第8話 連絡

 連続転移によって彗星の疾風はやてとなったミラリロは、自分で吹き飛ばしたアクトゥールを捕縛するため、一端エチカの元を離れた。その間に、エチカはサバランティオ曹長に声を掛ける。


 状況把握と次の行動の指針を決定する際、エチカは必ず隣の者に質問する癖があった。そうすることで論理的な思考力が明晰なものとなる。




 「サバランティオ。おかしな話だとは思わないか。」




 漠然とした、あたかも相手の思考力を探る意図が見え透く問い。が、サバランティオはエチカの考えを一つ一つ辿るように理解していった。時間がない。それは随時送られてくる映像、軍基地内外の攻防を見ていれば分かる。アイリス・ライゼンバッハ特務曹長が戦場に投入され、軍の被害は減っているように見えるが、理解できないのは、未だ軍側のウーシア兵器部隊が参戦していないことである。

 アクトゥールなる者はミラリロの指先に翻弄される程度の力量しかなかった。しかし、どうやら、軍基地内に進入したもう二人のウーシア適合者は格が違うと判断せざるを得ない。




 「まず第一に、囚人がウーシアをあれほどうまく扱えるはずがないということです、少尉」


 


 エチカは浅く頷きながら、それは自分の思惟しいに沈む時間を稼ぐための繋ぎでしかなかった。それも承知した上で曹長は続ける。




 「そもそもウーシアを扱える人材は貴重です。その人的資本をみすみすこんな場所で遊ばせたりはしない。それ以前に、ウーシアの適合者は先天的・後天的に限らず手厚い保護を受ける。そのような者が犯罪を犯す可能性は無視して良いほどに低く、外れ値でしかない」


 「その通りだな。で、だ。お前はそこから何を導く」


 「はい。まず確定的なのは、アクトゥールと名乗った彼と、他の二人の適合者は囚人ではない、偽装しているということです。その目的は………考えられることが二つあります」




 エチカはここにおいて始めて、自分の思考を放棄して曹長に幼い顔を向けた。




 「そうか。まず一つ、教えて貰おうか」


 「はい。まずは彼らがこの暴動の主犯であるという可能性です。意図は、政治的アッピール、といったところでしょうか。」




 部下の言葉に、エチカは嘲弄ちょうろうの滲む苦笑をした。




 「愚劣だ。帝国体制下で政治はアピールするものではなく、利用するものだ。しかもアピールするのに偽装する必要はない。もっと大々的に旗でも上げるべきだ」


 「そうでしょう、少尉。もう一つの可能性は、あくまで推測ですが」


 「構わない」


 「暴動は何かしらのカモフラージュであり、この地下牢獄には何か、私たちの知らない重要な意味がある、という可能性です。そして、それは公にできるものではない、ゆえに」


 「何者かが、軍に機密にしたまま俺たちを派遣したということか」


 「はい。秘密裏に処理されることを望んでいるのか、それとも、私たちを何らかの事態に陥った場合にスケープゴートにするつもりか、、、最も最悪なのは、私たちが派遣されたことすら、敵方の策略であるということですが」


 「ならば急がねばなるまい。ミラリロ!君はアクトゥールを捕縛後、そのまま単独で軍基地内に突入したのち残存目標と会敵、指示があるまで交戦を引き延ばせ。エンテラール!上とは繋がったか?」




 ミラリロの応答を聞き流して、口早にエチカは浮遊する幽霊の方を見ずに言う。すでに鉄馬の高速転移の準備は整えている。エチカには耳慣れた涼しい駆動音が精神を鋭く削り出す。


 エチカには確信があった。

 この目下の状況。サバランティオの推論が示すように、状況が徐々に明らかになってきている今、背後にいる何者かが動くとしたら今しかない。




 「主。レクタニア・ハニーハート陸軍総帥からの雷電らいでん通信」



 「、、、、、、大仰すぎて恐ろしいことこの上ないな、繋げ」




 十六歳の少尉は、艶めかしい所作で耳元に手を添えた。映像のない音声だけの通信とは、よほどの緊急事態らしかった。総帥からの直通ということは、当然その背後には天子様の乗る車駕しゃががお控えになっているということだ。




 『第二騎兵師団所属、エチカ・ミ―ニア少尉だな』



 体温をそっくり除いたような声が、耳に静かに届く。それはまさしくボードゲームで駒を指定位置に動かすときの発声に似ていた。



 「はい。総帥」


 『賢い貴様に余計な言葉は不要と判断する。反乱分子は抹殺して構わない。任務はそれだけ、簡単すぎて感謝して欲しいぐらいだ』


「もし失敗した場合は?」


『その仮定を真っ先にできるほどに貴様は偉くなったのか?』


「いえ、必ず遂行します」


『まぁ、1つだけ助言してやろう。貴様がこの任務に失敗したときは、軍を去る時だ。それは貴様にとって最も嫌なことだろう?励みがあってやる気が出るな?』


「ありがとうございます。ただ1つだけ、お願いがございます」


『なんだ』


「総帥のお望み通り、今回の件は、エチカ・ミーニア少尉が己の力を誇示せんと犯した単独での軍規違反、無断行動であると、そう認めてください。そうでしょう、総帥」



 それはサバランティオが示した推論の1つであって、半ば当てずっぽうな発言であったが、どうやら的を得たらしかった。




『私の望み?なんのことだか分らんが、最初からそうだ』


「お心遣いに感謝いたします。帝国とレガーリャ人に永遠の大地と安寧を!」



 きおい立って返事をした少尉であったが、曹長には自棄に聞こえた。

 サバランティオ曹長は、あえて少尉が音声を解放したピアスから会話を聞き、苦虫を噛み潰した顔をする。

 これでは完全に少尉は捨て駒だ。一体この地下牢獄に何があると言うのか。いや、敵対している人物たちに何があるのか。少尉は軍にとっても大きな戦力であることは間違いない。その1人を使い捨てにしても良いほどの何か。それは何だ、、、?




 「分かっていると思うが、君はここに置いていく。俺が君を選択した理由は別にある」


 「承知しております、少尉。ミラリロ上等兵がたった今拘束したアクトゥールという人物、尋問する許可を」


 「許可する。急げ」




 サバランティオ曹長は、総帥との通信の間にミラリロが提示してきた場所へと移動する。ミラリロにあっけなく捕縛されたアクトゥールはすでに鉄馬から降ろされ、地上の軍に引き渡されていた。




 「ミラリロ、許可が下りた」


 「聞いていましたわ。胸糞悪い会話、勝手に私の耳に流さないでくださる?あと、自分だけで責任を負うのはやめてくださると助かりますわ。軍隊において個人的責任なんてありませんもの、そういう先例は今後の後輩達に迷惑ですわ」


 「よくアクトゥールを殺さないでいてくれたな、流石の判断だ」


 「はっ!イライラするからやめて。殺さなかったんじゃなくて、んですわ。まぁ、そのつもりもなかったですけど。こっちはちょっとやるようですから」


 ミラリロはすでにもう1人の闖入者と邂逅した様子だった。

 彼女の声から、僅かな、綿毛が風に揺れるほどの、ゆったりとした緊張を感じる。


 「君は嫌がるかもしれないが、ミラリロ・バッケニアは俺が知る限り帝国最高の騎士だ、負けるなよ」


 「仕事中の誉め言葉ほど、信じられないものはありませんわ。それにミラリロの価値は自分と、敵の流した血だけが証明するもの。だから黙って舞わせて頂戴」




 通信を止め、エチカ少尉の鉄馬が、青を濃くして紺碧となった両翼を広げる。その羽ばたきは音も風もなく、空気に波紋を浮かべることもなく、次の瞬間には少尉の体をそこから消し去っていた。

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