第2話
「何名様ですか」
駅員の質問に、俺は人差し指を立てて見せた。病院の脱走者ゆえ、なるべく声を出したくなかった。
「10時発になります。料金は――」
俺は震える手をポケットに突っ込む。駅員の前に出した金は入院してから盗み貯めてきたものだった。
切符が目の前に置かれ、「ありがとう」と笑ってみたが反応なし。一瞥すると、駅員は怪訝な表情を浮かべていた。不快。俺は盗みとるように切符を受けとり電車に逃げ込んだ。
車内の自販機でジュースを買い、指定席に腰を下ろす。通路を挟んだ横の席ではスーツ姿の男がタブレットを眺めている。
俺も携帯があればよかったのだが、実家に帰る時間と金までは確保できなかった。
改めて、今回の脱走は無計画にもほどがある。金をくすねたときも、病院を抜け出したときも、迷いはあった。
それでも、あの噂を確かめたい。
電車は、いよいよトンネルに入る。耳は圧迫感を覚え、肺も苦しく、骨の奥で疼く心臓が騒がしい。
俺は目を閉じ、祈った。
お願いします。彼女に会わせてください。
◯
目を覚ますと眩しかった。トンネルを抜けたようだ。
しかし外の風景は、俺の知るそれとは違い、空と海の世界だった。
窓に近寄ろうとして、足が動かないことに気がつく。花火の形をした花が床を埋め尽くし、俺の足に絡みついていた。周囲に羽根が落ちているのも気になった。通路を挟んだ席を見たがサラリーマンの姿はなく、誰の声も聞こえない。
もう一度、窓のほうに目を向ける。
俺の背後に白い何かがうっすら見えた。
羽根?
瞬間、肩甲骨に違和感を覚える。羽根が突如、動き出したのだ。足に絡みついた花を引きちぎる。体は宙に浮くも制御できず、網棚、椅子、天井、窓へと衝突し、気絶するように電車の扉前で倒れた。
息を整える間もなく電車も止まり、扉が開かれる。
大きくて白い羽根を持つ天使が立っていた。顔は見えないが彼女だと直感した。
「……久しぶり」
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