Episode28 すれ違い
「鈴菜。こんなお部屋じゃ、お嫁さんに行けないわよ。母さん心残りで、成仏できないわ。これからはビシビシいくわよ」
「そのために、イピトAIになったの?」
鈴菜は母親版イピトAIに説教をされていた。
星が煌めくテラリウムの前で正座して頭を垂れている。
なかなかシュールな絵面である。
だが、掃除する前はその床すら見えなかった。
「
かなり落ち込んでいるようだ。
少し気の毒になった
かつての憧れの女性だった鈴菜より、今の鈴菜のが距離が縮んだ気がする。
友達か同志という感じだ。
「
鈴菜はがばっと
「そうよね。そこよね。ありがとーーー」
鈴菜は
ぜひぜひ掃除と料理を教えてほしいと。
そんな子供たちが集まる部屋に、鈴菜の父親がひょっこりと顔を出した。
「
鈴菜は顔を真っ赤にして父親に「入ってこないで。あっち行って」と我儘を言っていた。
当の父親も怒るでもなく楽しそうだ。
(なんて、穏やかで健全なんだろう)
感謝の言葉がくすぐったい。自分がその世界に存在していることが不思議でしかたない。こんな風に考えてしまう自分は異質なんだと感じた。この綺麗な人たちの中で、ただ一人汚れた人間。
殺さなきゃいいのだろうと、虐められ殴られ、気絶した時が眠る時だっだ。
食事だって注射器のようなもので胃に直接注ぎ込まれていた。
ひたすら訓練を課され、人殺しの技術だけを仕込まれる。
自分はそのために生かされている存在だからしかたないと起き上がり、いつしか涙も枯れていた。
悔しかったら教官を殺せと耳元で囁かれる。
それでも手を下せない
清潔な部屋に居られることが、とても嬉しかったので鮮明に覚えている。
だからこそ、掃除や洗濯や料理を覚え、蒼井夫妻と一緒に暮らす生活を失いたくないと強く望んだのだ。
例え、実験動物の扱いだろうと、自分の体なんてどうでも良かった。
わがままを言う事や自身の処遇の改善を口にすることは、幸せな選ばれた人間だけができる事だと思う。
(
夢のように美しい目の前の世界に、
基地を掃除して食事をつくることで、役に立てたような気持になっていた。どこまも愚かな自分が悲しい。
(ずっと一緒だと約束した。
敵を武力排除し、
そう自分を納得させたが、
無邪気で綺麗な鈴菜は、きれいになった部屋が嬉しいようではしゃいでいる。
薄汚れた自分と違い、なんと清らかな二人なのだろう。
蒼井夫妻の子供ということで、出会う前から
優しくて、話していて楽しくて、いつの間にか憧れ以上の大切な存在になっていた。
その事に気付き、翻弄されそうな自分を
家に帰るとエプロン姿の
背の高い
「とりあえず、手を洗え」
そう言うとダイニングテーブルに夕食を並べ出す。
その日の夕食はいわゆる男飯だった。
ボリュームたっぷりのチャーシュ丼に、ピリッと胡椒が効いた豚骨だしのスープは、満腹感重視であり素直に美味しい。
「俺も
少しつっけんどんなのは照れ隠しだ。
「いつも、
役に立ちたくてしていた事だ。
だけど、そんなことは自己満足に過ぎない。
料理をして、掃除をして、役に立ってると思いたかっただけだ。
自分は必ずしもここに居なくてはならない存在では無い。
この現実に
「ごみ捨ても、共用部分の掃除も全部してたでしょう? 僕たち甘えすぎてた。ごめんね」
真っ暗闇に堕ちていくような気がする。
「ううん。私は別に……」
負担なんて思ったことは無い。
みんなと一緒に居られて、喜んで貰えて幸せだった。
そう言いたい。
だが、口が乾いて上手く言葉がでない。
「鈴菜さんだったら、もっと……」
鈴菜だったらもっと上手に甘えて、みんなに好かれるのに。
どんなに頑張ったって自分は部外者だ。
「鈴ちゃんだったら、僕たちも甘えてないね。ごめんね」
そして、自分を大切にしてほしかった。
気を使って
「つか、全部、
「いっくん、よろしく」
少しは仲良くなれたと思ってたことは、ただの勘違い。
「わたし、余計な事ばかりしてごめんなさい。鈴菜さんの部屋だってわたしが掃除しちゃったから……」
辺りに気まずい空気が揺れる。
家事を押し付けて放置し、おまけに鈴菜の汚部屋まで片付けさせた。
そんな立場で部屋の片づけを命じられたら、嫌な事でも断れないはずだ。
「ご、ごめんね。鈴ちゃんも悪い子ではないと思うんだ。僕も、……もっと手伝えば良かったね」
「俺たち、何も考えてなかった。すまない」
「食事の支度も掃除も全てわたしがします。本当にごめんなさい」
結果、当番制となることが決定した。
これ以上言ってもしかたが無い。
どこまでも役立たずな、自分を恥じながら。
---続く---
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