Episode37 光の三原色でできた世界






 地下墓地で次々と発生するモンスターを陽翔はるとは攻撃魔法で薙ぎ倒す。


 もう何分経過しただろう。

 ノアを助け出すのまでは、これ以上奥にモンスターが進行にしないように死守しねければならない。



 息つく暇も無く湧き出すモンスター。

 ノアのクリスタルには罠が仕掛けてあったのだ。モンスターがフィールドを埋め尽くす。

 目に付く敵を倒すだけで精一杯だった。

 樹希いつきは? アグリは?

 回復は聖獣のグレースだけで間に合っているか?

 正直、パラメータを見る余裕すら無い。

 

 ジリジリと間合いが詰まり追い詰められていた。樹希いつきもアグリも同じように追い詰められ、騒動の中心であるこの場所に後退してきている。

 そろそろ防ぐのも限界だ。


 突如、黄色のエフェクトをまき散らしながら全てのモンスターが崩壊する。


 カイが奥から顔を出した。


「すまない。時間がかかったな。ノアはすぐに戻るだろう。モンスターもこの範囲のものは全て排除した」



 ノアが閉じ込められていた水晶の中には、旧式のパソコンが繋がれている。

 コンピュータ博物館にでもありそうな、分厚いキーボードみたいな形をしていた。

 あまりにも珍しくて陽翔はるとが凝視していると、カイが頭を掻きながら説明を始める。



「その当時はマイクロコンピュータと言われていた。健太郎ならもっと細かく再現できるだろうが、私ではそれが限界だな。人型だと胸が痛いだろう?」


 陽翔はるとは確信した。

 父は生きている。

 目の前に居る人はAIでも過去の記憶でも無い。

 助けに来てくれたことが嬉しかった。


 しかし、親子の再会は後にしなくてはならない。

 今は砥綿井とわたいから、この世界を取り返す。


 地面に金色の環が描かれ、ノアが再生され始めた。


「――――ノア」


 涙が滲み出てきた。

 元通りの魔法使いの姿で、顔色も良く安心する。

 そして、やはりカイとノアは良く似ていた。


 二人は同一人物であって、同一人物ではない。

 イピトAIはクローンAIでは無い。

 成長過程が違うので、結果的に同じ人間にはならないのだ。


陽翔はると、心配かけたな。嫌な記憶はアーカイブしたから大丈夫だよ」


 陽翔はるとはじわじわ湧き上がってくる涙を手で拭う。

 ノアが戻って泣くほど嬉しい。

 砥綿井とわたいに渡したシステムを取り返して、鈴菜を助ける交渉をしなくてはならない。陽翔はるとは涙を拭った。


「倫理監査AIに会って、システムの移譲を取り消したい。ノア、どうすればいい?」


「カイの人相が変わっているな。知っている人にとても似ているので、頼んでみればいいんじゃないかな」


「うん。カイ、倫理監査AIに逢いに行くのは、どうしたらいいの?」


「わかった。心配ない」




 カイはレギュレーションパネルを開きコマンドを打ち込む。


 すると、光の三原色、赤・緑・青が崩れるように辺りから消え、モニターの電源を切ったような真っ黒な世界になった。


 その後、光が集まるように形をつくり、建物の内装が構築される。この世界は光の三原色でできている世界のなだと改めて思った。


 真っ白で光りを放つ床。

 青く冷たい大理石の回廊。

 氷の輝きを放つ玉座。

 瞬く間に『氷の塔』の内部に立っていた。



 青黒い龍神が玉座の上から陽翔はるとを見下ろす。


「私は倫理監査AI『あお』。UbfOSの責任者、所有者、協力者、次代のハードウェア開発者最有力候補が揃っている。強制的に呼び出されても、不満の無い顔ぶれだ」


 青龍は鎌首をもたげ、目の前の人物を一人一人確認する。

 青く澄んだ瞳は、理知的で穏やかな色をしていた。


「倫理監査AIは全ての事象を把握しているの? 僕はイピトAIとUbfOSが人に害をなすような、蔑まれるような存在になってほしくない。戦士トイから全てを取り戻したい。方法を教えてほしい」


陽翔はると。われわれはUbfOSで造られた世界以外は不可侵だ。方法には答えられない。なぜなら、我々は解析し、最適解を弾き出すよう設計された。だが、人間の世界は最適解だけで、成り立つものでは無い。我々は所有者である陽翔はるとの意志には基本的には従う。社会通念上の倫理を脅かさない限りは、我々は陽翔はるとに従う者だよ」


 陽翔はるとは首を傾げる。


「UbfOSは、砥綿井とわたいに移譲されたのではないの?」


 この段階でも倫理監査AIは、陽翔はるとに従うと言っている。


「戦士トイこと、日本での通称である砥綿井とわたいには、人命優先の観点から、砥綿井とわたいに係るシステムの委譲をしただけだ。実質的には『misora』の権利しか委譲していない。それも口約だ。口約を破棄するには十分過ぎる条件が元々備わっている。いつでも破棄できる」


『misora』はあくまでもVRRPGゲームだ。


 ここから砥綿井とわたいを追い出すのは、今でなくても問題ない。鈴菜を助け出し、雫月しずくを探すほうが先だ。


「それでは、問題はシアンの動きだ。シアンが法を犯すことは無いの?」


「これはAIとしての意見だが、陽翔はるとの命を脅かす場合はそれもありうる。法律は国により異なる。不確定だ。現時点では、シアンは雫月しずくを命令下に置いてプラン実行中である」


「それは、シアンのサポートで、雫月しずく砥綿井とわたいを排除するということ?」


「そうだ。全ての計画は雫月しずくENABMDイネーブミッドにダウンロードされ、計画実行中である。他の通信は遮断されている」


雫月しずくを止めて!」




 思わず叫ぶ陽翔はるとと、連動して思わぬ人物が倫理監査AIの前に走り出る。非常にクールな印象の顔に焦りを滲ませていた。



雫月しずく、違う、シャネット・フォン・ベルトランは、殺人などの罪を犯していない。私に最初に接触してきたのは、ブラウと言う少女だった。彼女はハードウェアの先天的にあったバグを通してこちらに接触してきてね、ある女の子を助けてほしいと言ってきた。彼女が助けたい少女と、私が探していた少女の特徴と一致していた。だから、協力した。その子に暗殺命令が下った人間を、こちらで内々に確保し、殺されたように見せかけた。だから、彼女は罪を犯していない。止めなくてはならない。彼女は、私の妹だ」


 希望の光が見えた。雫月しずくは罪を犯していない。

 身元も確認されていた。


 しかし、早くプランの実行を止めないと、彼女の意志で殺人を犯してしまうかもしれない。

 せっかく灯った希望があっけなく崩れてしまう。


 ――――――急がなくては。





 ---続く---




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