第37話 拡充されたラボ

東京湾に面したNDSラボ本部の新しい研究開発棟。外観は近未来的なデザインで、ガラス張りの壁が太陽の光を反射して眩しく輝いていた。ラボ内は最新鋭の設備が整えられ、各部門がそれぞれの役割を果たすために忙しく動き回っていた。ここは、影の組織に対抗するために拡充された新しいNDSラボの心臓部だ。


田島玲奈は、ガラス越しに研究開発部門の新しいメンバーたちが忙しく働く姿を見つめていた。彼女の目には期待と同時に一抹の不安が浮かんでいた。これまでNDSラボを支えてきたメンバーに加え、今回の拡充で新たに加わった専門家たち。彼らがこの場所にどのような影響を及ぼすのか、田島はその成り行きを見守る必要があった。


「田島さん。」背後から声がかかり、彼女は振り向いた。そこには神谷右京が立っていた。彼は相変わらずの冷静さを保ちつつも、どこか穏やかな表情を浮かべていた。


「新しいメンバーたちは順調に仕事に取り掛かっていますね。」右京はガラス越しに研究室を見つめながら言った。


「ええ、でも……。」田島は少し間を置いてから続けた。「彼らがNDSラボに本当に馴染むには時間がかかるかもしれません。それに、私たちのやり方に適応できるかどうかも……」


「変化には必ず摩擦が伴います。」右京は田島の言葉を静かに受け止めた。「しかし、その摩擦が新たなエネルギーを生み出すこともある。我々がその変化をどう受け入れ、どう活かすかが重要です。」


田島は右京の言葉に頷きつつも、心の中にある懸念は拭いきれなかった。彼女はこれまでのチームワークを大切にしてきた。しかし、新たなメンバーたちはそれぞれが異なるバックグラウンドを持ち、時にその違いが対立を生むこともあるだろうと予感していた。


その時、研究室の扉が開き、新メンバーの一人である石川颯太が現れた。彼はバイオテロ対策の専門家であり、厳しい表情で手に持ったデータパッドを見つめていた。


「石川さん、どうですか?」田島が声をかけた。


「研究は順調です。」石川は短く答えたが、その口調にはどこか尖ったものが感じられた。「ただ、このプロジェクトにはもっと多くのリソースが必要です。これでは十分な成果を上げられません。」


田島はその言葉に驚きを隠せなかった。彼の言葉は、既存の体制に対する挑戦にも聞こえた。彼女は慎重に返答を考えながら、「リソースの割り当てについては検討しましょう。ただ、まずは現状での可能性を最大限に活かすことが重要です。」と応えた。


「私もそう思います。」右京が口を挟んだ。「新しい環境に慣れることは簡単ではありませんが、チーム全体で協力し合えば、きっと成果が見えてくるでしょう。」


石川は一瞬黙り込み、やがて深く頷いた。「理解しました。やれる限りのことはします。ただし、必要な時には遠慮なく要求させてもらいます。」


その冷静な対応に、田島は少し安心した。だが、まだ緊張感は残っていた。


そこに、デジタルフォレンジック専門家の高野美咲が駆け込んできた。彼女の顔には緊張が走っており、何か重要な情報を持っていることが分かった。


「田島さん、右京さん、ちょっと時間をください。」高野は焦りながら息を整えた。「影の組織が、新たなサイバー攻撃を仕掛けてくるかもしれません。さっき、未確認の通信が複数検出されました。これまでのパターンから見て、何か大きな動きがある可能性が高いです。」


田島と右京は顔を見合わせ、すぐに行動に移ることを決意した。「緊急会議を開きましょう。」田島が即座に指示を出した。「全員に知らせて、対策を協議します。」


「もうひとつ、重要なことがあります。」高野は一呼吸おいてから、さらに深刻な表情で続けた。「解析の途中で、影の組織の正式名称が判明しました。彼らは自らを『オルタナティブ』と名乗っています。」


「オルタナティブ……。」田島はその言葉を繰り返しながら、眉をひそめた。「何を意味するのかしら?」


右京は鋭い目で高野を見つめ、「興味深い名前です。彼らは既存の秩序を覆し、新たな世界を築こうとしているのかもしれません。」と静かに言葉を返した。「これが彼らの掲げるイデオロギーの一端だとすれば、私たちの戦いはさらに複雑で困難なものになるでしょう。」


田島はその言葉に力を感じ取り、緊急会議に向けて気を引き締めた。「わかった。『オルタナティブ』がどんな計画を進めているのか、徹底的に調べ上げましょう。彼らに先手を打たれるわけにはいかない。」


右京は静かに頷き、メンバーたちと共に会議室へと向かった。NDSラボは、新たに判明した「オルタナティブ」という組織名に警戒を強め、彼らの動きを封じるための準備を整えていくのだった。

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