題未定
石田くん
メロディー
これは、あの日の思い出。
電線に鳥が止まっている。空を細かく区切る五本の電線。五羽の鳥。突き抜けた空。
それを五線譜の様だと僕は言った。なるほど、と彼女は言う。電線が五線譜で、鳥が音符ね、と彼女が確かめるように詳しく言った。僕は、そうだ、と言った。
エンリオ・モリコーネ特集の「死刑台のメロディー」という映画は難しすぎて、僕と彼女は新宿の映画館までわざわざ寝に行ったことになった。でもそのおかげで、地元の駅から彼女の家まで送って行く間彼女はとても元気に歩いていて、それは嬉しかった。
あの楽譜はどういう歌を書いているんだろう、と彼女が言った。僕達は楽器をやっていなかったし、音感もそこまでよくなかったので、頭の中にはメロディーは流れなかった。
あれはミで、あれはソ…、彼女が鳥の位置を確かめて、小学校の時の記憶と符号し始めた。
彼女が鼻歌を歌った。音は、上がって、下がって、上がって、上がった。
歌詞はなんだろね、と僕が言った。
「ア イ シ テ ル じゃない?」
と彼女が言った。
僕は少しドキっとした。彼女は別にそういうつもりで言ったんではないだろうというのはわかっていたけれど、ドキッとした。(彼女が僕の彼女であるということには、まだ慣れない。)
僕がそんなことを考えている内も、彼女は何遍かその歌を繰り返していた。
「ア イ シ テ ル〜♪」
「ア イ シ テ ル〜♪」
…
音は最初と随分変わったように聴こえた。
諧調とは言えなかった。でもそれが心地よかった。
彼女はその六ヶ月後に、交通事故で死んだ。
僕はまたあの道を通っている。まだ明るいけれども、電線越しに月が見えた。五本の電線の、ど真ん中。電柱と電柱の間。それは全休符に見えた。
題未定 石田くん @Tou_Ishida
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