入院中の今城進の録音

 一花を突き落とした悟は、転げ落ちる彼女を見ながら嘲るように笑っていました。その唐突な状況は、俺の悟への信頼を完全に恨みへ逆転させたのでした。そして、俺は悟を殺そうと思い、自ら階段を転げ落ちました。しかし、俺が落ちようとしなければ、一花は命をとりとめた可能性があったと考えると、今でもあの時の自分の愚行を後悔しています。


 あの時の衝動的な行為は、きっと俺の体調不良と関係があったはずです。三年生にあがった時でした。胃が重たい感じがしたのです。病院へ行くと、ストレスが原因と言われました。振り返って考えると、大学入学時にも同じ感覚がありましたそして、その感覚は一花と付き合い始めてから半年ほど経った時にもありました。


 その苦痛がじわじわと蓄積して、胃潰瘍に至ったのか分かりませんが、その感覚が俺にある類の焦燥感を抱かせたのは確実です。特にそれが強まったのは数カ月前に寝込んだ時でした。その時には、なぜかいつも以上に水が欲しかったのです。でも、どれほど飲んでも、足りなかったのです。今思えば、多分それは風邪をひいた時の、喉のイガイガ感であったと思います。でも、俺はその焦燥感を誰かにぶつけたくて仕方がなかったのです。もしかすると、悟の受験のために、スポーツを我慢していた経験も関係して、彼がその対象になったのでしょうね。


 そうこうするうちに、病気は治りました。でも喉のあの不快感は残ったままで、心は落ち着きませんでした。そのせいか、俺は悟の小さな言動にイラつくようになりました。およその喧嘩の話題は、一花への目つきや言動でした。本当に些細なものです。けれど、それでも毎日ですかね。一時間も喧嘩することがざらでした。看病のことを境に、一花と同棲することになったから、彼女もその場にいました。正直に、その時は毎日悟に怒っていた俺に、彼女が幻滅するかもしれないと考えていました。が、それでも彼女は俺と悟に優しく接してくれたのです。そんな状態は、彼女が亡くなる日まで続きました。


 そうですね。まだ記憶と心を整理できてないから、記憶が曖昧なのですが。たしか、その前日には雨が降っていましたし、一花もどことなく疲れていましたから。彼女は。彼女は、ただただ足を滑らせたのかもしれません。悟の動きはきっと俺が歪曲したものに、違いないでしょう。


 その通りです。

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