第33話 道辻 もしかして3人目ですか!?

 異分士はゆっくりと倒れる。

 それに巻き込まれないようにルシアと白面は俺のところまで引き返した。

「やったのか?」

 咄嗟の指示とは言え、俺は自信がなくつぶやく。

 さすがにルシアの中でいるのと、生身で相対するのでは、迫力が段違いだった。

「さすがねプレイヤー?」

 不意に俺の肩に手を置き白面が話しかける。

 思わず白面の方を向けば、そこにはルシアによく似た笑顔があった。

 髪や目は異なるが、元々同じ魂だから当然か。

「ハイハイ、終わったから帰り支度よ。」

 そんな俺と白面の間にルシアが手を叩きながら入ってくる。

「勝利の余韻とかないのかね碧水?」

 意地悪げに笑みを浮かべ白面が皮肉る。

 確かに普段のルシアにしては過干渉な気がする。

「大体、本気じゃないことは分かっていたけど、なんでわたしたちを襲ったのよ。」

 少し鋭い目を白面に向けるルシア。

「いや、襲ったのはあんたじゃない。」

 すぐさま白面が返す。

 確かに最初に攻撃してきたのはルシアの方だったな。

「そ、それはあなたが、わたしの姿で彼に良からぬことをしようとするから……。」

 最初の一撃を思い出したのか、ルシアは顔を赤くしていく。

「まぁ、プレイヤー君をからかったのは確かだけど。」

 顔を赤らめてうつむくルシアを見てクスクスと笑う白面。

「あの〜、本人目の前にしてそれ言いますか〜。」

 あの時、ドギマギした自分を思い出し、俺も白面に文句を言う。

 途端に白面の表情が厳しくなる。

 思わず一歩退いた俺に対し、白面は詰めてくる。

 身長は俺の方が高いが、白面の履いている靴のヒール分向こうが見下ろすような状態だ。

「言っとくけど、あなたは異分士に狙われていたのよ?」

「へ?」

 白面の言葉に俺は間の抜けた声が出た。

 俺が狙われる?

 辺獄で姿を見せてないのに?

 俺の頭の中は疑問で埋まる。

「あなたの世界で襲われた覚えない?」

 白面の言葉を聞いて驚く。

か!」

 退院した日に突然ひかれそうになったトラック。

 アレは異分士による攻撃だったのか?

 なら、あの段階で既に俺は特定されていた……。

「そ、そういう事。」

 白面が平然と答える。

「あなたの世界で襲ったらルシア碧水が干渉してきたから、次はルシアがすぐに干渉できない『ここ』を選んだのよ。」

 つまり俺は誘い込まれていた?

 行きにも『道』を認識していたから問題ないと思っていたんだが。

「そこで私が手助けしに来たってわけ。」

 考えている俺の前で胸をはる白面。

 目のやり場に困って思わず俺は視線をそらす。

 戦闘中のガラの悪さから一転し、どこか行動があどけない。

 ディストランナーとしての白面の性能って言っていたが、性格もその時に引っ張られているのかもしれない。

「異分士の前では、ライトダーク秩序ロウ混沌カオスグッドイビルみたいな対立軸が意味なさないからね。」

 俺の気持ちを気にしないのか、白面が話を続ける。

「じゃあ、一体何なんだよ異分士って。」

 俺はかねてから思っていた根本的な疑問を口にする。

 そうだ、俺は異分士について何も知らない。

 しかし、奴らはすでに俺の世界にも干渉してきていることがわかった以上、ことは辺獄だけの問題では済まない。

 俺は今こそ奴らについて知る必要がある。

「そうね、一言で言えば『虚無ヴォイド』と『矛盾パラドックス』。」

 それに答えたのはルシアだった。

「彼らの目的は無に返すこと。 でも同時に活動するためのエネルギーを蓄えていく事も目的としているようね。」

「ん? それって相反するんじゃあ……、そうか、だから『矛盾』か。」

 ルシアの言葉に一瞬反論をしようとしたが、それこそが奴らの象徴であることに気がついた。

「そ、あらゆる世界を無に返すため、自分の勢力を拡大する存在なんて、矛盾以外の何物でもないでしょう? それは奴らの個々の生態にも同じことが言えるのよ……。」

 ルシアが話を続けようとした時だった。


 ズズズズズズズズ………


 俺たちの背後で何かが蠢く不快な音が聞こえてきたのは。

 その音に思わず振り返れば、そこには老婆の顔を失った異分士がゆっくりと立ち上がっていく姿だった。

「再生している?」

 思わず俺が叫ぶ。

「いえ、暴走ね。 制御を失ったので体内の虚無が溢れているのよ。」

 冷静そうに言う白面。

 しかし、なぜか俺たちから視線を反らしている。

 ふと見ればルシアが白面をジト目でみている。

「あんた、核を撃ち漏らしたでしょ……。」

 ボソリと言う、その言葉に白面がピクリと動く。

 核が何か分からないが図星らしい。

 俺は改めて「いったい何が起きているんだ?」とルシアに事情を確認する。

「異分士の身体は『虚無』と繋がっているの。 」

 そう話し始めるルシアの解説をまとめると、異分士の体内に存在する虚無との接点が『核』であり、通常この核はわずかに漏れ出る虚無に守られているので、生半可な存在の攻撃は届かないらしい。

 だけど、核と繋がっている制御部越しに攻撃を加えれば核も破壊可能だったという事だ。

 そして先程、白面が攻撃した老婆の顔こそが、今回の異分士の制御部であり、その一撃で制御部と共に核も破壊するつもりだったのが、どうやら失敗したらしい。

 そのため、異分士は本能に従って暴れているとのことだ。

 正直、あの婆さんからして暴走しているようなもんだったと思うが……。

 ともかく、虚無をばらまきかねない異分士をこのまま放置するわけにはいかないのだが……。

「二人は対処法ってあるか?」

 正直、俺はそう確認するしか無かった。

 幸い、暴走状態とは言え暴れている訳ではない。

 まだ時間的な余裕は有りそうだ。

「手は無いことないけどね……。」

 先ほどと打って変わってどこか歯切れ悪い言葉が白面から返る。

 見れば、ルシアと2人で神妙な顔つきだ。

「『千に一つの剣王』さえ使えればね……。」

 ルシアが白面の言葉の続きを言う。

「そういえば、さっき『魔剣召喚』ができないって言っていたよな?」

 俺は先ほどの言葉を思い出す。

 それに対してルシアは「ええ。」とだけ返した後、悩むように腕を組む。

「ネピリムとの戦いの時、君は『先祖返り』を『魔剣解放』に偽装したわたしの超技能って思っていたわよね。」

 その問いに俺は首を縦にふる。

「実際は『魔剣解放』の力を借りて『先祖返り』を強制実行してるの。」

「えっ!?」

 それを聞いて俺は思わず声が出る。

 剣王の召喚も、神の娘への変身も、別に『ブレイズ&ブレイブ』だけでやった演出ではない。

 それこそ『ディストランナーズ』でも、それを再現するデータ構成にしていたくらいだ。

 ……もしかして?

 俺の表情の変化に気がついたのか、ルシアは静かにうなずく。

「ゲームと同じで、使ってことか。」

 つまり、俺はそういう演出としていたが、そもそもルシアは魔剣を呼び出す能力が使えないので、その世界の常識ルールに合わせる事で擬似的に、もしくは強制的に魔剣を呼び、先祖返りを実行していたのか……。

 全くいつもながら俺の発想が元なのか、ルシアの生い立ちが俺に影響しているのか分からなくなる。

「『道』にはその手の世界固有の設定が働かないから偉業も使えない、だから剣王を喚べないのよ。」

 ルシアが沈痛な表情でうつむく。

 俺もそれつられて顔を下に向けた。

「あ〜、コホン。」

 不意に咳払いが聞こえる。

 見ると白面が半ば呆れたような顔で俺を見ている。

「いや、だから、手は有るって言ってるじゃん。」

「手ってどうする気だ?」

 その言葉に俺は意味が分からないまでも、白面の言葉を信じる気になった俺が話を聞こうと振り向いた。


 ドクン!


 その瞬間、心臓が跳ね上がった。

 振り向いた先には無表情な白面の顔。

 その見開いた瞳に、俺は恐怖した。

 それは獲物を前にした蛇のようであり、睨まれてもいないのに動くことができなくなった。

 ゆっくりと白面は両手で俺のアゴに触れる。

 冷たくも心地よい感触。

 とろけるような気分で力が入らなくなる。

 突然、白面は俺の顔を自分に引き寄せる。

 ああ、喰われるのか……。

 しかし、その思いとは逆に突然俺は唇に熱いもの感じた。


 えっ!??


 溶けるような気持ちは一瞬にして消え失せ、全神経が唇に集中している。

 間違いない。

 

 慌てて顔を動かそうにも、白面の両手にしっかりと固定されて動かすこともできない。

 それでも必死に目だけを動かす。

 視界の端にルシアが写る。

 驚きが大きいのだろう、両目と口を大きく開けてる。

 なんとかルシアに助けを求めようとする中、白面の口から何かが俺の中へ飛び込んだ。

 個体の様な固さも気体の様な感触もない何かは、口から全身へと広がるようだった。

 そして、白面は始まりと同じく、唐突に唇と手を離した。


「な、何すするんだ!?」

 バランスを崩し尻もちを着いた状態で抗議の声を上げるが、恥ずかしさでろれつが回らない。

「そ、そうよ緊急事態に何やってるのよ!!」

 驚きから解放されたのか、ルシアも駆け寄り白面に抗議する。

「何って『口移し』よ。」

 一方の白面はけろりと返す。

「別に性的な意味合いはないわよ。」

「だとしても人前でいきなり口移しするって、……『口移し』?」

 抗議を続けようとしたルシアが黙る。

 口移しってなんのことだ?

 俺が理解していないことに気が付いたのか、白面は片手を腰に手を当てながら話し始める。

「簡単に言えば、私の魂の一部をあなたに移したのよ、文字通り口移しで。」

 言ってる事は分かるが意味は分からない。

 それは白面にも伝わったらしい。

「たから、碧水ルシアと同じ様に、プレイヤー君の中に魂の一欠を移したのよ。」

「つまり、俺の中に白面の人格が宿ったってことか?」

 まだ動悸が収まらないのをごまかすように、早口かつ被せるように確認する。

「ちょっと違うけどね。」

 白面ははぐらかすようにそう言うと、ルシアの方を向く。

 ルシアは理解したように静かにうなずいている。

 やっぱり理解してないのは俺だけか。

「前準備は終わった、こっからは『道』限定の大技!」

 右拳を左の手のひらに叩きつけながら、白面が宣誓する。

「まぁ、世界律が届かない『道』じゃなければこんな事できないわね。」

 呆れながらルシアが白面に並ぶ。

「ハッハッハっ! こんな事、世界律の中でできたら本当の超技能チートじゃない!」

 大笑いしながら白面が、ルシアの手を取る。

「仕方ないから、早くやりましょう!」

 ルシアがその手を握り返す。


「「今、分かたれた魂の声を聞け!!」」


 2人の声が重なると同時に、周囲が光に包まれる。

 ここにきて俺は理解した、ルシアたちが何をしたのかを。

 彼女たちは本来1つの魂から分化した存在だ。

 だが、一部とは言え俺の中で両方とも存在する状態となったことで、2人は本来の姿へと戻ろうとしているのだ。

 原基オリジナルに。

 2人を包む光が強くなるにつれて俺の中で何かが熱くなる。

 その熱は物理的なものではなく、恐らく魂的なもの。

 一時的にとは言え再融合しつつある魂が発する熱。

 そして、俺の中の熱が治まる頃には光も消え、そこには1人の少女が立っていた。


 碧水ルシアと同じ背丈

 白面ルシアと同じ赤い瞳

 しかし、その無造作に切られた髪は灰色アッシュ・グレイ


 それは間違いなく『ルシア』たちの原基。

灰被り』のアッシュ・グレイルシアだった。


「直接会うのは始めてだが、久しぶりだなプレイヤー。」

 ルシアが俺に声をかけてくる。

 その声は碧水ルシアに近いが、口調は白面ルシアのそれ。

 改めて俺は2人が灰被りルシアから別れた存在だったことを思い知らされた。

「この姿は久しぶりだが、世界律の存在しない『道』限定での帰還だ。 それに長時間維持するのは無理だからな。」

 淡々と話すルシア、聞きたいことはあるが口ぶりから時間が少ないことはわかる。

 俺も覚悟を決めて戦うことにした。

「その姿ってことは能力的にも『グローリー・ロード』の時と同じと考えていいのか?」

 ルシアに問いかける。『グローリー・ロード』はかつてプレイしたダークファンタジーTRPGであり、『灰被り』のルシアはその連続キャンペーンをプレイした時に作ったキャラクターだった。

 俺の問いにルシアは無言でうなずく。

「じゃあ、行くか。」

 俺も考えをそちらに切り替えながらそう答えた。



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