Episode25 黒幕はだれだ



 指示書を読みながら陽翔はるとはため息を吐く。

 新規に作成するイピトAIに関しては、小型のドームのような形態の装置に投影したいと考えていた。

 ノアのプラネタリウムスタジオの小型バージョンである。

 一緒に読む樹希いつきも難しそうな顔をしていた。




 樹希いつきはノアの基地ベースに入り浸たっている。

 学校にも近く、子供だけしか住んでいない秘密基地。

 居心地が良いに決まっている。


 樹希いつきの両親も陽翔はるとの家に居るのなら問題無いと安心しているようだ。


 なぜ、林夫妻は傍観しているのだろう。

 子供たちの危機に黙っている人達では無いはずだ。

 だから、ここが避難場所なのだろう。


 樹希いつきの両親は昔から仕事で忙しい。


 それでも子供の頃はどちらか一人は必ず、子供達二人と一緒に過ごしてくれていた。


 樹希いつきの母親は医師であり仕事を持つ女性である。

 忙しい仕事を調整して、愛情を掛けてくれるような人だった。


 家事全般はお世辞にも上手くはなかった。

 料理はそこそこ上手だった。

 それ以外のことは教授のほうが器用である。


 時期ははっきりしないが、勤めていた大学付属の病院を辞め、民間の病院に転職していた。

 その頃から徐々に仕事を増やし、子供たちが高校に入学したのを区切りに通常業務に移行したようだ。


「昨日、親父にハルの両親のことを聞いた」


 これまで意図的にその話題は避けられていた。

 しかし、樹希いつきも思うところがあったようで、それとなく昔のことを聞いたらしい。


 その話によると、イピトAIの発案者は脳外科医である陽翔はるとの母親と診療内科医である樹希いつきの母親だった。


 当初は激しいトラウマを持った患者に関して、本来の人格をAIで確立させ、治療の糸口とする研究だったそうだ。


 トラウマの無い状態でAIを育てて、同じ年になったAIと対話し統合していくのが発想の元である。


 そこから研究を重ね、認可が通ったのが鈴菜の母親である鈴子が受けた臨床試験だった。

 


 イピトAIの研究は、陽翔はるとの両親が死んだことにより頓挫している。


 陽翔はるとには話せる段階にないが、樹希いつきは林教授に陽翔はるとになりすましているのは誰だと直接聞いた。

 林教授は曖昧な笑顔で『知らないよ』と答えた。

 明らかに何か知っている。


 その事は陽翔はるとにはまだ伝えられない。

 樹希いつきにもわからないのだ。


「昔は親父が入れ物のハードウェアを作って、陽翔はるとのお父さんがソフトウェアを担当していたんだって。俺達もそうしねぇ。入れ物は俺に考えさせて」


「うん。今回初めて知ったけど、雫月しずくがプログラマーとしてお父さん? の助手をしていたそうだよ。雫月しずくに手伝ってもらいながら、AIのほうは僕がプログラムするね。樹希いつきはドーム型の隔離式の投影機をお願い」




 林教授は自分の息子が追及しても、ぼろを出すタイプではない。

 のらりくらりとしているが隙のない男だ。


 樹希いつきはそれ以上を聞き出すのは諦めて、しばらく陽翔はるとと一緒にいると告げた。

 何事も無いように「ああ」と答えていた。


 分らないことはたくさんあるが、樹希いつきは全てを飲み込み笑顔で陽翔はるとと話の続きをする。


 樹希いつきは幼い頃の事を思い出していた。

 小型の簡易ロボットを二人で制作したことがある。


 自分たちでパーツを選択し、ロボット作成用のOSをインストールしプログラミングした。

 ガジェットもいくつかロボットに搭載し、難しいが楽しかった。


 驚いたことに、樹希いつきが苦労していたプログラミングを陽翔はるとが難なく創り上げていた。

 コーディングも整理されていてとても美しい。

 初めて陽翔はるとに負けたと思った。



 その時の正六面体の顔と体を持ったロボットは、総合的な評価は樹希いつきのほうが高かった。

 それは各パーツを正確に組み上げ、見目よく仕上げたからだ。


 しかし、自分にはあれだけ全体を見渡しているような美しいコーディングはできないと悟った。


 陽翔はるとはロボット工学よりは、AIエンジニアなどのほうが向いていると思う。


「ハル。この勝負を勝って、イピトAIの権利をかならず手に入れような」


「急にどうしたの? いっくん」


「ぜってえ、ハルに向いているからと思って」




 しばらくするとキッチンから良い香りが漂ってきた。

 時計を見るともう夕食の時間。

 雫月しずくが二人を呼ぶ声が聞こえる。


 ベッドの上で眠っていたココアも目を覚まし、キッチンへ続くドアの前で尻尾を振っていた。



 雫月しずくはココアにドックフードを与えることは滅多に無く、栄養バランスの良い手作りのご飯を与えている。


 今日は陽翔はるとたちにはサツマイモの入ったカレーライスで、ココアには鶏ささみとサツマイモご飯らしい。

 ココアが食べてはいけないタマネギ以外は同じ素材だ。



「うまっ、雫月しずくは料理すげーな。意外な才能」


「意外かな。えっ、どうして……」


「意外は失礼だな。ごめんな」




 やはり、ここでも樹希いつきは自然に溶け込んでいる。

 雫月しずくもかなり人見知りのほうだ。

 それでも、二人はすぐに仲良くなった。


 チクリと胸が痛む。子供っぽい嫉妬だ。だから、陽翔はるとはその痛みを無視した。




 今まで感じたことのない事柄は無視してしまおう。

 樹希いつき雫月しずくも大切な友達だから、二人が仲良くするのは喜ばしいことだ。

 陽翔はるとは自分に言い聞かせる。


「そうだ。屋上で線香花火しない? 雫月しずくから預かっていたんだ」


「うん、花火したい!」


「うーん、俺はパス。ノアも呼んだら?」




 樹希いつきは頬杖をついて左上のほうを見ている。

 何か考えたいときはいつもこんな感じだ。

 多分、一人の時間が欲しいのだろう。


「食事の後片付けをするよ」と、さりげなく付け加えるのがさすがだなと陽翔はるとは思う。



「そうだね。雫月しずく、ノアに声かけよう」






✽✽✽






 夕食の後片付けが終わり部屋に帰った樹希いつきENABMDイネーブミッドを装着する。


『misora』にダイブする前にARリンクでシアンと連絡を取る方法を聞いていたのだ。


 樹希いつきはレギュレーションパネルを開き暗号化通信のキーを叩く。

 しばらくすると目前にシアンが現れた。


「きみって裏切り者の素質があるのですか?」


「めんどくせえ。親父と二人で何をたくらんでいるの?」


「さて、なんのことですか?」


砥綿井とわたいと物騒な事を話していたろ? 黒幕が親父じゃ、しゃれになんないっつーの」


「馬鹿ですね。そうやすやすと告白するわけ無いでしょう?」


「その口調じゃ、親父が絡んでいるのは間違いないってこと?」


「さぁ? 無駄な会話です。こんなことで呼ばないでください」



 そう告げるとシアンは有無を言わさず目の前から消えた。

 樹希いつきは一つ舌打ちして、ベッドにごろりと横になる。




 樹希いつきの父親は、大学の出世コースから外された人間だった。陽翔はるとの両親の事故で研究が頓挫した時に、大学も追われそうになっている。

 すんでのところで恩師に拾われ、その下で甘んじる覚悟を決めたはずだ。




 出世には興味ないし、気楽な准教授くらいが自分には向いているといつも笑っていた。万年准教授でも気楽に好きな研究をしている父親を樹希いつきは尊敬していたし、後を継ぎたいと思っていた。



 それなのに―――。

 一昨年前にいきなり教授戦に立候補した。





 どこからそんな資金とコネを手に入れたのか母親も心配していたくらいだ。

 人が変わったように教授戦にのめり込み、しかも勝ち取った。

 教授になった後の父親は、樹希いつきの知らない人間のようで寂しく感じる。そこからのシアンの行動。


 自分の尊敬する父親が我が子と同じに育てていた陽翔はるとを裏切って、地位とお金を手に入れたとは考えたくは無い。

 だが、親父が黒幕で砥綿井とわたいを動かしている考えると不思議を辻褄が会う気がする。

 陽翔はるとの親にあれだけジェラシーを剥き出しにしてるのは、昔馴染みと考えるのが一番妥当だろう。

 それが大学の頃なら親父とお袋の知り合いで間違いない。


 砥綿井とわたい陽翔はるとがイピトAIの権利者だと知っていた。


 樹希いつきはベッドの上で体を丸める。

 これからどうやって真相を掴めばいいのかわからない。





 ---続く---


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