Chapter 3 美少女アサシンは母の味と共に

Episode10 パッチワークのテディ・ベア




 陽翔はるとは部屋で一人、ベッドに横になり天井を眺めていた。

 横ではココアが幸せそうに眠っている。

 くぷくぷと寝息を立てているのに癒され、頭をひと撫でした。



 『misora』に潜り、レベルを上げては酒場に行く。

 例の二人組に話しかけては、レベルが足りないとパーティを組むのを断られた。



「今日もレベルがたりないって言われた」

「もう、話しかけなくて良いんじゃないかな」


 フィールドからの帰り酒場に向かうが、いつもうなだれて二人は酒場を出てくる。


 全くストーリーが進む気配がない。焦りを覚えた。



 陽翔はるとがお腹を撫でると、ココアはごろりと転がり真っ白なお腹を見せる。

 ココアはふわふわな綿毛を陽翔はるとに向けて、瞬きを何度かするとまた眠ってしまった。

 陽翔はるとはお言葉に甘え? お気持ちをありがたく受け取り? お腹をわしわし撫でる。



 シアンに現実の生活を乗っ取られたままの陽翔はるとは現在学校に行けていない。


 ノアとイネーブルできる時間は限られている。

 趣味のパッチワークをしようにも、裁縫道具が家に置いてあり取りに行く事もできない。


 陽翔はるとが使っている裁縫箱は、林夫婦が用意してくれた特別な物のため、いくら自由になるお金があっても、新しく買い揃える気にはなれなかった。

 

 勉強に関してはノアが午前中一杯、ガッチリという感じで家庭教師をしてくれている。


 これと言っいてやることにない昼下がりは暇なのだ。

 このように手持ち無沙汰だと、いろいろ考えて思考の迷路にはまってしまう。


「学校、行きたいなぁ。いっくんにも逢いたい」


 一人では無いのがせめてもの救いである。

 ノアも気に掛けてくれるし、陽翔はるとの両親を良く知る同居者も増えた。




 雫月しずくは『misora』へダイブすることは今のところできない。

 フルダイブ中はココアと留守番をしている状態だ。

 何もしないのは落ち着かないからと言い、食事当番を引き受けてくれいる。



 雫月しずくのつくる料理は温かみがあり、ほっとするような味付けのものが多かった。


 主菜とご飯、お味噌汁の家庭的な和食が基本で、みんなが大好きな唐揚げやハンバーグ、昨日は酢豚だった。

 そしてお味噌汁は、格別に陽翔はるとの好みの味なのだ。


「ねぇ、雫月しずく。お味噌汁の味が、林のおばさんと全然違うのは何でかな?」


 雫月は何でも無いことのように答える。


未空みく先生は、お味噌汁に必ず料理酒を入れて、お味噌を入れる前に沸騰させるの」



 そのどの料理も陽翔はるとにとっては懐かしい味がする。

 それが嬉しくて思い出すと少々にやけてしまうのだが、こんなことではキモイと言われてしまいそうだ。

 気を付けなくては。


 その上、掃除とココアの世話も焼いてくれる。


 組織に居た頃も、ココアの世話は雫月しずくがしていたと言っていた。


 ココアが優しい良い子に育ったのは、雫月しずくのおかげだと陽翔はるとは思っている。






 陽翔はるとは、ふと、思いついたように起き上がった。

 気になることがある。


 誰もいないダイニングを抜け、雫月しずくの部屋をノックした。

 直ぐにドアが開く。





 ドアの隙間から見えた雫月しずくの部屋は、驚くほど生活感の無い殺風景なものだった。

 ベッドには寝袋が畳んで置いてある。

 窓にはグレーのブラインドが掛けてあった。


 それ以外は何もない。必要最低限以下ではないかと思う。


 ここは仮住まいであると語っているようだった。


 雫月しずくは感情をほとんど見せない。

 まだ陽翔はるとを警戒しているのかもしれない。



 黙り込む陽翔はるとを見て、雫月しずくは不思議そうな顔をした。



陽翔はるとくん、なに?」

「あのさ、―――雫月しずくは、カーテンじゃなくて、ブラインド派なの?」



 雫月しずくは思い掛けない質問に目をみはった。

 すみれ色の瞳に陽翔はるとが映る。


 その表情も仕草も、穏やかさがある。

 鋭い眼光の暗殺者と同一人物と思えない。



「えっ? 窓の事? 敵から丸見えだと困るでしょう? ブラインドなら開けても中が見えないの。本当はカーテンが好きよ。でも、嗜好品である布製品は、……愛着が湧くし、―――私にはもったいない」



 雫月しずくは一瞬、陰りのある顔をする。



 組織では、自分の好きなものなど持てなかったのだ。


 服は作業着のようなものが支給されるだけだし、穀潰ごくつぶしと言われていた雫月しずくは、新しいものなど手にした事は無い。



「あのね。収容施設に居た私たちには、布さへも自由には手に入らなかったの。それでもね、未空みく先生が、端切れを集めてパッチワークでテディ・ベアをつくってくれたの。外科医だから手先だけは器用なのよって。綺麗な色は無くてグレーとか白とか黒ばっかりの色合わせだけど、初めて自分のと呼べるものだったから、嬉しくて大切にしていたの。脱出するとき置いてきてしまったけど、持って来ったな。そんなふうに愛着が湧くでしょう。だから、買えないの」


「お母さん? パッチワークしていたの?」


「うん、他にもいろいろ手作りしてたよ。刺繍とかもしてた」


 実は陽翔はるとも、幾何学的な模様のパッチワーク・キルトをつくるのが好きだった。

 設計図を考え、こつこつこつこつと丁寧に縫い上げ、アイロンを当てる。


 手間暇をかけて、丁寧に縫えば縫うほど、角がキレに出て模様がハッキリする。


 それが、とても快感なのだ。


 最近は、マルチカバーなどの大作もつくるようになってきている。


 趣味が手芸の男子だんしなんて恥ずかしすぎるので、ごく親しい人しか、この趣味は知らない。


「ご飯は食べられたの?」


「蒼井博士と未空みく先生は、特別に好きな食材を申請すれば支給されていた。食事を作ったり食べたりできるのだけが研究の報酬だったわ」



 雫月しずくの幸せって何だろう、と陽翔はるとはふと考えた。

 服もカーテンも決して嗜好品では無い。

 誰でも持っているし、好きなものを選べるはずだ。

 いつか、当たり前に好きなものを選べるようになってほしい。




 真剣に考えこんでいる陽翔はると雫月しずくが意を決したように話しかけてきた。


 知り合ったばかりの男子が自分の部屋に訪ねて来て、部屋の前で黙り込んでいる。

 雫月しずくはかなりテンパっていた。

 まず、同世代の男子の知り合いが居ないので当然かもしれない。

 目は泳いでいるし、足は後ろに下がりたそうにソワソワしている。


「あ、あの。何か用があって来たの? どうしたの?」


 そうだった。陽翔はるとは確かめたいことがあった。


 陽翔はるとを襲った男はシアンの手下なのか、それとも他の何かなのか?

 それについて雫月しずくの話を聞きたかったのだ。



 あの夜、陽翔はるとは何かを渡せと要求された。

 それは、シアンに生活を乗っ取られた事に係わりがあるのではないかと思う。


「あの時の暴漢は、シアンの手先だと思う?」


 雫月しずくは、ほっとしたようだった。

 陽翔はるとが訪問した理由が明確になったからだ。

 小首を傾け、頬に手を当てる。

 何かを考えるときの彼女の癖なのだろう。



「とりあえず、お茶をいれるわ」








---続く---





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