Episode17 晦冥ダンジョン

晦冥かいめい……暗闇のこと




 黒い扉には、≪ブラウを雫月しずくから切り離す≫。

 白い扉には、≪ブラウと雫月しずくのリンクを再開する≫。


 陽翔は黒い扉を開ける。扉の先には漆黒の闇が広がっていた。


 モニターのスイッチをオフにしたような暗闇に、道を間違えてるのかと不安になる。

 どんなに不安を感じても、戻る気になれなかった。



 足を一歩前に出すと床の感触が無い。

 闇に吸い込まれてしまいそうで思わず足を戻した。


 落とし穴があるのかもしれない。

 どうしたら先に進めるのだろう。


 耳を澄ますと静まり返った中に、微かに水の流れる音がした。


 マーキング・スキルを水の気配に向けて発動する。

 ぼんやりと染み出る水が暗闇に浮かび上がった。

 壁のような垂直面から、岩清水が染み出している。


 ぼんやりと発光する水に微かに照らされ、闇に浮き上がった段差をマーキングする。


 ザラザラとして白っぽい石でできた、人工的な段差がくっきりと見えた。

 階段の一部だ。

 横幅は三十センチくらいしかなく、谷側は真っ暗な空間だった。


 勘でを付けながのマーキングする。

 浮かび上がって来たのは、断崖絶壁のような石壁と幅の狭い階段。

 落ちたらまず助からない真っ暗な谷。


 振り返ると扉も消えていた。

 陽翔はるとたちはもう先に進むしかない。





 背筋の凍るような恐怖が陽翔はるとの頭を占めた。

 思わず目をつむると、脳裏に線香花火を楽しみにしていた雫月しずくの淡い笑顔が浮かぶ。


 陽翔はるとは彼女を開放したいのだ。


 それは初めて陽翔はるとが感じた切実な想い。

 幸せに笑う彼女が見たい。



「ノア。僕はこの道を前に進むよ。ついてきてくれる?」


「もちろん」


「―――危ない道を選ばせてしまってごめん。もう片方の道はもっと簡単だったかもしれないのに」


陽翔はると。オレは怖くないよ。AIだからね、体を失う怖さって無いんだ」


「そうか、そうだよね。だけど、僕は……」


 いくら痛みが無いからと言っても、ノアが辛い思いをするのは嫌だ。

 ノアは陽翔を安心させようと微笑む。


「オレがここから落ちたら、陽翔はるとが痛がるだろう? 陽翔はるとたち人間は、自分の体では無くても、家族の体が傷ついたら痛い思いをする。オレは陽翔はるとを痛がらせたくないと思うよ」


「ノア」


「さぁ、陽翔はると。何があるかわからない。気を引き締めて先に進もう!」


「うん」




 陽翔はるとはアイテムからコインを一枚実体化させ、マーキングしてから真っ暗な空間に落とした。

 コインは音も無く暗闇に吸い込まれる。




 不気味な静けさの後、長い黒髪で顔が覆われた白い服のゴースト三体が、闇から浮かび上がってきた。


 すさまじい冷気が二人を襲う。


 鑑定を発動すると、レベル12のアンデッドゴーストだった。

 陽翔はるとが素早く学術書を広げ、火炎属性の攻撃魔法を唱えた。


流星火炎りゅうせいかえん-撃」


 学術書の上に金色の魔法陣が光り、激しい炎を纏った石の塊がアンデットゴースト二体に直撃した。

 狙いが逸れた一体がノアに向かってくる。

 体当たりをしてくるンデッドゴーストに向かってノアは手を広げた。


 暗闇に薄氷色の魔法陣が浮かび上がり、氷の魔法が発動する。


氷結ひょうけつ−撃」


 接近したアンデッドゴーストに氷点下の冷気が襲う。

 FPが三割ほど削れ、アンデッドゴーストは退いた。

 遠隔攻撃を得意とする二人には接近戦は難しい。



 近付く前に撃ち落さなければこちらが危ない。

 また、谷側の深層しんそうに何かが落ちるとアンデッドゴーストが現れる事が判明した。

 氷の魔法も効果が薄い。


「ノア、アンデットゴーストはなるべく魔法で遠くに弾いて。距離が取れてから僕が弓で攻撃する」


「了解! 氷霰ひょうむ−防」


 氷のつぶてが敵に向かって乱れ飛ぶ。

 アンデットゴーストが弾き飛ばされ、弓の射程範囲まで遠のく。


 陽翔はるとは弓に炎を纏わせ放った。

 火炎属性の魔法が一番有効なようだ。


 このダンジョンは、陽翔はるとたちには不利に造られている。


 モンスターは氷属性でノアの魔法は相殺されてしまうし、陽翔はるとは火力がイマイチ。



 底冷えするような闇の底深さに心が萎えるが、最初の一歩を踏み出すしかない。





✽✽✽





 二人は全ての力を振り絞って、暗闇のダンジョンに挑んだ。


 結果、惨敗し毎回真っ逆さまに奈落の底に落ちる。


 その後、視覚が暗転しFull Diveフルダイブ Spheriumスペハリウムで目を覚ます。




 またもや、陽翔はるとは膨れ上がった低反発クッションに押しつぶされていた。もう、何度目だろう。


「ふが、ふがが、ふが」


陽翔はると、緊急帰還でクッションの伸縮が間に合わなかったみたいだ。大丈夫か? 少し我慢して」


 ノアがレギュレーションパネルを操作するとクッションが縮む。陽翔はるとはコックピットで手足をじたばたさせた。


「ぎーーーーー、ぐるしい。壊す。この椅子、壊す!」


「それは、八つ当たりだな。Full Dive Spheriumスペハリウムが悪い訳じゃない」


「もう! この椅子に座んなきゃダメなの?」


「駄目じゃないが、UbfOSは試作品だから此処から潜るのがお勧めだ。万が一にも目覚めない時は生命維持装置に切り替わる」


「目覚めないとか、やばいヤツじゃん」







 陽翔はるととノアは、小さな小石が落ちただけで発生するゴースト相手に善戦した。


 言い訳するわけではないが、ところどころ石壁を触っただけで壁が崩れたり、階段の蹴飛ばしやすいところに小石が転がってたりする。

 これでも頑張っているのだ。


 だが、暗闇に落ちた石の質量とアンデッドゴーストの数が比例していて、先に進めば進むほど小石の数が増える。


 神経を使って石を蹴らないように進むと、闇の先に明かりが漏れている扉が見えた。


 そのゴール直前という場所に、アメフトボールくらいの大きさの石が階段を塞いでいるのだ。


 卵の形をしていて不安定で、踏むことも跨ぐこともできない。

 しかも、ちょっと触るだけでころがって下に落ちる。



 これを落とすと、次の瞬間に闇の底からゴーストの群れが現れ、視界がすべて塞がれてペタペタとジットリして気色悪いゴーストに、息つく間もなく攻撃された。


 頑張って踏ん張るが、奮闘ふんとうむなしく、気が付くと真っ逆さまに闇に堕ちている。命綱が無いためバンジージャンプより酷かった。


 落下の途中で気絶し、覚醒すると低反発クッションに挟まれているという訳だ。







「はぁー、攻略ブックがほしい」

「無いな! 陽翔はるとがつくれ」

「えぇーーー、誰のためにぃ?」


 冗談はさておき、このままでは絶対に先に進めない。

 諦めて白い扉を選べという事かもしれない。

 無理ゲーの予感がしてきた。





---続く---

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