K旗

千桐加蓮

梅代うめしろ、あみりさんがお前にご飯の誘いしたって、悠芽ゆめが言ってたんだけど。あみりさんって人、梅代と同じ大学で学部も同じ人らしいじゃん」

 初夏の夕方、駅周辺はいつもと変わらず人が考え事をしながら歩いていたり、友人と喋りながら歩いていたりしている。

 梅代の隣で同じ歩幅で歩いている茶髪の男も梅代の数少ない高校でできた友人。今は、バイト先が同じという共通点を持っている。

「知らん」

「いや、俺の方が知らないよ。大学違うしさあ。メールで伝えたらしいけど、『届いてるの?』って悠芽がうるさいんだよ」

 悠芽というのは、梅代の友人・日賀ひがと同じマンションの棟に住んでいる小中と同じ学校に通っていた女子だ。大学もたまたま一緒になったらしく、数ヶ月前の梅代は「ミラクルだね」と他人事のように笑っていた。

 しかし、大学に入ると、悠芽の高校で同じ部活動に所属していたというあみりという女子が梅代に恋心があると言い出した。

 梅代も仲介役にさせられている日賀も、四月から七月までの約三ヶ月間は少し長く感じている。

「まだ、メール返信してない」

 梅代は、他人に対して恐怖心を持つことが多々ある。他人なんてたくさんいるというのに、全ての他人と呼ぶことができる人たちに合わせにいくこと。

 そういうのに疲労感を感じているからだ。

 そのため、梅代はリセット癖を持ちはじめた。

 自分を基準に話を進めるようになってから、友人と呼ばれる人が急激に減っていった。

 プラスのイメージで梅代を表すのであれば『冷静に物事を考え、計画的に進めていくことができる』。

 マイナスなイメージで表すとするなら『孤立してしまう子』『深い人間関係を構築できない人』と言えるだろう。

 当然の如く、彼に彼女立候補が現れたとしても、梅代のリセット癖のせいで離れていく。

「その爽やかな顔で、高校生の時なんかはモテてたじゃないか。加えて、同性にも認められるルックスをお持ちだろうが。お試しっていったら失礼だとは思うけど、話してみたら気が合うかもよ」

 梅代の顔立ちは、中々ときめく奴らが多い。 

 今風の爽やかなアイドル顔とも言えるので、日本各地で人気を集めている男性アイドルグループだと言っても違和感はない。

 それに、アイドル活動をしていれば、ちょっとは愛想笑いや世渡り上手の知識を身につけ、可愛げのある青年になっていたのかもしれない。

 もしくは、梅代の改善点をアイドルとして売れるキャラクターとして活かせたかもしれない。マネージャーやメンバーの腕がなるところになるだろう。


 リセット癖のことを何となく知っている日賀とは、お互いにストイックであることや、価値観が合うからと言うべきなのか、自然と共通点が多いこともあり、梅代にしては友人歴が長い。

「人に期待して会うのが嫌」

 日賀は苦笑いをして小さく共感しているような頷きをした。

「仲介的存在の日賀には悪いと思ってる。メールしてくる子で、しつこい。メール既読するのもめんどくさくなってきた。とは言っても、大学で話しかけられる方がもっと嫌だ。正直、放って置いたら自然に冷めていってくれるもんだと思っていたけど。毎回、女子からのアタックには心身共に疲れていく」

 例を挙げよう。定番にバレンタインデーといこうか。梅代は、バレンタインデーにもらったチョコは父にあげていた。小学校の頃からである。高校に入学してもらったバレンタインのチョコの八割は日賀に手渡ししていた。

 梅代は、甘いものを好んで食べるようなことはしない。手作りに関しては、名無しや、下駄箱に入れられたチョコなど、誰が作ったかわからないものがある。食べ物には口うるさい梅代であるため、食べることを避けていた。

「まあ、無理にとは言わないけど、梅代はその子のこと知らないのに嫌うからさあ」

 日賀はやれやれと肩をくすめた。


 梅代は、駅の改札口近くの広場で日賀と別れた。

「梅代のさ、人を探らず、依存しすぎない性格って意味貴重なタイプなのかもね」

 褒めているのか、茶化しているのかよくわからないセリフを静かに吐いて、日賀は軽く手を振った。梅代も小さく振り返し、改札の方に向かう。

 人の匂いと、期間限定で販売を開設しているドーナツショップから、甘いドーナツの匂いがする。広場の中心よりやや隅っこにあるベンチからは、男の歌声とアコースティックギターの音がしていた。

「海の歌ねえ」

 横目で見るように、彼を見たが、気になることがあった梅代は、ズシズシと演奏者の元へ歩いて向かった。

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