≪更新停止中≫イピトAIは仮想空間をイネーブルするー未確認AIに高校生活を乗っ取られました。危険はなさそうなので様子を見ますー
麻生燈利
Chapter 1「存在することは、行動することである」、イピトAIは解説し、サモエド犬は微笑んだ
Episode1 イピトAIは解説し、サモエド犬は微笑んだ
その日の夕方、
『予期せぬエラーが発生。残高が確認できません』
そんなはずは無い、残高は十分にあるはず。もう一度スマートフォンをかざしても結果は同じだった。
どうにかお金を払おうと
焦れば焦るほどドツボにはまる。ようやく探し当てた財布に入っていたのは小銭で三十二円だった。これでは何も買えない。仕方がないので深々と頭を下げて「ごめんなさい」と謝罪した。変な汗も出てきたので、恥ずかしさのあまり一直線に店を出た。
冬の音が聞こえてきそうな街路樹の道を走り、コンビニが見えなくなると安堵の息を吐く。今日は1日中嫌なことばかりだ。
朝食のパンは焦げるし、学校でも担任に成績の事をあれこれ言われた。
この担任が意味不明な
そこまで言うなら理系から文転すると言うと、なんであの教師は勝ち誇ったような顔をするのだ。思い出すだけで胃の辺りがキリキリと痛む。
どうやら目を付けられてしまったようだが、これと言って目立つところのない
「進路を変更するなら、将来の目標と受験したい大学や学科を先に決めてからにしなさい」
ごもっともです。わかってます。
目標と言われても何も無いし、将来やりたいことも思い当たらない。だからといって、心配しているとも思えない相手から余計なことを言われても腹が立つばかりだ。
その上、今日の夕食はカップラーメンでも食べるしかない。
「完全に壊れた」
近しい親戚も居ない
自分は運が良い。
素早く立ち直りながら五分ほど歩くと、
いつものように、本当に何も変わりなく、部屋番号と暗証番号を入口のタッチパネルに入力する。
ロックが外れない。
いい加減にしてほしい。
しかし、もう、慣れてきた。
この厳しい社会、こういう事がたまには起きるに違いない。きっとそうだ。
そういう事にして、またまた素早く立ち直り、インターフォンで管理人に連絡する。いちいち落ち込んでいてはきりがない。
「505号室の蒼井ですが、暗証番号を入れてもロックが解除されません」
多少語気が強くなってしまったが、ここまでの不運だからしかたがないとする。
返事の後は少しの沈黙。時間にすればわずか1分足らずだが、
「蒼井様? こちらにお住まいではないようですが、何かお間違いでは無いですか?」
無機質な女性の声で事務的な返事が返ってくる。初めて聞く声。今朝までは朗らかなおじさんだった。この人では話にならない。
「すみません。増田さんはいませんか?」
朝晩いつも挨拶している管理人さんなら、すぐに中に入れてくれるはずだ。一刻も早くスマートフォンを使えるようにして、どこかに繋がらなくては自分が無くなってしまいそうで不安を感じた。
「前任者は移動となりました」
移動をするなら今朝の挨拶の時に教えてくれても良かったのに。最後の挨拶をしたかったな、と泣きそうになった。この女性に説明するしかない。
「僕はこのマンションに1年以上前から住んでいます。本当です。確認してください」
「確認しておりますが、ご契約は見当たりません。505号室は蒼井様のご契約ではありません。恐れ入りますがお引き取りをお願いいたします」
数歩下がってマンション全体を見渡したが間違いではない。
部屋のカーテンだって、たしかに
惑わされてはいけないと思い抗議したが、挙句の果てに警備の人を呼ばれてしまった。紺色の制服で警棒を持った人が怖い顔で駆けつけてくる。
「本当にこのマンションに住んでいます。僕に見覚えは無いですか?」
必死に訴えても聞く耳を持たれない。警備員は
近くの繁華街を抜け大通りに出る。いつもと変わらない街並みなのに、
「どうなっているのだろう?」
パラレルワールドにでも紛れ込んでしまったのだろうか。
育ての親の家は、ここから一駅だけ学校寄りだ。定期を使って電車で行けばいい。渾身の一撃で立ち上がり、駅まで歩いた。実家と呼べる場所に行って相談しよう。成人していない
一緒に育った彼の息子は
電車に乗りようやく林の家にたどり着く。
しかし、残念なことに林の家は留守だった。玄関のインターフォンに応答が無いし、背伸びをしてリビングの窓を確認しても明かりが見えない。
忘れていたが今思い出した。
今日の昼休みに
ここまで必死で頑張ったがもう心が折れそうだ。遠い目をして玄関で力なく座り込む。
この状況を一人で打開するとしたら、契約している回線業者の窓口に行けばいいのだろうか? しかし、スマートフォンの通信も使えない現状で、窓口はどうやって探そう。人通りの多そうなところを歩けば見つかるだろうか。
辺りはもう暗い。街灯が灯る。腕時計で時間を確認すると、短い針は五時を指していた。寂しい。世界中で独りだけ取り残されたような気分になる。そして、お腹も空いた。
頭を抱えたその時、モフモフっと暖かい塊が
モフモフ?
顔を上げると、左腕が真っ白な毛に埋まっていた。
大きな毛玉の中に、ココア色の小さい耳がピンと立っている。くりくりの黒い瞳。まっすぐ
「わん」
ふわり、にこっ、もふ。
長毛種の大型の犬が笑っている。俗に言う、『サモエド・スマイル』だ。
「い、犬?」
よくよく見るとその犬は、通信機器のようなイヤーカフスを装着していた。また、毛に埋もれているが、首輪代わりにポーチに入ったスマートフォンをぶら下げている。
いいなぁ、使用できるスマホがほしいな、と指をくわえて見つめていると、スマートフォンが光りチャット画面が表示された。
>こんばんは。困っているだろうな! オレならこの状況を説明できる。
ピロンというメロディ音と共に、次々と流れるように文章が表示された。
---続く---
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