第23話 代価と報酬

 サーヤは泉田を撃った第二校舎から出て、駐輪場にまでやってきた。その場に待っている代価を払う相手、神楽蒼樹と落ち合うためだ。


「約束通り動いて……結果、決起は失敗したっていえるわ。私は代価を支払った」


 そのサーヤの報告に、昨日、身体を重ねたばかりの神楽は眉一つ動かさない。


「代価を支払ったんだから、報償を頂戴」

「ああ」


 そうだなと、神楽が笑った。なんというか、サーヤを見下すような嘲笑だった。


「ナイトゴーンツには連絡しておいた。この学園から無事に出られるはずだ。勝手にどこになりと行くがいい」

「ありがと」


 サーヤは、感謝の笑みを浮かべた。


 神楽とは利害で付き合った仲だった。本音の部分で神楽がサーヤをどうとも思ってないってことは知っていた。けどでも何度も肌を重ねた相手だったし、セフレとしての愛着みたいなものはあったから。だから、サーヤは去り際にこの男の顔をもう一度みた。


「じゃあね。もう会うことはないと思うけど、好きだったわけでもないんだけど、でも抱かれているときは気持ちよかったし恋人なんだってちょっとだけ錯覚したりもしたから」


 サーヤは、表情を変えない神楽に微笑んで見せた。自然と心の中から沸き起こってきた笑顔だった。


「感謝はしてる。ありがとね。じゃあ」


 それだけ言って、サーヤは駆け出した。学園の裏口へ。


 走りながら、沸き立つ心に胸震える。これでこの学園から出られる! エデンの束縛からも逃れられる! 解放される! 自由だ!


 ナイトメアだから、このセカイでは完全な自由なんてないんだけど、でもダークワールドに戻れば暮らせる場所は多くある。私はなんにも束縛されないで生を謳歌するんだ!


 駆けゆくと、学園周囲の高さ二メートルの壁が見えてくる。でも私にはそんなものなんでもない。ジャンプしてその壁を超える――と思ったその瞬間……。無数の音と共に身体に衝撃が走り……。サーヤの意識は、暗転した。



 ◇◇◇◇◇◇



 離れた距離から、神楽はサーヤが壁を飛び越える瞬間に銃弾を浴びせられたのを見ていた。ゆるりとそこまで歩いていき、全身に銃弾を浴びてボロ雑巾の様に転がっているサーヤに近づく。


 壁の向こう側から装甲車の駆動音が聞こえる。ナイトゴーンツが展開しつつあるのがその音からもわかる。政府は、ゴアテク指揮下のナイトメア用特殊部隊、ナイトゴーンツの実戦部隊投入を決めたのだろう。まあ予定通りか。想定通りともいう。


 ナイトメアの自由は認めない。ナイトメアはこのセカイでは排除すべきもので、政府の監視においてのみ生かされるという価値観だ。それは絶対で、いずれ学園に突入してくるのだろう。大勢の生徒たちが人質になっているとしても。神楽はこうなることをわかっていて、それを承知で、サーヤに近づき関係を結んで情報を得てきたのだ。


 サーヤが、心に寂しさを抱えていたのは最初の会話時に瞬時に分かった。そのサーヤの心に付け込んで利用してきたともいえるが、自分に対する嫌悪や自責は、カケラもない。


 この女は、数多いる、支配されコントロールされるべきナイトメアの一人に過ぎないという確固たる認識がある。よい見目とカラダをしていて、抱いている時には快楽や征服感が満たされているとも感じていたが、しょせんは消耗品のナイトメアの一少女に過ぎない。


 神楽は、地べたのサーヤを見つめる。


 この女に愛着や憐憫は、ない。





 孤児だった自分は、たまたま異能力を持っていた。自分の祖先にはナイトメアがいてその血が流れているのか、あるいはナイトメアに対する防衛本能でこのセカイに現れ始めた異能力者たちの一部なのか。それを気に病む精神性は持っていない。


『養成所』――異能力者たちを集め育て教育洗脳して兵器として活用するための研究施設――で育てられて『ナイトゴーンツ』に入った。支配され搾取される側から、支配して搾取する側に移ったと言える。その為に、養成所では血反吐を吐くような訓練に耐えてきたのだ。


 神楽の中で大きく育って心を覆いつくした確信は、信念にまで育って、いま状況を進めている。





 学園では、この決起を行ったナイトメアの主犯格である山名明莉を、ずっと見てきた。優しく尊敬され、誰にも分け隔てなく接する優等生。皆に尊敬され憧れられる、学園のアイドル


 神楽には、そんな生はなかった。ただただ、支配される側から支配する側へと移ることへの我執のみで生きてきた。


 山名明莉とてエデンに参加し活動するナイトメアだ。その心中に闇と怨念が巣くっているのは知っている。しかし表面的ですらあれ、学園の優等生として他者の敬意に満たされて過ごしてこれた山名明莉に対する怨讐がある。


 そのお前にこそわからせてやりたいと、いまボロ雑巾を前にして欲望というか情動が沸き起こってきているのを実感している。目の前の地べたに転がっているゴミ、小宮サーヤには理解させることができただろう。あの世で、ではあるが。


 そして今度は、山名明莉、お前の番だ。


 養成所で、周囲が欠陥品として処分されてゆく中、震えながら這い上がってきた過去が浮かんで、その苦い味を噛み潰す。


 獲得、確立したいのは……自分自身の自我なのだとはわかっている。その為に、山名明莉を支配して犯して踏みつぶしたいのだ。


 明莉が、エデンにとっては捨て駒でしかないのは知っている。だが、神楽にとっては乗り越えるべき壁で、踏みつぶすべき障害なのだ。


「俺は……さらに上に行かなくてはならない。このセカイに祝福されているという自我を確立するために」


 そうつぶやいて、足元に転がっているサーヤの死骸を見ながら、その場を後にした。

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