雛がかえるとき

佐藤朝槻

第1話

 俺たちが電車に乗ってすぐのこと。


「夏にこのトンネルを通ると天使が現れて、願いを叶えてくれるらしいよ」


 と彼女は声を弾ませた。


「へぇ」

「興味ない?」

「ない」

「えー!」

「俺は君がいるだけで十分だよ」


 彼女は口角を上げたが、目蓋は無理して震えていた。付き合ったばかりの頃は嬉しそうだったのに。


「今日のデート、残念だったな」


 耐えかねた俺は話題を変えた。


「どうして? 私は楽しかったよ」

「花火大会、中止になったし」

「でも屋台のたこ焼きも焼き鳥もおいしかったよ。花火は来年行けばいいじゃん」

「それも、そうだな……」


 このときの俺は、彼女の気持ちも未来の絶望も露知らず相槌を打っていた。


   ◯


 2年後の8月。

 俺は入院中の病院から抜け出した足で、駅に向かった。切符売場にたどり着き、「○○駅まで」と喘ぐように発した。雫がまつ毛に落ちて視界が歪む。

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