30話


「誠吾さん、失礼します。二人を連れてきました」

「入れ」

ボンレス君が広間につながる襖を開け、陽向と海斗を中へ招き入れる。


大広間は以前とは違って、組員と思われる男が数人集まっていた。全員びっしりとしたスーツを着ていて、威圧感が半端ない。


上座には、松葉誠吾の姿があった。出掛ける前なのか上質な三つ揃いのスーツを着て、片手で懐中時計をいじっている。


「で、真実は見つかったか?」

案内されて陽向が向かいに座るなり、誠吾が聞いてきた。


「真実? 真実って、何のこと?」

しつこく聞いてくる海斗を横に押しやり、陽向はぐっと背筋を伸ばした。


何組もの鋭い眼が、自分を見ているのを背中でひしひしと感じる。ここで下手なことをすれば、即ぼこぼこにされて山にポイッされるだろう。

陽向はごくりと唾を飲み込み、向かいにいる誠吾を真っ直ぐに見た。


「海斗は……海斗は、白です」

「その根拠は?」

「それは……」


かたり。後ろで扉の開く音がした。振り返ると、玄沢が静かに部屋に入ってきて襖の近くに腰を下ろすのが見えた。

陽向は自分でも気づかず、安堵の息を吐いていた。


少なくとも玄沢は、自分を見捨てた訳ではない。

それを思ったら、少し勇気がでた。

息を吸って、顔を誠吾の方に戻す。


「俺は一年間、海斗と暮らしてきた。だから、わかるんです。海斗は確かに快楽に弱くて、気分に流されやすい。これまで何度も勢いのまま危ないことに手をだしては、痛い目にあってきた。それは自業自得だ。地獄に堕ちればいいと思っている」


「そ、そんなぁ」

隣でぼやく海斗は無視して、続ける。


「でも、こいつは自分が騙され痛めつけられたことはコロッと忘れるくせに、他人を騙し痛めつけたことは絶対に忘れない。俺のうーちゃん——ウーパールーパーが死んだ時も、『あの時はごめんね』ってこっちがドン引くくらい泣いていたし、三股がバレてキャバ嬢に刺されそうになった時も、腕からドクドク血を流しながら、全員に土下座して謝っていたし。海斗は……海斗は、人を騙そうと思っても、結局どっかでボロがでてバレてしまう小心者なんだ! そんな奴が詐欺だと知っていて、客を騙すことなんて、絶対にできない!」


思っていた以上に熱が入ってしまったのか、大広間に声が反響する。


「なるほど、面白い演説だ」

パチパチと拍手の音がこだました。


見ると、誠吾が薄笑いを浮かべて手を叩いていた。が、その手はすぐに止まる。


「だがな、俺が欲しいのは、思い出話じゃない。〝真実〟だ。誰から見ても客観的で普遍的な——」

「そんなものあるはずないじゃないかっ! そもそも客観性が欲しいなら、何で俺を呼んだ!? おかしいだろう!?」


気がついたら、身を乗り出していた。握り締めた拳が震える。


「陽向、止めろ」

いつの間に来ていたのか、玄沢が後ろから肩を掴んでくる。そして、肩越しに見返してくる陽向の視線を真っ直ぐに受け止め、頷く。俺はもう大丈夫だ、と言うように。


「誠吾」

玄沢は陽向の前に出ると、誠吾の膝元に書類の束を置いた。

「これは?」

誠吾は書類を手に取らず、代わりに玄沢を見る。


「名乗りでなかった被害者たち全員の証言を集めたものだ。これによると、海斗は詐欺グループが架空に作った美容形成外科医の名刺を渡しただけで、契約とは直接関わっていないことがわかった」

「名乗りでなかった? なぜ、そんなこと? 金を騙し取られたんだろう?」


理解不能、とばかりに誠吾の眉が寄る。玄沢は力なく首を振る。


「みんながみんな、お前とは違って真実を明るみにしたがる訳ではない。長い間、マイノリティであった者たちは、自らの身を隠す術を心得ている。たとえどんな目に合おうとも世間に、警察に、そして自分自身からも口を噤んできた。ヤクザの目をかいくぐるなんて訳がないさ……残念なことにな」

「そんな奴らを、お前は探し出せたと?」

「俺には長年、ゲイ専門の探偵として培ってきた信頼とコネがあるからな」

「ふん」


誠吾は鼻を鳴らし、書類を指で叩いた。


「だが、この証言が正しいという根拠は? お前が故意に改竄した可能性だってあるだろう? そこのぼうやを救うために」


誠吾が顎で陽向を示した。


「知っているんだぞ。お前がそのぼうやを気に入っていることは。うちの諜報たちもお前から情報を買うだけが全てじゃない。もし、情に流されて偽証でもしてみろ。どうなるかはわかっているだろうな。俺がお前を買っているのは、〝真実を追求しようとする姿勢〟だ」


誠吾は鋭い視線を送ったのち、書類を投げた。


「悪いがこれは却下だ。謝花が契約に関わっていなかったとしても、詐欺のことを知らなかったという証拠にはならない」

「ちょっと待ってくれっ……! もう少し、もう少し時間をくれれば、必ず証拠をっ……!」

「駄目だ。時間は既に充分過ぎるほど使った。——おい」


パチンと、懐中時計が閉じられた。斜め左右に控えていた幹部の者が、陽向の両腕を拘束する。


「そいつを連れて行け。せめて店くらいは好きに選ばせてやる」

「おいっ、誠吾っ……!」


立ち上がった玄沢を、誠吾が手で制す。


「こいつを返して欲しかったら、真実を持って来い。それまでは、こちらで預からせてもらう」

誠吾は自分を掴んでくる組員相手に暴れちらす陽向をちらりと見て、片頬をあげる。

「ま、返った時には、相当飼い慣らされて大人しくなっていると思うがな。お前にとっても、そっちの方が扱いやすいだろう?」

「やめろっ……!」


玄沢は自分を押さえる組員の制止を振り切って、叫んだ。


「そいつは関係ない! ただ巻き込まれただけだ!」

「巻き込まれる方にも責任はある。目を逸らさず、真実を見ようとしていれば、こんなバカな彼氏とはすぐに別れていて、巻き込まれることなどなかったはずだ。そうだろう?」


誠吾が陽向の方を見た。陽向は、何も言い返せなかった。

「それは違うっ……!」

玄沢が叫んだ。

「真実が全部を決める訳じゃない! 人には、縁とか情とか、そうゆうつながりもある!」

「……お前、少し変わったな」


誠吾は珍しそうに玄沢を眺め、首を振る。

「悪いが、話はここまでだ。謝花の方から、もう一度仲間の行き先を聞き出さなくちゃならないからな。今度こそ吐かなかった場合は……用済みだ。山登りでもさせろ」

「ちょっと待って!」


海斗が組員たちを片手で軽くなぎ払い、誠吾の前に立ちはだかった。本当に牢獄筋トレ、恐るべしだ。


「陽向をどこへ連れて行こうっていうのさ!? 店って一体——」

「お前みたいな変態がごろごろいるところだ。せいぜい後悔するんだな。自分の情人が、地の底まで堕とされることを。まぁ、すぐにどうでもよくなるさ。お前の方が数倍、過酷だからな」


海斗は図体に似合わぬ素早さで、誠吾の胸倉を掴んだ。


「何で、何で陽向がそんな目に合わなくちゃいけないのさ!? 俺が何かした!? 確かに浮気はしたし、ギャンブルも止められないし、女の子に入れてもらうのも好きだけど、あれは全部、ホストの仕事で——」

「お前は本当に、ただのホスト業だと思っていたのか? 嘘は、逆効果だぞ。俺はこれ以上、雑音は聞きたくない」

「嘘なんか、ついてないよっ……!」

「なら、金のことはどう説明する? あんな大金、ホストだけで稼げるか?」

「大金? そんなのもらってないよ。出張ホストの相場よりも低いくらいの給料だったよ」

「じゃぁ、貯め込んでいた金は何だ? 知っているんだぞ、お前が口座に大金を貯め込んでいるのは。まさか、あんな短期間であれだけ稼げる訳ないだろう」


海斗は、わかりやすく狼狽えた。

「あ、あれは……稼いだ訳じゃない」

「では、何だ? あんな大金、もらったとでもいうのか?」


しばらく黙りこくった、海斗は自棄をおこしたかのように叫んだ。

「そうだよ! もらったんだよ!」


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