第13章:「実存と不安 - キルケゴールの実存主義哲学」

 柔らかな陽射しの窓辺で、お姉さんは新しい章の話を始めようとしていました。私は、これまでの哲学者たちの話を思い返しながら、期待に胸を膨らませてソファに座りました。


 その時、突然、外から大きな物音が聞こえました。


「あら? 何かしら」


 お姉さんが窓の外を覗くと、隣の家の猫が植木鉢を倒してしまったようでした。


「まあ、ミケちゃんったら……」


 お姉さんは少し笑いながら、窓を開けて猫に優しく声をかけました。


「ミケちゃん、大丈夫? 怪我してない?」


 猫は首をかしげて、ミャーと鳴きました。

 お姉さんはほっとした表情を浮かべ、窓を閉めました。


「はい、お騒がせしたわね。さて、今日はセーレン・キルケゴールについてお話しするわ。彼は19世紀のデンマークの哲学者で、実存主義の父と呼ばれる人なのよ」


 私は興味津々で耳を傾けました。


「キルケゴールは1813年、コペンハーゲンで生まれたの。彼の父親は羊毛商人で、とても敬虔なキリスト教徒だったわ」


「へぇ、お父さんが敬虔な信者だったんだ。それってキルケゴールにも影響したの?」


 お姉さんは少し考え込むような表情を浮かべました。


「そうね、大きな影響があったわ。でも、それは複雑な影響だったの。キルケゴールの父親は、若い頃に神を呪ったという罪の意識に苦しんでいたんだって」


「えっ? 神を呪った? それって大変なことじゃないの?」


 お姉さんは少し考え込むような表情を浮かべ、ゆっくりと話し始めました。


「そうね、キルケゴールの父親、ミカエル・ペーダーセン・キルケゴールがどのように神を呪ったのか、というお話をまずしましょうか。ミカエルが若い頃、ユトランド半島の荒野で羊飼いをしていた時のことよ」


 私は興味深そうに耳を傾けました。


「ある日、ミカエルは羊の世話をしながら、寒さと空腹に苦しんでいたの。彼はまだ11歳か12歳くらいの少年だったわ。そんな中、彼は突然、岩の上に立ち上がり、こぶしを天に突き上げたんだって」


「え? どうして?」


「そうね、彼は絶望のあまり、神に向かって叫んだのよ。『こんな苦しみを与える神を呪ってやる!』って」


 私は驚いて目を丸くしました。


「でも、その直後に不思議なことが起こったの。ミカエルは突然、幸運に恵まれ始めたのよ。商売が成功して、彼はコペンハーゲンで裕福な商人になったの」


「へぇ、じゃあラッキーだったんじゃない?」


 お姉さんは首を横に振りました。


「ミカエルはそうは考えなかったの。彼は、この突然の幸運は神からの罰だと信じたのよ。『神を呪った報いとして、物質的な成功を与えられた。でも、それは魂の救済から遠ざかることを意味する』って」


「え? でも、それって……」


「そう、とても複雑な心理よね。この罪の意識が、ミカエルをより敬虔なキリスト教徒にさせたの。そして、この父親の姿勢が、キルケゴールの思想形成に大きな影響を与えたんだわ」


 私は少し考え込みました。

 キルケゴールの哲学の背景には、こんな複雑な家族の歴史があったんだ。


「なんだか重たい雰囲気の家庭だったんだね……」


 お姉さんは優しく微笑みました。


「そうね。キルケゴールは後に『父の宗教性に圧倒されていた』と書いているわ。この経験が、彼の思想形成に大きな影響を与えたんだと言われているの」


「へぇ、家族関係って大切なんだね。他の哲学者たちも、家族の影響を受けてたよね?」


 お姉さんは嬉しそうに頷きました。


「よく気づいたわね! そうよ、例えばカントは母親から道徳的な生活の大切さを学んだし、ヘーゲルは父親の影響で規律正しい生活を送るようになったのよ」


「そっか、みんな家族から影響を受けてるんだね」


「その通りよ。でも、キルケゴールの場合は特に複雑で深い影響があったの。彼は父親との関係に悩み続けたんだって」


 私は少し考えてから言いました。


「なんだか辛そう……。でも、その経験が彼の哲学につながったんだよね?」


 お姉さんは満足そうに微笑みました。


「鋭い指摘ね! そうなの。キルケゴールの哲学の中心にある『不安』や『絶望』といった概念は、こういった個人的な経験から生まれたものだと言われているわ」


「不安? 絶望? なんだか暗い感じがするけど……」


 お姉さんは少し考えてから答えました。


「確かに一見暗く感じるかもしれないわね。でも、キルケゴールはこれらの感情を通じて、人間の本質的な在り方を探ろうとしたのよ」


「人間の本質的な在り方? それってどういうこと?」


「キルケゴールは、人間が真に自分自身になるためには、不安や絶望を避けるのではなく、それと向き合う必要があると考えたの」


 私は少し混乱した様子で首を傾げました。


「うーん、なんだか難しいな……」


 お姉さんは優しく説明を続けました。


「そうね、ちょっと抽象的かもしれないわ。でも、日常生活の中にもこの考え方は見られるのよ。例えば、大切な決断をする時のことを考えてみましょう」


「大切な決断?」


「そう。例えば、将来の進路を決める時とか、大切な人に告白する時とか。そういう時、不安を感じるでしょう?」


「うん、すごく不安になると思う」


「でも、その不安から逃げずに向き合うことで、自分自身をより深く理解できるかもしれないの。キルケゴールはそう考えたのよ」


 私は少し理解が深まった気がして、うなずきました。


「なるほど。不安や絶望を避けるんじゃなくて、それと向き合うことが大切なんだね」


「その通り! 素晴らしいわ。キルケゴールは、この『向き合う』という行為を『実存』と呼んだのよ」


 私は少し考えてから言いました。


「実存……。なんだかカッコいい言葉だね」


 お姉さんは楽しそうに笑いました。


「そうね。でも、キルケゴールにとって実存は決してカッコいいだけのものじゃなかったわ。それは時に苦しく、孤独な経験でもあったのよ」


「え? どういうこと?」


「キルケゴールは、真に自分自身になるということは、社会の中で『個』として立つことだと考えたの。でも、それは時として周りの人々との軋轢を生むこともあるわ」


 私は少し不安そうな顔をしました。


「そっか、自分らしく生きるのって、時々周りの人と対立しちゃうもんね……」


 お姉さんは優しく続けました。


「そうよ。でも、キルケゴールはそれでも自分らしく生きることが大切だと考えたの。彼は『真理は主観性である』という有名な言葉を残しているわ」


「真理は主観性である? それってどういう意味?」


 お姉さんは窓の外を見やりながら、ゆっくりと説明し始めました。


「キルケゴールは、真理というのは客観的な事実だけでなく、個人がそれをどう受け止め、どう生きるかにも関わっていると考えたのよ。つまり、同じ事実でも、それを自分の人生にどう活かすかは人それぞれなのね」


「へぇ、なんだか面白い考え方だね。でも、それって『人それぞれ』ってことで終わっちゃわないの?」


 お姉さんはクスッと笑いました。


「鋭い指摘ね。確かに、キルケゴールの考え方は時に相対主義だと批判されることもあるわ。でも、彼が言いたかったのは、ただ『人それぞれ』で済ませるのではなく、一人一人が真剣に自分の生き方と向き合うべきだということなのよ」


「なるほど……。じゃあ、キルケゴール自身はどんな生き方をしたの?」


 お姉さんは少し悲しそうな表情を浮かべました。


「キルケゴールの人生も、決して平坦ではなかったのよ。特に彼の恋愛は有名なの」


「え? 恋愛? 哲学者にも恋愛があるんだ!」


「もちろんよ。何度も言うけど、哲学者だって人間なのよ。キルケゴールは、レギーネ・オルセンという女性と婚約したんだけど、結局その婚約を解消してしまったの」


「えっ? なんで?」


「キルケゴールは、自分の内面の苦悩や、作家としての使命感から、結婚生活が送れないと考えたのよ。でも、レギーネへの愛は生涯忘れられなかったんだって」


 私は少し考え込みました。


「なんだか切ないね……。でも、それってキルケゴールの哲学とどう関係があるの?」


 お姉さんは優しく微笑みました。


「良い質問ね。この経験は、キルケゴールの『審美的実存』『倫理的実存』『宗教的実存』という三つの生き方の概念につながっているのよ」


「三つの生き方? それってどういうこと?」


「『審美的実存』は、感覚的な喜びや芸術的な美しさを追求する生き方。『倫理的実存』は、社会的な義務や道徳を重視する生き方。そして『宗教的実存』は、神との関係の中で生きる在り方よ」


「へぇ、面白いね。でも、どれが一番いいの?」


 お姉さんは首を横に振りました。


「キルケゴールは、これらの段階を『より高次の』ものとして考えていたけど、同時に、それぞれの段階で真剣に生きることの重要性も強調していたのよ」


 私は少し考えてから言いました。


「そっか。じゃあ、キルケゴールは『宗教的実存』を選んだってこと?」


「そうね。でも、それは簡単な選択ではなかったわ。キルケゴールは、信仰の問題に一生悩み続けたのよ」


「え? でも、お父さんが敬虔なキリスト教徒だったんでしょ?」


 お姉さんはうなずきました。


「だからこそ、よ。だからこそキルケゴールは信仰の問題に深く悩んだのね。彼は『信仰の跳躍』という概念を提唱したんだけど、これは理性では説明できない信仰への飛躍を意味するのよ」


「信仰の跳躍? なんだかスリリングな感じがするね」


 お姉さんはクスッと笑いました。


「そうね。キルケゴールは、真の信仰は常に不安と隣り合わせだと考えていたのよ。彼にとって、信仰は安易な慰めではなく、常に緊張を伴う選択だったの」


 私は少し考え込みました。


「うーん、なんだか難しいな。でも、キルケゴールの考え方って、今の私たちの生活にも関係あるのかな?」


 お姉さんは嬉しそうに答えました。


「もちろんよ! 例えば、SNSの時代に『自分らしさ』をどう保つかとか、大量の情報の中で『自分にとっての真理』をどう見つけるかとか、キルケゴールの思想は現代の問題にも深く関わっているのよ」


「へぇ、そう考えると身近に感じるね」


「そうよ。キルケゴールの哲学は、一人一人が自分の人生に真剣に向き合うことの大切さを教えてくれているの」


 お姉さんは、キルケゴールの日常生活について話し始めました。


「キルケゴールには面白い習慣があったのよ。彼はコペンハーゲンの街を歩き回るのが好きで、道行く人々と会話を交わすのを楽しみにしていたんだって」


「えっ? 見知らぬ人と話すの?」


 お姉さんは目を輝かせて、キルケゴールの日常生活の一場面を描き始めました。


「そうよ。じゃあ、キルケゴールがコペンハーゲンの街を歩いている様子を想像してみましょう。彼は毎日、決まったルートを散歩していたんだけど、その途中で様々な人々と会話を交わしていたの」


 私は興味深く聞き入りました。


「ある日のこと、キルケゴールが街角を曲がると、一人の老婆が立っていたの。彼女は困った様子で道に迷っているようだったわ」


「キルケゴールは老婆に近づいて、こう声をかけたんだって。『おや、マダム。何かお困りですか?』」


「老婆は安堵の表情を浮かべて答えたわ。


「『ああ、お若い人。私、家への道が分からなくなってしまって……』」


「すると、キルケゴールはにっこりと微笑んで言ったの。『そうですか。でも、人生という旅路で道に迷うのは、時に良いことかもしれません。新しい発見があるかもしれませんからね』」


 私は少し首をかしげました。


「え? それって、どういう意味なの?」


 お姉さんは続けました。


「キルケゴールは、日常の出来事の中に哲学的な意味を見出そうとしていたのよ。彼は老婆と一緒に歩きながら、人生における『迷い』の意味について語り合ったんだって」


「ふーん」


「別の日には、市場で若い商人と話をしていたこともあったわ。商人が『もっと儲けたい』と言うと、キルケゴールは『でも、幸せは必ずしもお金だけではありませんよ。自分の内なる声に耳を傾けることも大切です』と答えたそうよ」


「キルケゴールって、本当に普通の人たちとそんな風に話してたんだ」


 お姉さんはうなずきました。


「そうなの。彼にとって、こうした日常の会話こそが、哲学的思考の源泉だったのよ。人々の悩みや喜び、そして日々の小さな出来事の中に、人生の真理が隠されていると考えていたんだわ。キルケゴールは、こうした会話を通じて自分の思想を磨いていったの。そして、それを『間接的コミュニケーション』という形で著作に反映させていったのよ」


 私は感心しながら聞いていました。哲学者の姿がより身近に感じられたような気がしました。



「キルケゴールは、直接的に真理を伝えるのではなく、相手に考えさせるような方法で真理を伝えようとしたの。彼の著作の多くが、ペンネームを使って書かれているのも、そのためだと言われているわ」


「へぇ、なんだか面白い人だね。でも、ペンネームを使うのはなんでなの?」


「キルケゴールは、読者に『これは誰の意見なのか』と考えさせることで、より深く物事を考えてもらおうとしたのよ。彼にとって、哲学は単なる知識の習得ではなく、人生の在り方を問うものだったからね」


 私は少し考えてから言いました。


「なるほど。じゃあ、私たちもキルケゴールみたいに、日常生活の中で哲学的に考えられるってことかな?」


 お姉さんは嬉しそうに頷きました。


「その通りよ! キルケゴールの考え方を日常生活に取り入れるなら、例えば、自分の選択や行動の意味を深く考えてみるとか、他人の意見を鵜呑みにせずに、自分で真剣に考えてみるとか、そういうことができるわね」


「へぇ、なんだか難しそうだけど、やってみたい気もするな」


「そうよ。難しく考える必要はないわ。日々の小さな選択から始めてみるのもいいかもしれないわね」


 お姉さんは立ち上がり、窓を開けました。爽やかな風が部屋に流れ込んできます。


「ねえ、少し外に出てみない? キルケゴールの『散歩哲学』を実践してみましょう」


 私は少し驚きましたが、すぐに賛成しました。外の空気を吸いながら哲学の話を聞くなんて、新鮮な体験になりそうです。


 私たちは近くの公園に向かいました。歩きながら、お姉さんは話を続けます。


「さっきも言ったけど、キルケゴールは、人生には三つの段階があると考えたのよ。『審美的段階』『倫理的段階』『宗教的段階』っていうの」


「三つの段階? それってどういうこと?」


 お姉さんは公園のベンチに座りながら説明を始めました。


「『審美的段階』は、感覚的な楽しみを追求する生き方よ。例えば、おいしいものを食べたり、美しい音楽を聴いたりすることに喜びを見出す段階ね」


「あ、それなら分かるかも。私も好きな音楽を聴くのが楽しいし」


「そうね。でも、キルケゴールは、この段階だけでは真の満足は得られないと考えたの。次の『倫理的段階』では、社会的な義務や道徳を重視する生き方をするわ」


「うーん、なんだか堅苦しそう……」


 お姉さんはクスッと笑いました。


「確かにそう感じるかもしれないわね。でも、これは単に規則を守るということじゃないの。自分の行動に責任を持ち、他者との関係の中で生きることを意味するのよ」


「なるほど。でも、最後の『宗教的段階』って何?」


「『宗教的段階』は、神との関係の中で生きる段階よ。キルケゴールにとって、これが最も高次の生き方だったの」


 私は少し困惑した表情を浮かべました。


「でも、お姉さん。私は別に宗教を信じてないからよくわかんないよ……」


 お姉さんは優しく微笑みました。


「キルケゴールの言う『宗教的段階』は、必ずしも特定の宗教を信じることを意味するわけじゃないのよ。むしろ、自分を超えた何かとの関係の中で、真摯に生きることを意味するの」


「自分を超えた何か……。難しいな」


「そうね。でも、例えば、自分の人生の意味を真剣に考えたり、自分の行動が他者や世界にどう影響するかを深く考えたりすることも、一種の『宗教的』な態度と言えるかもしれないわ」


 私たちは公園を一周しながら、キルケゴールの思想についてさらに深く話し合いました。風の音や鳥のさえずりを背景に、哲学の話を聞くのは不思議な感覚でした。


 家に戻ると、お姉さんは台所に向かいました。


「少し休憩しましょう。お茶を淹れるわ」


 私はソファに座り、窓の外を眺めながら、今日学んだことを振り返りました。キルケゴールの思想は難しかったけれど、自然の中を歩きながら聞くことで、なんだか身近に感じられた気がします。


 お茶を飲みながら、私は思い切って聞いてみました。


「ねえ、お姉さん。キルケゴールの考え方って、今の世の中にも当てはまるのかな?」


 お姉さんは一口お茶を飲んでから、ゆっくりと答えました。


「良い質問ね。確かに、キルケゴールの時代とは世界が大きく変わっているわ。でも、『自分らしく生きる』ことの難しさや、不安との向き合い方という点では、今でも十分通用する考え方だと思うの」


 私はお茶を手に取りながら、さらに考えを巡らせました。


「そっか。でも、世の中には解決できない問題もたくさんあるよね」


「良い指摘ね」とお姉さんは言いました。


「キルケゴールも、全ての問題に答えがあるとは考えていなかったわ。むしろ、答えのない問題とどう向き合うかが重要だと考えていたのよ」


 お茶を飲み終わると、お姉さんは立ち上がりました。


「さて、キルケゴールの話はここまでにしましょう。次は、19世紀のドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェについて話すわ。彼は、キルケゴールとは異なる形で、個人の生き方に焦点を当てた哲学を展開したのよ」


 私は期待に胸を膨らませながら、次の哲学者の話を心待ちにしました。窓の外では、夕暮れの空が美しく染まり始めていました。


さらに調べてみよう:


1. キルケゴールの『不安の概念』を読んでみよう。特に、「罪」と「不安」の関係について考えてみるのも面白いわ。


2. キルケゴールの『おそれとおののき』の中で描かれる「アブラハムの物語」について調べてみよう。信仰と倫理の関係について、深く考えさせられるはずよ。


3. 現代の実存主義哲学者たち(サルトルやカミュなど)とキルケゴールの思想を比較してみるのも興味深いわ。どのように影響を受け、どのように発展させたのか、考えてみてね。


4. キルケゴールの「反復」という概念について調べてみよう。これは人生における経験の意味を考える上で重要な概念よ。日常生活の中でも、この「反復」の考え方を見出せるかもしれないわ。


5. キルケゴールの文学作品、特に『誘惑者の日記』を読んでみるのも面白いかもしれないわ。彼の哲学思想が、どのように文学作品に反映されているか、探ってみてね。



 お茶を飲んだ後、私は少し考え込んでから、お姉さんに尋ねました。


「ねえ、お姉さん。キルケゴールって、結局幸せだったのかな?」


 お姉さんは少し悲しそうな表情を浮かべました。


「難しい質問ね。キルケゴールの人生は、決して平坦ではなかったわ。彼は晩年、教会の腐敗を激しく批判して、多くの人々の反感を買ってしまったの」


「えっ、そうなの?」


「そうよ。キルケゴールは、当時のデンマーク国教会が本当のキリスト教の教えから逸脱していると考えたの。彼は『真のキリスト教』を求めて、激しい論争を繰り広げたわ」


「へぇ、勇気があるんだね。でも、大変だったんじゃない?」


 お姉さんはうなずきました。


「そうね。キルケゴールは多くの人々から批判され、孤立してしまったの。彼は1855年、わずか42歳で亡くなったんだけど、最後は病院の一室で孤独に過ごしたそうよ」


 私は少し悲しくなって言いました。


「そっか……。でも、キルケゴールの考えは後の人たちに影響を与えたんだよね?」


 お姉さんは嬉しそうに頷きました。


「その通りよ! キルケゴールの思想は、彼の死後しばらくして再評価されるようになったの。特に20世紀になってから、実存主義という哲学の流れの中で大きな影響を与えたのよ」


「実存主義? それって具体的にどんな哲学なの?」


「実存主義は、個人の具体的な存在や経験を重視する哲学よ。例えば、フランスのジャン=ポール・サルトルという哲学者は、キルケゴールの影響を強く受けているわ」


「へぇ、キルケゴールの考えが後の人たちにつながっていったんだね」


「そうよ。哲学の歴史は、そうやって先人の考えを批判的に検討し、さらに発展させていく過程なのよ」


 私は少し考えてから言いました。


「ねえ、お姉さん。キルケゴールの考え方って、今の私たちの生活にも活かせるのかな?」


 お姉さんは嬉しそうに微笑みました。


「もちろんよ! 例えば、自分の人生の重要な選択をする時、ただ周りの意見に流されるのではなく、自分自身と真剣に向き合うことの大切さを教えてくれているわ。また、不安や絶望を避けるのではなく、それらと向き合うことで自分自身をより深く理解できるという考え方も、現代を生きる私たちにとって重要よね」


 私はゆっくりとうなずきました。


「なるほど。キルケゴールの考え方を知ると、自分の生き方を見直すきっかけになりそうだね」


「そうよ。哲学は決して難しいものじゃなく、私たちの日常生活に密接に関わるものなの。キルケゴールの思想を通じて、自分自身や人生について深く考えるきっかけを得られたら素晴らしいわ」


 窓の外では、夕日が沈みかけていました。私は今日学んだキルケゴールの思想を胸に、明日からの生活を少し違った目で見てみようと思いました。

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