第37話 -Side:??- 理解不能 不都合な現実ってあるよね?
「っ!!!」
胸を貫く生暖かく鈍い痛みに俺は目を覚ました。
脳が酸素を欲して、呼吸が荒くな……ならない?
俺は間違いなく焦りの様な感情を持っているが、それに対する身体の反応は淡白かつ冷静だった。
俺は慌てて胸に手を当てる。
胸に穴は空いておらず傷があるようにも感じない。
当然、痛みもない。
だけど、それとは別の違和感があった。
手そのものの感触が柔らかく、そしてその手が触れている先の感触が異なる。
いや、今までだって、やましい気持ちで身体を触れたことなんて無いと言うか、周りにバレないようにするのでいっぱいいっぱいだったし……。
……コホン。ともかく身体に異常はなさそうなので、先程の痛みは夢だったのだろう。
そう結論付けた俺は改めて周囲を見回す。
俺が寝ていた所は天蓋付きの豪奢なキングサイズのベッド。
だがその周りはそのベッドとは裏腹に殺風景だ。
簡易的なキャスター付きのクローゼットがいくつか並び、その横に簡単な業務机がある。
そしてその上には古めかしい端末。
それらの代物から俺が今いるのは『煉獄』ではないことが分かる。
やはりサイバーパンクTRPG『デイストランナーズ』の世界か……。
しかしこの世界のルシアの部屋ってこんな殺風景だったのか……。
周囲の状況を把握するにつれて、俺は妙な感慨深さを感じていた。
この世界のルシアは設定上、仕事中に自室に戻ることが少ない。
これは表向きは司祭を目指す学生。
だけど裏の顔は教会の始末者。
それが
……もっとも始末者をしていることすらルシアの正体を隠す為の
それにしても、教会併設の孤児院の一室にとしても部屋の中は殺風景だし、何よりベッドが部屋の雰囲気に不釣り合いすぎる。
ともかく俺は身体を動かしベッドから這い出そうとする。
とりあえず不安定なベッドの上で立つのも面倒なので端まで貼っていこうと手を伸ばすが、焦っているのか思ったほど腕を伸ばせない。
とは言え俺は四苦八苦しながらなんとかベッドの端にたどり着き、床を覗き込む。
「んん??」
先ほどは気にならなかったが、なんかこのベッド随分と足が長いというか、高い位置にないか?
覗き込んだ先の床はかなり遠くに見える。
今の身体なら少しぐらい高いところから降りても何ら問題ないはずだけど、普段はどうやってベッドに入っていたのだろう?
……まぁ、ルシアなら一足飛びでベッドの上に飛び乗ることはできるだろうけど、ベッドメイクとか考えると非効率じゃないか?
コトッ
俺がそんなことを考えていたためか、静かに部屋に入ってきた存在に気がつくのが遅れた。
俺が気がついた時には、既に相手は背後から身体を掴み上げていた。
(デカい!)
俺が最初に感じたのはそれだった。
いくらルシアが小柄な方とはいえ、その身体を抱え上げるなんて、相手は3メートルくらいあるのか?
俺はその場で身体をねじり必死に、その巨大な腕から抜け出そうとした。
「御嬢、いくら寝起きだからって寝ぼけて暴れないでくださいな」
不意に男が語りかけてきた。
低いが通る声。
俺に優しく語りかけてきているが、その内側には獰猛な物が隠れている迫力があった。
......まて、御嬢?
ルシアは間違ってもそんなふうに呼ばれるタイプではない。
普段通っている学校では生徒会役員を務めるなど品行方正を貫いている。
裏の顔でも御嬢とか呼ばれてはいない。
ルシアのコードネームは『碧水』もしくは『
まれに皮肉交じりに『碧水の偽聖女』なんて呼ばれるが、それは出自的に仕方ない。
ともかく、ルシアなら御嬢なんて呼ばれるいわれはないのだ。
そして、御嬢と呼ばれる存在に俺は1人心当たりがある。
でも俺はそれを否定したい気持ちだった。
それが現実なら事態は余計に面倒なことになっているのだから。
とは言え現実を確認しなければ対処のしようもない。
俺は首を振り周囲を見渡した。
持ち上げられている分、視線が高くなっているが、見渡す範囲にある物は変わらない。
しかし、俺はある物を見つけた。
それは大きな全身を映し出す鏡、つまりは姿見。
「はなせ!」
俺は可能な限り大きな声を出したが、予想外に高い声で、声を発した俺自身が驚く。
だが、大男はその答えに反応したように両手を離す。
俺の身体は一瞬、ふわっと浮いたかに感じたが、すぐに重力に引かれ地面に向かって落下する。
しかし、俺も落下には慣れてきている。
素早く手足を使ってバランスをとる。
迫りくる地面に対し、両足と右手を同時に接地させ、無理なく着地した。
着地に成功した俺は、素早く立ち上がると鏡に向かって走り出す。
そして、俺は周囲を見て「やはり」と思ったとおりだ。
先ほどもベッドが大きかったのではない。
俺の身体が小さいのだ。
その証拠に周囲にある物は軒並み俺の身長より少し大きく、俺自身も全力で走っているにも関わらずなかなか鏡に辿り着かない。
鏡は俺に対して横を向いているので、回り込まないと全身を見ることができないのだ。
ようやく鏡までたどり着いた俺は覗き込むように鏡の前へと移動した。
「えええええっ!!!」
予想はしていた。
身体が小さい理由も何もかも元々自分が設定していたことなんだから。
だけど、実際に鏡で確認したその姿は驚くには十分過ぎた。
鏡の前に立っていた姿。
それはウェーブのかかった豊かな金髪に鋭い赤い瞳を持つ身長1メートル程度の幼い女の子の姿だった。
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