Episode26 ミニュチュア花火とイルミネーション




「わぁ、線香花火ってミニチュア花火なのね。でも、とても綺麗」


「綺麗だよね。日本って花火の種類は多い方だよ。だから、夏になったら花火をたくさん買ってみんなでやろうよ。ノアも手持ち花火初めて?」


「初めてだよ。ココアで見るのと陽翔はるとで見るのでは色が違う」




 犬と人間では色覚が違う。


 ココアの目を通して花火を見ると、ずいぶん味気無く映る。動画等の画像データも読み取れるが、人間の目で見るのが一番きれいだなとノアが言う。


「シアンが使っているヒューマノイドは、どうなっているのかな?」


「うーん、人間とイネーブルする場合は視覚・聴覚・触覚・臭覚だけど、シアンは一人で行動している。だから、センサーとカメラとマイク・スピーカーじゃないかと思う。操縦をするのは大変だろうな」


 陽翔はるとはふと考えた。

 共有という事はノアが見ている光景も、陽翔はるとに見せることができるのではないかと。


 ノアの答えでは可能だそうだ。

 但し、デジタルデータの逆コンバート※システム間の変換は、今のところ開発が保留されていてあまり追及されていない。


 色は再現できていないそうだ。

 音声データはかなり正確にコンバートできる。

 臭覚・味覚・触覚は不可能。


 イピトAIからの情報は、色覚を画像データ、聴覚を音声データのコンバートで取得できるが、それ以外の感覚は、元々イネーブル先の人間の感覚情報に依存している。


 そんな話をしている間、雫月しずくは全く聞いていないで花火に夢中であった。


 薄い色の瞳に線香花火が映り弾けた。

 ほんのりと紅潮した頬に柔らかな笑顔。

 この笑顔を取り戻せたことに少し誇りを感じた。


「――――きれいだ」


 陽翔はるとは思わず言葉が漏れ出る。

 自分にこんな静かな声が出せるとは思わなかった。




 雫月しずく陽翔はるとを見てほほ笑む。

 憑き物が取れたように瞳が生き生きとして、女の子らしい雰囲気がくすぐったい。


 欲張っているかもしれないが、陽翔はるとには、もう一つ雫月しずくに取り戻してほしい感情がある。


「ねぇ、この後、夜の散歩に行こう」

「散歩?」

「少し遠出するから、温かい服装で来て。十分後に玄関で待ってるね」







✽✽✽







 玄関で待っているとブカブカのミリタリーコートを着た雫月しずくがやってきた。剣帯している。


雫月しずく? 刀は必要かな?」

「夜は危険だわ。陽翔はるとに何かあったら困るもの」


 コートのチャックを首まで上げると短めな刀は目立たなくなる。

 銃刀法違反で捕まらないように気を付けよう。


 陽翔はると雫月しずくの手を繋ぎ玄関を出る。

 少し驚いた顔をしているが、受け入れてくれた。


 夜のさらりとした風が雫月しずくの髪を揺らすと、月明かりを拾ってキラキラ光る。


 雫月の髪は不思議な色合いをしている。

 昼間と夜で光り方が違うのだ。


 昼間は普通のプラチナブロンドだが、月灯りの下で見ると輝きが薄紫色になる。


「髪、きれいだね」


 雫月しずくは首を傾げ、その言葉は自身に向けられたものなのかしばらく考えていた。


 髪を褒められたのは初めてだった。

 闇夜に目立つこの髪は、本来は切るか染めるかしなくてはいけない。


 しかし、ただ一つの財産のような気がして、それができなかった。


 髪を伸ばすことにより、役立たずと何度ののしられたかわからない。


「―――役立たずって言わないのね」

「どうして? 髪が長いだけじゃん?」

「戦闘の時に目立ちすぎて邪魔になるわ」


「ここは日本だし戦闘なんて無いと思うのだけど。でも、その武器は見つかると警察に捕まっちゃうね」

「そのときは、どうにかするわ」


 陽翔はるとは日本が平和だと思っている。

 しかし、自分たちのような裏社会の人間にとっては、日本だから安全という訳ではない。

 本人に自覚が無いだけで陽翔はるとだって狙われている。


 無駄に怖がらせる必要はないと、雫月しずくはその先を言わなかった。


 



 それなりに寒いので二人の距離は自然と近くなる。

 住宅街を奥に進むと、道が細くなり徒歩でしか通れない道に出た。入り組んだ道の袋小路の奥に保育園が見える。

 歴史のある保育園のようで、懐かしくて使い込まれた遊具が置いてあった。


 その保育園のすぐ隣に、小さな児童公園がある。

 クリスマス用にライトアップされていた。

 考え事をしながら歩いていた時に、陽翔はるとが偶然に見つけたのだ。



 おしゃれに飾られたクリスマス・ツリーが真ん中に立ち、雪の結晶のようなオーナメントが飾られている。


 ここを見た時、『misora』のリオ・デル・ソル広場の夜を思い出した。

 温かなマリーゴールド色の電飾があの日と同じ色で、雫月しずくに見せたいと思ったのだ。



 陽翔はると雫月しずくは手をつないだまま電飾に彩られたツリーの前に立つ。


 誰もいない公園はしんと静まり返っている。


 幻想的な灯りの中に二人で入ると、暗闇に唯一存在している明るい場所に居るようだった。


「わぁ、」


 雫月しずくはクリスマス・ツリーを見上げた。

 たくさんの電飾が雫月しずくの瞳に輝きをプラスしている。

 陽翔はるとは用意していたものをベンチの上に置いて雫月しずくを呼んだ。




 陽翔はると雫月しずくに執着を持ってほしいのだ。

 今の生活にも仲間にも。

 何でも直ぐに諦めてしまう雫月しずくの、諦められない存在になりたい。


 雫月しずくが振り返る。

 陽翔はるとには映画のワンシーンのように、一つ一つの仕草が鮮明に見えた。

 まるでスローモーションのように。


 呼んだのに何も言わない陽翔はるとに、不思議そうな顔をし、視線がベンチのラッピングされた贈り物に移る。

 次に、驚いた表情。全てが、生き生きとしていた。


 ベンチの上にはパッチワークの縫いぐるみが置いてある。


「ココアに似ている?」

「そう、ココアに似せたんだ。僕からのクリスマスプレゼント」


 雫月しずくが少し苦しそうな顔をした。

 こんなものを貰ったら、陽翔はると達とずっと一緒に居たくなってしまう。


「もらえないわ」

「お母さん? の作ったテディ・ベアの代わりにならないかな?」


 雫月しずくは泣きそうな顔で陽翔はるとを見つめる。

 収容所でただ一つの雫月しずくのものだったテディ・ベア。

 この縫いぐるみはそれにとても良く似ている。


雫月しずくの瞳と髪に合わせて、すみれ色と淡い黄色にしたんだよ」


「…………未空先生が作ったのに似ている。どうして?」


 実物は見たことが無い。

 こんな縫いぐるみだったら良いなと想像して作った。

 それが似ているのなら控えめに言って嬉しい。


「実は僕も、パッチワークとか裁縫が好きでね。似てるのなら親子って感じで嬉しいな」


 懐かしいものを見るように、雫月しずくは微笑んだ。


「蒼井博士はとても体の大きい人でね。陽翔はると君は雰囲気が未空先生に似ているわ」

「そうなんだね。お父さん? はどんな感じ?」

「かっこよくて、面白い人」

「僕には似てない?」

「ううん。目がそっくり」


 雫月しずくはベンチまで歩き、縫いぐるみを抱き上げる。そして、蝶ネクタイに触れた。

 蝶ネクタイはミッドナイトブルーのリボンで造られていた。


「たいせつにする」


 まるで探してたパズルのピースがピッタリとあるべき場所に戻ったような感じがした。

 それが不思議だった。


「ねぇ、雫月しずく。僕とずっと一緒にいて」

「うん」


 無自覚なプロポーズのような言葉。

 夜の蜃気楼のような想いだった。





✽✽✽





 小型の出力装置で形成するイピトAIの制作は、雫月しずくとノアのサポートで順調に進んでいた。


 UbfOSには専用の開発環境と言語が用意されている。

 そのプラットフォーム内ではノアは無敵の存在だった。


 ノアが『プロジェクトリスト』をプラネタリウムスタジオの上空に両手で紡ぎ出す。


 AR空間にリストが魔法のように浮かび上がった。


 各タスクやフレームワークが、機能的に色分けされ美しい二重らせん構造が描かれている。


 その可視化かしかされたプロジェクト構造に、陽翔はるとは感嘆の声を上げた。




 ソフトウェアは宇宙のように広がり不可能を可能とする。

 生命の神秘のように、無限に広がる可能性が見えた気がした。





 ---続く---

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