Episode36 鈴菜の救出
車のヘッドライトが、山肌と渓谷が織り成す複雑な
静けさの中で、運転席のドアが開く。ミリタリーブーツに踏まれた砂利がザクッと音を鳴らし、プラチナブロンドは月光を受け薄紫に光っていた。
男は煙草を吸っていた。
シガレットの火が明るく暗く点滅している。
男は気づかない。
渓谷側から人が来るなど夢にも思っていない顔だ。
気配を消して近付き、後ろから男の頸動脈を一気に締め上げる。男は気絶した。
僅かに開いたカーテンの隙間から中をうかがう。
リビングには女の傭兵と鈴菜が居た。
鈴菜は不自然に女の傭兵の隣に座らせられている。近くには居たくないが、手首が手錠で繋がれてているので仕方が無いのだろう。頬が赤く腫れあがり、殴られた跡が痛々しい。
一階の控室に三人の熱反応、出入り口に二人。
キッチンに一人。
鈴菜に張り付いている女を足して七人。
JK一人の監視にしては人数が多い。
シアンの導き出した奪回プランが、別荘の見取り図に表示される。
平面の見取り図がグルリと回転し立体地図となった。
但し、
―――――ReadyGo.
窓を開けると同時に、サイレンサー機能が付いている銃を手錠の女の両手両足に打ち込む。
女が悲鳴を上げる。
拳銃の弾丸を四発消費。プラン通りだ。
倒れ込む女がスローモーションのように見える。
次に二発続けて発砲し手錠の鎖を打ち抜いた。
全弾消費。
キッチンに注意を向けると、呆然としている女と目が合う。
女の額に拳銃を投げつける。
二度目の悲鳴。
プラン通り。二秒で敵が来る。
半ば力が抜けている鈴菜を肩に担いだ。
軽い。食事は取っていたのだろうか?
声を発しようとしている鈴菜の口を塞いだ。
「黙って。舌を噛むから」
鈴菜を抱き込んで、ベランダから下に飛び降りる。
プラン通り、敵は全て二階に上がって来た。
この渓谷沿いのベランダを、飛び降りる人間は居ないという
壁を蹴って横に飛び、玄関前の舗装された道に着地する。
鈴菜を肩で支えながら、暗闇を走り車に向かう。
車に着くと後部座席から乗り込み、安全を確保してから車を発進させた。
鈴菜は暴力を受けたらしく恐ろしく疲弊している。
右手首は手錠でついた跡が内出血の青痣になっていた。
すでに黒く変色している跡もある。
「こわ、怖かった、怖かった、怖かった」
鈴菜は何かが崩れて決壊したように大粒の涙を流す。
鈴菜を誘拐していたのは、ジャパニーズマフィアだと調べが付いていた。
鈴菜に乱暴を働いたら要求しているイピトAIとUbfOSを破壊すると、
最低限の安全は保障されていたが、信用できるものでは無い。
「まだ家には返してあげられない。でも、鈴子には逢えると思う。イネーブルしてみて」
鈴菜は痛みに顔を
もし、残酷な命令が下ってしまったら、自分はどう行動するべきなのか?
鈴菜は
自分とは価値が違うのだ。
鈴菜は
――――――――もう時間が無い。
回収屋がやってくる。
正体が割れないようにプロが車を回収するのだ。
遠くからバイクの排気音が近付いてくるのがわかる。
回収屋の男はアメリカンタイプの大型バイクに乗って来た。
男はバイクをおりる。
鈴菜を連れて車から出ると、男は顎をしゃくってバイクを示した。
危険な小細工があると音が濁って聞こえることがある。
それを確かめるのだ。
小さなミスが命取りになることもある。
失敗は許されない。
音はガソリンが空気によって着火する正常な爆発音だと確認された。
「オールクリア」と頭の中で呟くと、走行プランが3Dで表示される。シアンの指示だ。
そのまま左手を半クラッチに調整し、同乗者に負担を掛けないようにバイクを発進させた。
ここからはノンストップで指示された場所に向かう。
重みのある唸り声を上げバイクは坂道を下り、闇に紛れて消えた。
---続く---
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