第34話 道端 また会う日まで……

「ハハ、いい武器持ってんじゃないか。」

 ルシアは片手に持っていた古龍王の剣を弄ぶように放り投げてはキャッチする。

 どうやら使い勝手をチェックしているようだ。

「それじゃあ、行くか!」

 具合が分かったのか握り直したルシアは掛け声と同時に異分士に向かい駆け出す。

 その速度は碧水ルシアよりも早い。

「ちょ、ちょっと待て!」

 俺が指示を出すより早く行動するルシアを制止させようと声を掛けるが遅かった。

 異分士にあっという間に近づいたルシアは無造作に剣を振り下ろす。

 その一撃は軽々と異分士の身体の一部を切り裂く。

 腕力は白面ルシアよりも上だ。

「すっげえ……。」

 思わず驚きの俺は声をあげる。

 2人がルシアから分化した存在なら、オリジナルはそれ以上の力を持っていることは予想できる。

 なによりルシアは最終的にはかなり高レベルのキャラクターだったのだ。

 シナリオの展開が異なっていれば終盤で死ぬことも無かったくらいに。

 あの流れでは誰かが犠牲にならないといけない状況だった。

 だからこそPCの死を受け入れた。

 だけど、納得しきれないから他の世界で活躍する碧水と白面を作ったんだった。

「余計なことを考えるなよ! あれはあんたの選択だったかもしれないが、でもあるんだ。」

 すっとこちらを見ながらルシアは言う。

 まるで俺の心を見透かしているようだ。

「見透かしてるんじゃなくて、聞こえてんだよ。 忘れたか!」

 そうだ、ルシアの魂は俺の中にいる。

 当然考えは筒抜けだった事を忘れていた。

 碧水ルシアはその辺り、配慮してくれていたってことか。

 そう俺が自問自答していると、不意に何かが動く音がする。

 どうやら異分士がルシアの攻撃に反応して動き始めたらしい。

 刺激に反応して動くって、あいつは原生生物かなにかか。

「当たらずとも遠からずってところだ。 今のあいつは思考する場所が欠けているからな。」

 突然、俺の横から声がかかる。

 見ればルシアは俺の横まで戻っていた。

「とりあえず戦闘開始と行きたいが、正直なところ古龍王の剣こいつでは長く持ちそうにないな。」

 手に持つ剣を見ながらルシアが言う。

 つられて俺も見ると、剣はえぐられたように一部が消失してた。

 そう、欠けていたのではなく消えていた。

「なんだこれ?」

 思わず声を上げる俺にルシアは真剣な眼差しを向けてくる。

異分士ヤツが内包する虚無に、この剣の『存在性』が耐えられなかったんだろうな。」

「存在性?」

 俺はオウム返しに聞くが、ルシアはそれを遮った。

「そのうち分かるさ、ともかくアイツの支離滅裂な行動も理由わけが分かったな。」

 そう言うとルシアは異分士に視線を向け直す。

 そこにはかろうじて二足歩行の生物と分かる何かが立っていた。

 しかし、腕や指は更に伸びて地面に触れており、頭部も胴体から生えてきた触手のようなモノの集合体に変わり果てている。

「制御を失った異分士の末路だ。 そのうち勝手に自壊するだろうが、それまでにどれだけの虚無を振りまくか。」

 ルシアが剣を構えつぶやく。

 相変わらずルシアの言う事の多くの意味が分からないが、少なくとも相当にヤバい事は理解した。

「で、どうするんだ?」

「決まってる、速攻で叩き潰す!」

 確認をする俺の問いに、ルシアは当然とばかりに答える。

 イヤ、その戦闘方針について確認してるんだが……。

「それを考えるのはプレイヤー、君だろ?」

 一瞬こちらを向いたルシアが笑顔で答える。

「あ〜、ハイハイ、分かりましたよ。」

 せっかくならカッコよく決めたかったが、これではそうもいかない。

「済まないけど、少しだけ時間をくれるか?」

 俺はルシアにそう言うと『グローリー・ロード』のルールを思い出す事に専念する。

 さすがにここ数年やっていないシステムのルールを思い出すには少し時間がかかる。

「じゃあねぇなっ!!」

 ため息をつきながらも、ルシアは跳ぶ。

 一足飛びに異分士に再び接近すると、素早くナイフを投げつける。

 碧水ルシアも使ういつもの初手。

 ナイフ自体は牽制で、相手の隙を作り攻撃する手だ。

 確か『牽制』『隙間撃ち』『急所攻撃』の組み合わせで、演出としてナイフを投げていたはず。

 俺はルシアの動きを観て、感覚を取り戻す事に集中した。

 しかし、異分士はナイフに反応すらしない。

 ナイフはその肩であった部分へと突き刺さり、続けて接近したルシアの剣が首を形成していた触手を切り飛ばす。

 普通ならこれで決着かたが付く一撃。

 実際、一度この初撃でラスボス戦が片付いてしまったこともある。

 だが異分士はその一撃を気にした風もなく右腕を大きく振り上げ、振り下ろす。

 それを察知したルシアは大きく後ろへ跳ぶ。

 異様な腕は広く広がっており、普通の攻撃の様にギリギリで避けようとすれば、叩き潰されていただろう。

 しかし異分士の攻撃は終わっていなかった。

『道』に叩きつけられた腕はまるで水風船の様に爆ぜる。

 その飛沫の様な塊が四方へ飛び、ルシアへも襲いかかる。

 それを確認したルシアは空中で姿勢を立て直すと同時にいつの間に身につけたのかマントをはためかす。

 黒いルシアの衣装には似合わない純白のマント。

 その端をつかむと飛来する塊をはたき落としていった。

 ああ、アレはルシアが最後の時に戦友である廃公子デュークから贈られた彼の継承権を表すマント。

 それを使い次々と迫る塊を迎撃していく。

 その攻防はルシアが着地するまで続いた。

 バランスをとり、左ひざと右手を地につけて着地する。

 左手にはマントの端を持ち広げるているが、そのマントは既にボロボロだった。

「ルシア!」

 俺は思わず声をかけるが、彼女は平然としている。

 そして大きくマントを振ると、そこには傷一つない新品同様の輝きを持つマントに戻っていた。

「これが存在性か?」

 俺は驚きと共に目を見張った。

「そ、この場合はわたしから観ての重要度が存在性に影響してるの。」

 立ち上がりつつルシアは答える。

「さてと、ここからが正念場ね。」

 そう言うとルシアは右手に、持っていた物を捨てる。

 地面に落ち高い音を立てたそれを見ると、それは古龍王の剣の柄だった。

「強力な魔法の品マジックアイテムだったんでしょうけど、所詮は拾い物ドロップアイテムなんて、この程度の価値よね。」

 確かにこれはまた別のゲームでエネミーを倒した際に入手した拾い物。

 データ的にはありがたかったが、それ以上の思い入れは無かった。

「でもどうするんだ? さすがに白面みたいに素手で殴りつける訳にはいかないだろ?」

 少し焦りつつ聞く俺に、ルシアは少し考える様に腕を組む。

「そこなんだよね、プレイヤーが上手く支援サポートしてくれれば終わらせると思うけど……。」

 何やら奥歯に物の詰まったような言い方をする。

 とは言え、手伝うアシストするのは当然だ。

「違う。」

 ルシアが首を振る。

「積極的に支援してもらう必要が有るのよ。」

 そう言うルシアは真剣な面持ちで異分士を睨んでいた。

 何かのタイミングを狙っているのか?

 俺は一瞬考えるが、どのみちここで奴を倒す以外の選択肢は無いことは間違いない。

「……分かった、少しの間、奴の気をそらせばいいんだな?」

 覚悟を決めた俺はボソリとつぶやく。

「そう、でも無茶は厳禁。」

 静かにルシアが返す。

「当然!」

 精一杯の強がりで、笑顔を作る。

 ただし、足はガックガクに震えてる。

 今までで一番戦闘に近い所に生身を置くんだ。

 それも過去一番ヤバい相手に対して。

 それが怖くないなら、ただの不感症か感情が死んでるかだ。

 それでも俺はルシアより一歩前に出ながら、ルシアにだけ聞こえる声で小さくつぶやく。

 ルシアの顔が一瞬驚いた後、微笑むのが見えたがすぐに視線から離れてしまう。

 俺はルシアが捨てた柄を拾い上げ歩く。

 ゆっくりとだが確実に。

 そしてその後ろで、ルシアを中心に何かが吹き荒れるのを感じていた。


「や、やい!」

 威勢よく啖呵を切るつもりが、俺の声は上ずっていた。

 だが始めてしまった以上、後には引けない。

 逃げようとすれば後は無い。

 今はただ、ルシアの準備が早く終わる事を祈りつつ俺は大きな足音を立てつつ前進を続けた。

 その足音か振動を感知したのであろう、異分士がその身体を俺に向ける。

 既に原型など無い不定形スライム状の物体がかろうじて人のような姿を撮っているに過ぎないが、それでも俺をことだけは分かる。

 緩慢な動きで少しづつ前進してくる異分士の成れの果て。

 俺は剣の柄を構えつつ、ゆっくりと間合いを取るように動く。


 ヒュン!


 唐突に風を切る音。

 俺は無意識に横に跳んだ。

 倒れ込む俺の横を鞭のようにしなった異分士の腕が振り下ろされていた。

 ……本当に偶然、無意識に動いたから助かったが正直なところ、次が避けられるか分からない。

 俺は全身から吹き出す冷や汗を感じながら、かろうじて立ち上がることが出来た。

(ちゃんと動け、ルシアが準備できたらこちらの勝ちだ!)

 自分を叱咤する心の声だけが今は俺の支えだった。

 1歩1歩少しづつ横へ移動しながら、異分士の動きを見る。

 後方ではさらに大きな力が集中しているのを感じる。

 

 だから確認する必要はない。

 ただ、眼の前の敵を引き付けるだけだ。

 恐らく後1回、異分士の攻撃があるはず。

 それを攻撃力も防御力も無い俺がしのぐかが問題だ。

 その為にも俺は相手の出方に注意する。

 その時、異分士の左腕が動き始めたように見えた。

 俺はとっさに持っていた剣の柄を振りかぶる。

 奴が攻撃を仕掛ける前に、柄を投げつけて牽制をかける。

 俺は狙いを定めて思いっきり柄を投げつけた。

 球技など特別積極的にやっていた経験は無いが、うまい感じに放物線を描き柄は飛んでいく。

 これで牽制はできた!

 俺は内心喜んでいたが次の瞬間、異分士が身体の一部を飛ばしてきた。

 恐らく柄に反応してのことだったのだと思う。

 それが証拠に柄は瞬く間にその姿を削られ消滅した。

 そして、その後も飛ばし続ける粒の飛距離は少しずつ伸びてくる。

(ヤバい!)

 俺は慌てて避けようとしたその瞬間、右腕に熱を感じた。

 イヤ冷たさ?

 それとも痛みか?

 どれも違う。

 恐らくそれは喪失感。

 身体の一部を感覚も感じることなく失うことに対し、俺の体自身が強烈な刺激の信号として送っているのだ。

 俺は慌てて地面に転がり、付着した物を地面に擦り付けて剥がそうとする。

 幸いなことにそれが功を奏したのか、僅かな跡が残ったが身体にはもう付着していなかった。

 だが安堵する俺がなにかの影に入る。

 嫌な予感に振り返れば、いつの間にか異分士が迫っていた。

 いくらなんでも移動速度が不自然だったが、現実に奴は眼の前にいる。

 俺はさすがにもうダメかと目をつむった。


「諦めるなバカ!」

 声が響いた。

 そして、俺は襟首をつかまれたかと思うと後ろへとものすごい勢いで引っ張られる。

「でも助かった、よく時間を稼いでくれた。」

 ルシアの声は優しかった。

「もう、準備はいいのか?」

 十分距離が取れたところで手を離したルシアに俺は倒れながら聞く。

 緊張が解けたらしく、起き上がる気力がまるでなかった。

「もちろん。」

 そううなずいたルシアは数歩前へと進む、そして……。

「さあ、始めようか!」

 そう宣言するとルシアは両手を天にかざし詠唱を始めた。


ことわりの内より来たれしけんの王よ

 我ら今世ことよに誓う盟約に従いその姿を現せ

 汝と共にあらゆる光の導きにならんが為にー


 碧水ルシアとはわずかに異なるルシアの詠唱。

 自らの内に眠る魔剣を呼び覚ますための聖句。

 そして自身の半身を掴み出すための力ある宣誓が響いた。


「召喚の秘名に応じよ『千に一つの剣王サウザンド・ワン』!! 我が半身たるつるぎたちの王よ!!!」


 ルシアの全身から吹き上がった光が天を貫く。

 やがてその光はルシアの元へと降り注ぐように戻る。

 その光の中、ルシアの背丈ほどもある刃が形をなしていく。

『千に一つの剣王』が真の姿を現したのだ。


 光が収まると、巨剣を逆手持ちしたルシアが立っていた。

 素早くその剣を両手で握り直し異分士に剣先を向け構える。

 その刀身は水晶の如く透明であり、その柄近くには刃の中で炎が燃えている。

 その炎こそが剣王の魂であり、無尽蔵に魔力を供給する永久機関でもある。

 その炎が消えぬ限り、剣王の存在が消えることはない。

 だからこそ剣王は、虚無の使徒たる異分士に対する最も有効な存在なのかもしれない。


 異分士も剣王の存在に気がついたのかルシアの方へ身体を向ける。

 一瞬の沈黙。

「はぁぁぁぁ!!」

 先に動いたのはルシアだった。

 巨大な剣を構えたまま走り出す。

 異分士はすでに行動した後だ、阻むものはない。

 俺はそう思った矢先、異分士はルシアに自分の身体の粒を散弾の様に放出する。

「自動発動技能によるカウンターか!?」

 慌てる俺を気にすることなくルシアはそのまま突き進む。

 飛来する粒に対しあるものは避け、あるものは剣で払い落としながら突き進む。

 さらに接近するルシアに対し異分士は左腕で薙ぎ払いを仕掛ける。

(おいおい、カウンターの2種同時発動ってどんだけ意地の悪い設定だ?)

 俺は心のなかで毒づく。

 どうやら俺も少し調子が戻ってきた。

「はっ!」

 ルシアは剣を地面に突き刺しまるで、棒高跳びの要領でせまる腕を飛び越えた。


 きれいに着地したルシアは剣を構え直して再び走る。

 有効距離まで入り込めばこちらのものだ。

「ルシア、忘れるなよ!」

 気がつけば俺はルシアに声を投げかけていた。

 それを理解しているのか、ルシアは姿勢を低くする。

 間違いない。

 俺の伝えたとおりの動きだ。

 そのままの姿勢で力強く踏み込んだ右足の音が響く。

『踏み込み』。

 その勢いに乗せて剣を大きく上段に振り上げる。

『振りかぶり』。

 全身の力を集中させる。

『戦神』。

 全てが攻撃力上昇を目的とした準備動作。

 俺が伝えていたとおりだ。

「いっけぇぇぇぇぇ!!!」

 俺も気がつけば叫んでいた。

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 その声に後押しされるようにルシアは全力で『千に一つの剣王』を振り下ろしていた。

『撃ち落とし』そして『砕破』。

 今持てる全ての力を持って打ち込んだ一撃は、確実に異分士の核を打ち砕いていた。


「さっすがねプレイヤー。 君の指示は的確だったわ。」

「まあ、異分士あれは本能とかではなくすでに反射で動いていたから。」

 崩れ去る異分士を見ながら感謝の言葉を言うルシアに俺は答える。

「それでも、相手にダメージを与えることのみに集中させるなんて、思いっきりもいいところだわ。」

 そう言いながらルシアは振り向き笑顔を見せる。

 その笑顔は光り輝いて見えた。

 ……ん?

 本当にルシアの周りを光の粒子が取り巻いて見える。

「あ~あ、時間切れかぁ。」

 ルシアが残念そうにつぶやく。

「色々無茶したけど、わたしがルシアわたしでいられるのはここまで見たい。」

 一転して寂しそうな顔になるルシア。

「また会えるよな。」

 ある種、この結末は分かっていた俺だったが出せた言葉はありきたりだった。

 その言葉を聞いたルシアは驚いたようでもあり、恥ずかしそうでもある表情をしたあと、うつむきつつ答える。

「いつかの道端でまた会える日まで。」

 それが俺とルシアがこの時に交わした最後の言葉だった。

 その言葉を最後にルシアは光の中へと消えていったから。


「いや~、さすがに無理したから疲れたわ。」

 どこか陽気な声が『道』に響く。

 気がつけばいつの間にやら碧水ルシア白面ルシアが立っていた。

 白面は着ていたジャケットを脱ぎ、自分の肩をもみながら話しかけていた。

「……二人とも無事だった?」

 俺は努めて明るく振る舞いながら聞く。

「ありがとう。大丈夫よ。」

 碧水、いやルシアが答える。

「私も大丈夫。」

 続けて白面も答えるが、疲れた顔からは大丈夫そうには見えない。

「とりあえず、いつまでもここにいても良くないんじゃない。」

 ルシアが俺にそういう。

 そこで俺は気がついた。

「そ、そうだ! ルシア、現実は今何曜日の何時なんだ?」

 俺は急いで帰る必要があったんだ。

 恐らくある程度はルシアが誤魔化してくれているだろうとは思う。

 だけど、誤魔化し多分リカバリーしないと明日以降の業務に響くのは間違いない。

 そんなものが溜まっていったら今週末のセッションの準備なんてできたもんじゃない。

「え~と、月曜日の確か12時半くらいだったかな?」

 自信なさげに答えるルシア。

 本当に月曜日なんだろうか、不安になってくるが今はそれを信じるしか無い。

 と言うか、そうであって欲しい。

 これが火曜とかだったら絶望的だ。

「じゃあ、俺急ぐんでルシアはまた後で、白面もまたな!」

 俺はそれだけ言うと道を駆け足で進んでいく。

 なぜか帰るべき道は間違いないと言う自身だけは有った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る