第27話 血

 明莉の前で、優也が刺された。胸を深々と貫かれ、どさっと床に倒れる。


「優也ッ!」


 明莉は、刺した神楽を無視して、倒れている優也に駆け寄る。


「優也ッ! 優也ッ!」


 明莉は、動転しながら声を上げるが、そんなものは関係ないとばかりに優也を中心に血だまりが広がってゆく。


「カラン」


 激高して優也にナイフを突き立てた神楽が、感情の昂りが凪いでしまったという様子でナイフを放り投げた。


「つまらん……。つまらん……結末だ」


 神楽は興味を失ったという様子。


「今のお前は、屈服させ服従させる価値もない。お前の男を殺した憎い敵だという自己を取り戻し、修羅となって俺の前に現れろ」


 明莉は、その神楽に関わらず、床の優也に縋りつく。神楽など、もはやどうでもいい。沸き起こってくる優也の死という恐怖と戦いながら、優也を仰向けにして脈をとり、服をはだけて止血をして……


 駄目だ。致命傷だ。即座に投降して救急車を呼ぶことも考えたが……。間に合わないという結論に至った。


 あ……ああ……


 目の前に血塗れで倒れている優也の姿に、感情が乱れる。頭が熱くなって、血の気が失せ、心が乱れてゆく。


 今まで多くの人間を殺し、多くの知り合いが死ぬ場面を見てきたのに、感情を制御できない。黒い闇の様な渦が溢れ出してきて、理性を押し流してゆく。


 ダメだ。苦しい。辛い。怖い。


 怖い……、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖いっ!!


 明莉は……


「ああああああーーーーーーっ!!」


 気づくと天に向かって叫んでいた。優也が死んでしまう! 違う! これは違う! これは私が望んだ未来じゃない! こんな結末の為に地べたを這いずりまわって泥水をすすって、大勢を殺して生きてきて決起したんじゃない!


 明莉は、気が狂ったように錯乱し狂乱する。優也の身体から血が溢れ出て、止まらない。こうしているうちにも、その顔が青くなって体温が失われてゆく。


 死んでしまう! このままだと優也は死んでしまう! ダメだ! それだけはどうにかしなくてはならない。なぜかは分からないが、自分の心が叫んでいる。感情の濁流に飲み込まれながら、必死で解決策を探る。溺れながらもがきながら、藁にも縋る気持で捕まるものを探って手を掻く。


 と――。明莉の脳裏に『禁忌』が浮かんだ。


 ナイトメアの血。ナイトメアの血には特殊な能力があると聞いたことがある。ガレージ内のナイトメアたちがモルモットとして研究される中で、ナイトメアの血が人間に魔法のエリクサーの様な回復薬として作用するという結論に至ったという話だ。この話が本当ならば、優也を救えるかもしれない。微かに見えた一筋の希望の光。他に希望はなくすがる以外に道はない。


 だが、それが成功しても、優也の体内にはナイトメアのDNAが入り込んでしまう。生きながらえたとしても優也は以前と同じような一般高校生としては暮らしてゆけなくなる。例えば……全国民健康診断という名目で行われている、ナイトメア狩りに引っかかってしまう。だからもう普通の生は送れない。


 でも……


 明莉は顔を涙で濡らしながら。心をぐちゃぐちゃに乱しながら、優也に顔を近づける。


「私は優也に、生きて欲しい……。闇の中で人殺しを続けて生きてきた私には、それが勝手な願いで欲望なのはわかってる。でも……」


 優也の顔を見る。穏やかで、優しくて、柔らかく微笑んでいるようにみえた。


「優也。ごめんね。優也は私を恨むかもしれない。でも私は……」


 口端をかみ切る。口内に血の味が広がり、それを唾液と混ぜ合う。それから、優也と唇を交わし、自分の唾液と血を優也の中に流し込んだ。


 反応は、しばらくなかった。やがてドクンと、石像の様に倒れていた優也が震えて……。明莉は、溜まっていた涙をこぼし落として喜びにむせて震えた。

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