第24話 惨禍

 不意に、スマホの着信音が響いた。僕が耳で音の先を探ると、倒れている先生からだとわかる。立ちつくしていた明莉だったが、ゆらりと動きだして先生の胸ポケットからスマホを取り出した。


 僕も……こわごわだけど明莉に近づく。スマホの画面には「エデン情報部」という文字が映し出されていた。


 明莉がそのスマホの通話ボタンを押すと、音声が流れ出した。


「エデン情報部のマドカです。聞こえますか、明莉さん?」


 その声に、明莉がはっと我に返るという様子でスマホを耳に当てる。


「マドカ……さんっ! すいませんっ! 計画に……支障をきたしました」


 画面は見えなくなった。けど、スマホの音は明莉越しに漏れてきた。


「はい。わかってます。これは泉田の携帯ですからね」

「ええ、そうです。泉田は……」


 明莉が、言いづらいという感じで口をつむぐ。が、相手のマドカさんは何でもないと言う抑揚で続けてきた。


「死んだ、殺されたのでしょう。小宮サーヤの手によって」

「え……?」


 明莉が絶句した。


「なんで知っているのかと思うでしょうが、校内は監視しています。学園生のスパイも多数いますので」

「それは……」


 明莉は、何と返答してよいのかという様子で口ごもる。対して、マドカさんの音程に曇りはない。


「明莉さん。長年のお勤め、ご苦労さまでした」

「え……?」


 明莉の声が止まる。何を言われているのかよくわからないという表情だ。


「中学一年生から働き通しでしたから、この機会にゆっくりと休まれるのがよいかと思います。エデン自体には何の問題もありません。後は後任にお任せください」

「マドカさんが……何を言ってるのかが……」

「はっきり言わないとわかりませんか? エデンにとってあなたは用済みだという事です。これ以降、連絡は不要です。というか、ゴアテクに捕まったらできませんね」


 ふふっという漏れ声が聞こえてきた。


「マ……ドカ……さん……」

「え? なんで今まで親しくしてきたのですかって? 仕事だからにきまってるじゃないですか」


 今度は、はっきりとした嘲笑が聞こえた。


「増援は……」

「そんなもの、はなからあるわけないじゃないですか。常識で考えてください。と言っても明莉さんには『エデンの常識』はわかりませんよね。では長くなりましたが、健やかに」


 プチンと通話が切れる。明莉は……手に持っていたスマホを、ストンと落とした。しばらく……。時間にして数分だろうか。明莉は立ちつくした後、やがて震え出す。それが哀しみによるものなのか、怒りによるものなのか、僕にはわからなかった。



 ◇◇◇◇◇◇



「これは……」


 僕と一緒に歩いている明莉が、やっと声を漏らしてくれた。場所は、第二校舎の二階。気を取り直すまでにかなりの時間はかかったけど、まだ僕も明莉も身体の震えが止まらないけど、僕らは泉田先生が撃たれた場所から離れて、ゆっくり歩きながら並んでいる教室を廊下から見てまわっていた。


 各教室は惨憺たる有様だった。銃撃の痕が生々しく壁を刻み、各教室の操り人形の兵士、スレイブたちはことごとく殺されている。


 床上に丸まって頭を抱えながら震えている生徒たち。その中に、一目で撃たれたとわかる者はいないけど、破片等で傷ついた生徒はいるだろうし、乱射に巻き込まれた事には違いない。


「サーヤ……」


 明莉が教室を見ながらつぶやいた。


「なんで……」


 その後は言葉が続かない。明莉と同じように、僕にもわからない。


 なぜサーヤさんが、明莉や泉田先生を撃ったのかは、僕の理解の手の届かない場所にある。でも、先生とサーヤさんの会話から、ナイトメアの団体、エデンにもたぶん派閥とか内部闘争があって、情報を漏らしたり裏切ったりすることがあるのだろうと想像する。


 明莉の立場、学園を制圧して仲間を解放させようとするテロに賛同するわけじゃないけど、でも裏切られた明莉の気持ちは僕にも察っせられる。


 明莉は、今はもう落ち着いているという顔をしているけど、たぶん内心は裏切られた怒りとか哀しみとかで、たぶんごちゃごちゃになっている。そんな明莉になんといってよいのかわからず、でも何か声をかけて上げたくて、僕はつぶやいた。


「難しいね……」


 僕の、率直な感想だった。


 一昨日までは平凡な高校生で平穏な日常だった僕だったけど、今は人間もこのセカイもナイトメアの明莉たちも、何もかもが難しくてうまくいかなくて困ってしまうというというのが実感だ。


「難しいね……」


 隣の明莉を見つめながらもう一度つぶやくと、隣の明莉が返してきた。


「そうね。難しいわね、何もかもが。上手くいかなくて、夢はかなわず、努力は報われることもない」


 そう言った明莉は、冷静な顔をしていたけど、でも何となく遠い目をしていた。


「そうではないことを祈りながら努力してきたけど、わかるときはあっけない」


 こちらを見てきた明莉と目が合う。何やら問いかけてくるような目線で、明莉が聞いてきた。


「どうする?」


 僕は、明莉の質問がわからず、返した。


「どうするって?」

「これから。私は……難しいわね。生き残るのが」

「そんな……こと……」

「でも残念だけど事実。政府やゴアテクに反旗を翻して、これだけの人間を巻き込み情報を拡散させた。ゴアテクは規律ある部隊だけど容赦なく野蛮でもあるわ。捕まったらナイトメアたちの前で公開処刑。見せしめに指を落とされ耳を削がれ、拷問されて惨殺されるのが想像に難くない」


 その明莉の言葉に、僕はギュウと胸を締め付けられる。


 明莉が、捕まる。

 明莉が、拷問される。

 明莉が、惨殺される。

 それは望まない。

 それは耐えられない。


 でも僕はただの高校生で、政府に対抗したり説き伏せたりする力は持ってない。このままだと、本当に明莉は……。思いながら明莉を見る。


「自決しようかしら?」


 明莉が、僕を見ながら口にした。軽い調子だったけど、あながち冗談とも思えなかった。泣きそうになりながら、僕は明莉を見つめる。


「そんな深刻で死にそうな顔をしないで」


 明莉が、幼児を優しくたしなめるように説き伏せるように言ってきた。


「でも……明莉が……」

「そうね。ちょっとどうしようもないかもしれない」

「…………」


 明莉が、今度はふふっと笑った。


「一緒に死んでって頼んだら、死んでくれそうな顔をしてるわね」

「それが明莉の望みなら……それでも……」

「冗談よ。本気にしないで。何とか方策を練ってみるわ。思いつきそうにないけど」

「うん。一緒に考えよう」

「そうね。ありがと」


 言ってから、明莉は教室から目を離して歩き出した。慌てて僕も後に続く。明莉の後に続いて廊下を進み、階段を下りて第二校舎を出る。それから誰もいない学園内をちょっと進んでから、僕と明莉は体育館に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る