言われて、僕は彼女を解放した。

 そしたら「はぁ」とため息を吐きながら襟を直した。


「まぁ、そういうことだからプレイしてくれ!」


 彼女はそう笑顔で言いながら、僕にVRゴーグルを被せた。


「お、おい、何するんだよ!」


 僕はVRゴーグルを外そうとするが、きっちり締まっているし、どう外すのかも分からない。


「だって君、どうせしないだろう?だから、強引にさせるしかないんだよ」


 遠くで彼女の声が聞こえる。


「だからって、こんなにご、う…い……ん、に………しな、っく……」


 急な脱力感が僕を襲った。

 立っていることもできなくなりそうだ。


「…な、……な…に……お、した!」


 僕は手をついて、バランスを取ろうとするがそれは叶わなかった。

 感覚がなくなっていって、どうなっているのかわからない。


「何って、電源を入れただけだよ、これはフルダイブ型だからね。じゃあ、ゲームを楽しんでくれよ!

 それにこれは君にとってだからね。じゃあな!」


 そう言って彼女の声は聞こえなくなり、僕の意識も深くに潜った。


 最悪のゲームの始まり方だ。

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2026年3月7日 00:00 毎週 土曜日 00:00

ゲームスタート‼︎ 水見 @chunsuke

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