救いの糸
「おほしさま☆こーぽれーしょん」の若頭に座する
「ふむ......」
彼が顎に手を当てて思慮に耽り出すのを見て、また突拍子もないことを言い出すのではないかという不安に駆られる。
「どうされたのですか、社ちょ......ティンクル」
私は恐る恐る尋ねた。
「第一ゲームで脱落させておくには勿体無い人物が多すぎると思ってね。特に、天釘ハカマという男。彼は有名な詐欺師か何かか?」
「天釘ハカマ、ですか......」
確かに、彼の人を騙すことに対する躊躇が無さは、見事なものだった。
私は参加者の調査資料を捲り、天釘ハカマの情報が綴られた頁を探した。
「彼は一時期、かけ子のアルバイトをしていたようですが」
「それだけか?」
「はい。我々の調査によりますと、「やっぱりパチプロを目指す」と言ってすぐにアルバイトを辞めたようです」
豪語するほどの自信はどこから湧いてきたのだろうか。借金の額を見るに、どうやらパチンコの方の素質は壊滅的だったらしい。
「天職を手放し、ゲームにも負ける。チャンスを逃しすぎているわけだ。そういった人間には、救いの糸が必要だな」
「と、言いますと?」
「今晩、敗者復活戦を行う」
彼は多々、得意顔で愚策を唱える。
「社長、あまりに急すぎます」
「社長ではなく、ティンクルと呼べと言ったはずだ」
「......失礼しました」
もっとも、とんだ変わり者の部下につくという愚策に走った私が言えることではないが。
「これはゲームなんだから、サプライズがあった方が絶対楽しいって」
「それは第一ゲームで勝利した者にとって明らかに不利です。一部の参加者を贔屓して敗者復活戦を行うことは、公平性を損なうことになります」
と、それらしい理由を並べてみるが、実際は仕事を増やされたくないだけである。
「君も第一ゲームを見ただろ?公平性なんて、最初から有って無いようなもの。必要なのは、公平性よりエンターテイメント性だよ」
刺激的な演出を求めようとするのも無理はないが、先代から引き継いだこのプロジェクトは、思いつきでポンポン進めていいようなものではない。彼はもっと慎重さを覚えるべきだ。
「いいかい?これは私たちにとってもチャンスなんだ。とにかく、今すぐ準備を始めてくれ」
「は、はあ......」
何の意図があるかは存じ上げないが、振り回されるこっちの身にもなってほしいものだ。
「終わっちまった......」
ゲームが終了すると、参加者全員に寝泊まりするための部屋が配られることになっている。
俺は自室に辿り着くや否や、すぐさまベッドに倒れ込んだ。
「クソ、あの大羽とかいうガキ......」
少女の無邪気な笑顔が脳裏に浮かぶ。
あの顔は、道連れにしたことへの罪悪感も恨みを買ったことへの恐怖も感じていない顔だ。腹立たしいことこの上ない。
いやしかし、よく考えろ。もし彼女と同じ立場だったとしたら、俺も同じように振る舞っていたかもしれないのだ。
そう考えると、恨みを持つべきは風谷の方なのではないか。そう、アイツが悪い。
「......」
やめよう。もう意味のないことだ。
俺は考えるのをやめ、枕に顔を埋めた。
「あと一週間、何もせずにゴロゴロするだけかよ」
絶望に打ちひしがれ意気消沈していたものの、正直、肩の荷が降りたようにも感じていた。今はただ、天井を眺めながら肉体がベッドに沈んでゆく感覚を味わうのみ。
しかし、落ち着いていられたのも束の間。憩いのひとときを邪魔するかのように、何者かがインターホンを鳴らした。
「ああ、クソ。誰だよ全く」
間の悪い訪問者に悪態を吐きながら、重たい身体を起こす。扉の前に立ちドアスコープを覗くと、その奥に映っていたのは黒服の男だった。
俺はドアノブを捻り、無言で佇むその男を部屋に招き入れた。
「一体何の用で?」
「天釘様に、お知らせがあって参りました。これをお受け取りください」
男は、スーツの胸ポケットから黒いエンべロープを取り出した。
「なにこれ」
「中身はご自身でお確かめください。それでは」
それは、丁寧にも金色のシーリングスタンプで留めてあった。
俺は困惑しながらも、手元に残されたエンベロープをひっくり返してみる。そこには、「敗者復活戦のお知らせ」と書かれていた。
「はははは、敗者復活!?」
何度見ても確かにそう書いてある。
こんなことはゲーム開始前には説明されていなかった。ここに来て、運命の女神が俺に微笑んだとでもいうのか。
いいや、喜ぶのはまだ早い。
俺は震える手で乱暴にエンベロープを開封した。
『今晩二十二時より、敗者復活戦を開始する。参加を希望する者は、一階のロビーにてリボーンチケットを受け取るべし。尚、リボーンチケットの枚数には限りがあるため、早めの決断を推奨する』
こうしてはいられない。他の参加者も既にこれと同じ手紙を受け取っているはずだ。
なんとしてでも他の参加者より先にリボーンチケットを獲得しなくては......!
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