聴こえないメロディー

kou

聴こえないメロディー

 中学生の団体が和気あいあいと、キャンプ場までの林を歩いていた。

 彼らにとってはその道のりすらも楽しい冒険の一部であり、仲間との絆を深める時間だった。

 その中で野心を持つ二人が居た。

 取手とりで行彦ゆきひこ東雲しののめ謙吾けんごだ。

「謙吾。今回の料理を通じて、俺達はモテるようになる!」

 キャンプ場までの林を歩きながら行彦は熱く語った。

「そうだね。行彦のお婆ちゃん直伝の絶品なめこ汁の味は、思わず男子も惚れるレベルだからね」

 謙吾が、うんうんとうなずく。

「今の男は料理もできないとモテない。ここいらで顔でモテてる男に一矢報いてやるぞ。 そして俺達の時代を作る!」

 二人は熱い闘志を燃やしながら、クラスの女子に囲まれ黄色い声援を浴びている。そんな夢のような妄想を語り合う。

「あっ」

 前方不注意で歩いていた謙吾は石につまづき、食材の入ったリュックを地面に落とす。中身が少し散乱してしまった。

「ご、ごめん!」

 謙吾は持参した食材と共に散らばった、なめこを拾い行彦も手伝う。

「しっかりしろ。今回の料理に、俺達の人生がかかっていると言っても過言じゃねえ。気合い入れて行くぞ!」

 行彦は拳を握る。

 キャンプ場に着いた行彦と謙吾は、クラスメイトがテントの設営等を行う中、さっそく料理を開始し、絶品なめこ汁を完成させる。

 自宅の庭でリハーサルを行ってきただけに完璧な手際だ。

 行彦と謙吾は味見をした。

 まず鼻孔をくすぐるのは、ほのかに漂う山の香り。器の中には、艶やかで小さななめこが、まるで宝石のように輝いていた。

 口に運ぶと、まず最初に広がるのは、昆布の柔らかい旨味と鰹節の芳醇な風味。これが絶妙に混じり合い、舌の上でまろやかさを奏でる。次にやってくるのは、なめこの独特なぬめりと弾力。ぷるぷるとした食感が、優しい出汁の味と絶妙にマッチし、噛むごとに広がる微かな甘みが口内を満たしていく。

 さらに、隠し味に使われた白味噌のコクが、出汁の旨味をさらに引き立て、全体を一つにまとめ上げている。そのまろやかさと奥行きのある味わいが、じわじわと体に染みわたり、食べる者を心までほっこりと癒してくれる味わいだった。

「美味しい……」

 謙吾は感じ入るように呟いた。

 隣で行彦は震えながら口から笑いが漏れる。まるでヤカンが沸騰し始めたかのように、徐々に大きくなり始めた。

「行彦?」

 謙吾が心配そうに声をかけるが、行彦は笑いを堪えるどころか、ますます激しく体を震わせる。ついに抑えきれなくなった笑いが、爆発するように口から溢れ出す。

「謙吾、これ……なんだ……すごいんぞ」

 行彦は、笑いながら断片的な言葉を紡ぎ出す。その目は既に焦点が合っておらず、まるで何か別の世界を見ているようだ。

 その瞬間、謙吾にも異変が訪れる。

 耳の奥で、かすかに何かが囁いているのが聞こえた。それは、風の音でも虫の鳴き声でもない、まるで遠くのどこかで奏でられている音楽のようだった。静かに、次第にその音が大きくなり、リズムがはっきりと感じられるようになる。

「……これ、聴こえる?」

 謙吾が呆然とした表情で行彦に問いかける。行彦はすぐに頷き、目を輝かせて答える。

「ああ、聴こえる! すごい、こんな……こんな美しい音楽、今まで聴いたことがない!」

 行彦の声は、まるで歓喜に満ちた子供のように弾んでいた。

 ちょうどその頃、テントの設営を終えた倉本くらもと恵理えりが二人の様子を確認しに来た。

「取手君、東雲君。そっちは、ど……」

 恵理は、その光景を見て絶句する。

 二人が恍惚とした表情を浮かべており、もはや正気を失っているとしか思えなかったからだ。

 二人が恵理に気づく。

「く、倉本さん。もう、きゃんぷふぁが始まったのかな。音楽の中で、みんな踊ってるよ」

 行彦が、うわ言のように呟く。

 謙吾も熱に浮かされたような表情で同意する。

「だね~」

 しかし、恵理は首を振る。彼女は二人に違和感を覚えた。

「何言ってるの。音楽なんて流れてないわよ……」

 どうやら二人にしか聴こえない音があるらしい。

「謙吾、きゃんぷの締めだ。究極のだんすを見せてやろうぜ!」

 彼は自分のベルトに手をかける。

 二人の奇行に、恵理は顔を青ざめさせた。


 ◆


 行彦と謙吾が意識を取り戻すと、病院のベッドだった。

「俺達。どうして?」

 行彦の疑問に医師が話す。

「ワライタケだよ」


【ワライタケ】

 ヒカゲタケ属の毒キノコ。

 幻覚作用のあるシロシビンを含有する。

 菌類学者の川村清一(1881~1945)が古い文献にみられる毒茸を探していた。

 大正6年(1917年)の石川県における玉田十太郎とその妻が、栗の木の下で採取したキノコを汁に入れて食べたところ、妻が裸で踊るやら、三味線を弾きだしたやらということであり、ワライタケと命名される。


 二人は、なめこを落とした際に、ワライタケも一緒に拾ってしまい、一緒に調理してしまったのだ。

 二人が退院後に学校に行くと、女子達からの白い視線が突き刺さった。

「謙吾。俺達避けられてないか?」

「なんでだろう?」

 行彦の言葉に、謙吾も首を傾げていた。

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