第11話 同盟

 アイリス・ライゼンバッハはユミトルド地下牢獄の居住区外壁に1人立ち、中心の駐在軍基地を遠く見通す。


 レクタニア・ハニーハート陸軍総帥。

 皇帝の寵愛を一身に受ける彼女が、いったい何を画策しているのか。


 首謀者らしき1人はミラリロが捕縛し、エチカの部下が尋問をしている。そしてもう1人はミラリロといかにも楽しそうに対峙している真っ最中。先ほど己の攻撃で散開した内、残る対象は1人だった。



 アイリスは弓に形状が似たウーシア兵器を片手にぶら下げつつ、駐在軍基地の方角に顔を向ける。その後アイリスが直接手を下したのは、数機の巨大解体重機のみであり、すでに囚人たちは駐在軍に制圧されたか、それとも己から撤退したのか、巻きあがっていた砂埃もすでに収まっていた。


 彼女の薄茶色の片目の前には、同心円状に広がる青い光の環が前方に向かって立体的に広がっていた。あたかも天使が下界を覗くように、それは光でできた高貴の望遠鏡となって基地内の像をアイリスに提供する。


 駐在軍には濃淡はあれ、ウーシア適合者が多数配備されていた。

 その連中らは、屈折した視界の先ですでに腹や頭から血を流して基地内に累々となっている。


 『エチカ、駐在軍は壊滅状態。だけど、監獄長の中佐と、数名の隊員は息がある。敵影もない』


 『アイリス特務曹長、ありがとう。そのまま監視を続けつつ、もう1人と邂逅したら処理してくれ。俺はいったんマルラント中佐と合流する』




 アイリスがそのまま拡大された映像で居住区にも意識を向ける。

 それは、あまりにも衝撃的な光景だった。



 「何、これ、、、。それに、、、子ども?いったいどういう、、、」



 そのとき、集中して水を打ったように静かだった背後の空に異物の転移を感じた。眼窩の裏で砂粒が擦れるような痛み。




「ふはっ、アイリス・ライゼンバッハみぃっけ!!!」




 まるで日がな1日かくれんぼをしていても飽きぬような、無垢で幼く、高い声。

 その声が、アイリスの緊張の糸を瞬時に細かく振動させた。




 「史上初めてに成功した天才さん、ご収穫はいかが?」


 「、、、、、、潰れて腐った果実ばっかり、畑荒らしが出たんだって」


 「まぁ!それは嘆かわしい!どこの狸っこかしらね?」



 若く、甘ったるい女の声に、アイリスはその場で緩慢に振り返った。

 そこには病的に白く、背丈の低い女が鎌型の刃を持つウーシア兵器をあえて肩に担いで浮遊していた。顔の半面は火傷の跡に爛れ、黒い長髪はツーサイドアップに、声の通り幼い容姿を補佐している。


 その悲惨な傷など意に介さない様に、彼女は顔全体の筋肉を動員してにこやかにしていた。



「狸にしてはちゃんと人間のことを予習出来てて偉いじゃない」



「もっともっと褒めて。五感の転移なんて、偶像化されたあなたたちだったら、どんな媒体の雑誌にも書いてあるもの。ほら、続き聞いてね。トリステン=ミラーハイム型浸潤、進行度はナイン。ボルラ波長値12.7。促成度は低めで、伸展性解消反応の制御に長けている」




女は唐突に、詩を諳んじるように流暢に語った。




「なに?定期健診でもしに来たの?」


「いいやぁ、どう殺そうかなって、何日も何日も何日も、ずぅっっと考えてたの。視覚の転移と、低波長特性が可能とする超長距離転移による戦闘。それから、軍在籍時、あ、今でも一応在籍はしてるんだけど、そうだよね?スポンサーはローバービークで、お気に入りはそこのナイデイシリーズのネックレス。今付けてるそれも、いったい私たちの家が何軒立つ代物なのかしら。それとも帝国経済圏内ならもうちょっと安いのかな?それから、、、」


「もういい、どうせ次はあれでしょ、好きなフルーツシュガー店とか言い出すんでしょ」


「いいやぁ、女の子が2人なんだよ?だったらこうでしょ。。今日ここが墓場になる、ちっちゃなちっちゃな兵隊さん」



女は戦場に似合わぬ、喜々とした顔で喋る。

常に相手に同意を求めて止まないような、脂っこい視線がアイリスに絡みつく。



「ミラリロお姉様といい、私には厄介な女に絡まれる性質でもあるのか。あなた、あっちの男と替わってくれない?ミラリロお姉様との方が波長合うと思うんだけど」



そのアイリスの言葉に、心底落胆したような素振りを見せ、



「ふざけたこと言わないでよ、モナはあんな、一瞬でも視界に入れたくない。美しくないものは反吐が出るほど嫌いなの。だってそうでしょ。これから絵を書きなさいって言われて渡されたキャンバスが、あちこちゴミクズで汚れているようなものだもの。それに比べたら、美人っていうのは、単純で、情報が少なくて、真っ白なの。あいつに比べたらアイリスちゃんはすっごく美人だもんね、その獅子の毛のような金髪に、長い手足、身長は確か395mp(ミノ・パッスス)もあるんだよね。それから小さな顎に、恋をしている顔。でもね、美人は不幸であるときこそ最も存在を華やかにすると思わない?だから、真っ白なところに、どんな色で汚すかが大事なの。整いすぎててもダメ、味がないから。ちょっと歪な方がより、綺麗な部分を強調するの、モナみたいに!」




 モナと名乗る女がその柄の長い鎌を天に捧げる。

 ヴァゴ連邦国のシドラ社製と見受けられるその鎌の特徴は、使用者から供給されるウーシアへの即応性の高さ。薄い刃に毛細血管のように張り巡らされた蓄積物質の血管が青白く浮き上がる。


 ヴァゴ連邦国の者か?いや、特定はできないし薄い線だ。

 やはり最も可能性があるのは、、、。



「狂人の真似事?それとも、あなたみたいに私の顔の半分でも抉って、より美しくしてくれるの?ともかく、どちらにせよ煤けた戦場には似合わないお遊びね」


「違うよ!モナだってね、ちゃんと民主神聖同盟の一員なんだから」


「、、、なら帝国の打倒?さすがは付け焼刃で烏合の組織ね。こんな半端な狂人まで加入しているなんて」



 アイリス・ライゼンバッハは鼻で笑った。



 

 (やはり民主神聖同盟か)




 彼女自身、特段帝国に命を捧げているわけではなく、愛国心が強い訳でもない。

 ただ、「民主神聖同盟」という、帝国主義に反抗するという目的だけを一致させた集団を身の毛もよだつほど嫌悪していた。もともとは民主主義を肯定する反体制派と、帝国の皇帝礼賛の過程で排除されたフォラリス教信者の団体、2つの交わるべきではない組織同士だった。それが大同小異と言ってよいのか、盟主の元に集合したのが民主神聖同盟だ。

 おかしな話だ、とアイリスは思う。個々人の自由なり権利を主張する輩と、1柱の絶対神を信奉する輩。神の下に皆平等となる、とでも宣うつもりなのだろうか。強大な力の下には、それを分割したようにより小さな権力者が生まれるのが世の常だ。アイリスからすれば、それは「大きいが異なり、小さきが同じ同盟」であって、矛盾を孕んでいることに気づかない、その愚かさが気持ち悪かった。


 ただ、アイリスのその嫌悪は、ここでは全くもって正鵠を射たものではなかったらしい。 

 モナという少女が、まさに高所から見下ろしつつ、先ほどまでの軽い口調はなりを潜めて、



 

 「モナたちはね、、それが今の目標」


 「第一、、、?」


 「そう。第一観測者。第一といっても三代目だけど。そしてそのためには、あなたの思い人もまた、殺さなくちゃならないの」


 「何を言っているのかさっぱりだわ。生憎、フォラリス教の教典は読んだことないのよ。私はジシュア新派だから」


 「それ絶対信仰してないでしょ。まぁ、モナも人のこと言えないけどぉ。でも話は簡単。モナたちはエチカ・ミーニア少尉を殺すためにここに来た、あなたは彼を守りたい。それだけ。残り1個のフルーツシュガーを奪いあうようなものだよ、アイリス・ライゼンバッハ」


 「ええ、そうね。そして、エチカの馬鹿をここに呼び寄せた裏切者も教えてもらう」


 「そうそう。それでいいの。ゴントおじさんもそろそろ限界そうだし、一気にやっちゃうね」


 アイリスは、モナが発した言葉を、意味不明な事として聞き流していたわけではなかった。第一観測者という存在、それとエチカの関係。が、ここで精査する余裕も、情報もない。

 ならば、己が生きて帰り、また目の前の少女を拘束することだけに集中すればいい。

 アイリスの「片翼」が、にわかに羽ばたく。



 『エチカ、相手は民主神聖同盟。狙いはどうやらあんたみたいよ、気を付けて』


 『、、、、、、、、、、、、』



 その通信に、いくら待っても回答がない。

 目の前のモナという女が、甲高い笑い声を出す。




 「きゃははははははっ、誰が味方かも分からない、お馬鹿な兵隊さんが捕まっちゃたぁ?ねぇ、そうだよね!」



 その歓喜を堪えきれないといった声で、アイリスはすぐに状況を察した。



 『くそっ!ミラリロお姉様!エチカが捕まった!敵は民主神聖同盟、狙いはエチカ、、、、、、、駐在軍基地の中心、管理棟みたいなとこ、生きてる、、、けど、あれはヘンリク・マルラント中佐?』

 

 『なんですってっ!?早くあなたなんとかしなさいよ。できるでしょ?』


 『、、、、、、』


 『このクソ女っ!何が傍にいるですって!?所詮、その辺のアバズレの懸想だったってこと?いいわ、私がこのジジィを殺してエチカのとこに行く』


 

 アイリスは苦々しく目の前の女を睨む。

 超長距離転移で、おそらく裏切ったと思われる監獄長を射殺すことは可能だ。

 それは私にしかできない秘技。

 だが、目の前の敵はそれを許してくれそうにない。

 言葉の軽妙さからは考えられないほど、モナのウーシア濃度は出現したときから常軌を逸したほどだった。



 「あなたにとってはあそこまで一歩の範囲。まさに目と鼻の先。キッスだってすぐにできる。でも、それでも助けられないのは残酷だねぇ」


 「いえ、良い情報もある。あなたはさっき、エチカを殺すことが目的と言った。でも、まだエチカは捕らえられているだけ。何かの条件が足りないんでしょう?」


 「ふ~ん。面白くないなぁ。もっと醜く足掻くとこが見たいのに」


 「さっさと来なよ。そこから撃ち落としてやる」


 「飛べない片翼が偉そうに言うねぇ!!」



 アイリスは一か八か、エチカのところまで転移を試みようとする。

 が、その瞬間に己の首から血が流れた。

 頸に当てられた鎌。それから瞳と瞳を接するように、かすかに唇が触れる距離にモナがいた。

 彼女はゆっくりと舌でアイリスの頬を舐める。第二反発による雷光のような光が2人の間でチリチリと鳴る。


 「馬鹿にしないで欲しいなぁ?促成度の低い、あなたの緩慢な転移までの誤差時間、モナが見逃す訳ないじゃん。今、あなたが私の感知を越えて動ける距離はせいぜい、17pss(パッスス)。10歩分ぐらいかな?」


 「それだけあれば十分」


 アイリスの眼が細められる。

 と、どこから現れたのか、レイピアのような細い剣が、モナを取り囲むように無数に出現した。 


 

 「ああ、すごいなぁ。さぁ始めよ?どこからでも来なよ、アイリス・ライゼンバッハ!このモナ・ザレファユフセラがあなたの伝説を終わらせてあげる!!」

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