第1話 出発

 息も絶え絶えになって戻ってきたクラン・イミノル伍長は、とりあえず第21班所属の医療班に見てもらっている。その後、帝都に戻しての治療となるだろう。



 「彼女らは確か、パミドール州で任務にあたっていたな」



 と、ジャルジャ師団長が顎を撫でながら言う。

 パミドール州は帝都の最も東南にある州で、東は仰嵐ぎょうらん山脈、南の一部はモッペル経済国と、分霊海に面している。



 「ええ、正確な報告は受けておりませんが、帝国貴族を中心に怪しい動きがあると」


 「貴族たちの反乱か。大いにあり得るな。現皇帝の体制になって、貴族たちは議員を通しての支配が弱くなっている。それに軍備増強のための税も増え、取りつぶしになった家も多い」


 「はい。イミノル伍長の小型通信機器ハトからは、ファズ中尉とともに聖ジェファールズ豪華客船に乗り込むまでは通信が来ています。今、司令部にその後の解析をお願いしているところです」


 「客船での密談か、確かに海上だと帝国の監視は届きづらい」


 「とりあえず、イミノル伍長から詳しい話を聞くまでは、私と、、、、、、ユト・クーニア上級大尉が港まで向かいます。そこからは現地の第三騎兵師団、海上警備隊と連携を」


 その場にいたユト・クーニア上級大尉が小さく頷く。



 「エチカ少佐が直接出向くのか?」



 ジャルジャ中将の指摘は正しかったが、



 「私は、。だから私が出るべきだと判断します」



 その言葉は、思いのほか力強く出た。

 自分の頭にあったのは、ユミトルドでの無様と、それ以上に、クラン・イミノル伍長の今にも消え入りそうな声、そして同じ顔をした彼女の妹のことだった。

 ノラン・イミノル。

 彼女の存在は、自分の中で何か、特別なものだった。



 「分かった。通信は常にオープンに、映像の共有も必ずだ。第三騎兵隊には私から信頼のおけるものを呼ぶよう伝えて置く」


 エチカとユト・クーニア上級大尉が静かに頷いた。

 その時、



 「お邪魔します!」



 と、場にそぐわない爽やかな声が外から響いた。

 クーニア上級大尉が目配せをして、自分が行くと示したが、すぐにアイリスから、



 「入れて大丈夫だと思う。胸糞悪いけど」


 

 と通信が入った。

 クーニア上級大尉が迎えに行き、何事かを話した後、すぐにその姿が現れた。



 「エチカ少佐はこの間ぶり、でも覚えてないか」


 

 赤いローブを着、フードを深く被った男と、同様の恰好をした少女らしき人物。

 男の方がフードを外し、その端正な顔を見せる。



 「皇帝直隷第二班、巷では憂虞ゆうぐ鳴器めいきと呼ばれてる。俺はニスカエルマ・トーラーだ、よろしく。今のところ、敵でも味方でもない、かな」


 

 ニスカエルマと言った男は、笑顔は崩さないが、真剣な声音だった。

 憂虞ゆうぐ鳴器めいきのユミトルドでの動きは聞いていたが、こうして相対するは初めてだ。

 女の方は、ニスカエルマの背に隠れて小さくなっている。



 「、、、敵でも味方でもないなら、用件を言え。こちらは急いでるんだ」


 「エチカ少佐の言う通りだね。要するに今回の件、協力しようということなんだ」


 「協力?」


 「そう、聖ジェファールズ豪華客船。君たちはファズ中尉の救出を、俺は敵の打倒を、それが皇帝の考えだ」


 「私たちの監視、もだろ?」


 「うーん、まぁ、そう思ってもらっててもいいよ。どう?俺、自分で言うのもなんだけど、結構強いから、役立つと思うけど」


 

 ニスカエルマはエチカに向かって手を伸ばす。

 エチカはまず、クーニア上級大尉の顔を見るが、彼女は興味なげに軍靴の先を見ている。次にジャルジャ中将に水を向けるが、彼は頭を振って降参の意だった。 

 皇帝という名が出た以上、断るわけにもいかない。


 エチカがニスカエルマの手を握る。



 「ファズ中尉の状況が分からない。生死すら。なるべく急ぎたい」



 エチカの言葉に、



 「もちろんだ。行くのは俺一人。足手まといにはならないよ」


 

 ニスカエルマが握られた手を軽く振る。

 と、また外が騒がしくなり、談話室の戸が開く。



 「、、、、、、エチカ少佐!!、、、、、、私も、、、、、、行きます、、、、、、行かせてください」



 それは軍医を引き連れたクラン・イミノル伍長だった。


 

 「駄目だ」


 「行かせてください!!」


 「気持ちは分かるが、駄目だ」



 イミノル伍長は、軍医や衛生兵の引き留めを剥いで、エチカとニスカエルマの間に割り込む。エチカより少しだけ背が高い彼女は、睨みつけるような懇願するような目でエチカに訴える。



 「行かせて、、、、、ください」



エチカの軍服の胸の辺りを掴んで言う彼女の意志の強さに、少したじろぐ。

その目は、どこか遠くを見るようだった。

ただ、彼女の今の状態では無論、連れていく訳にはいかない。

それに彼女は、仮に万全の状態であったとしても、それは冷酷な話だが、力が足りない。

エチカが彼女に宣告を下そうとしたときだった。

思いがけない声が耳に飛び込む。



 「、、、、、、、、、行かせて、、、、、、、あげた方が、、、、、、、、、すすすすみません!!!!でしゃばったことを、、、、、、」



 声はニスカエルマの後ろから聞こえた。

 少しだけ姿が見えたと思ったら、また引っ込んでしまう。



 「隊長?なんでそう思うんですか?」


 

 ニスカエルマが後ろを振り向いて膝立ちになって言う。

 まるで子どものたわいない話を真剣に聞いてあげよう、とでもいうような父性だった。



 「えっと、、、、、、その人の怪我、、、、、、私が、、、、、、一時的に緩和します、、、、、、でも、、、、、一時的です、、、、、、それに、罪は消えません。それでもなお、歩もうとする人間の強さを、、、、、、私は尊びます」



 そう言って、その女はニスカエルマの横を通り、イミノル伍長の腹部に触れる。

 ウーシアの波長が、徐々に、ゆりかごのように振れる。

 黄金の舌を覗かせて、彼女の言葉が、固く結ばれた紐をほどくように伝わる。



 「、、、傷の記憶、、、、、、悔恨、、、無力、、、卑下、、、憎悪、、、責任、、、シット・アリクィドゥ・アリウドゥ同じようにあれ



 ウーシアの青い光が徐々に小さくなる。

 イミノル伍長の緑の瞳から、涙がとめどなく流れる。



 「私、、、、、、泣いて、、、、、、?」



 イミノル伍長も、自分の涙の意味が分からないらしかった。



 「傷は、一時的に塞がります、、、、、、。ですが、、、感情は増幅されています、、、、、、抑えて、、、、、、一番大事な気持ちを、、、忘れずに、、、」


 

 隊長と呼ばれた女は、赤子を宥めるように、イミノル伍長の頭を撫でる。



 「どうする?エチカ少佐?うちの隊長は、こうなったら聞かないよ」


 

 と、ニスカエルマが半分笑いながらだった



「クラン・イミノル伍長」


「はい、エチカ少佐」


「無理はしないことを、約束できるか」


「はい」



それで聖ジェファールズ豪華客船に向かう小隊が決定した。





 


 


 




 

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