10話

※R-18


「はぁ!?」

思わず声が裏返った。

「何もしないでいられるか! これは俺の問題なのに!」

「普通の人間はな、探偵を雇った時点で、何もしないものだぞ」

「そんなの知るか! とにかく俺は奴を自分の手で見つけだして懲らしめないと気が済まないんだ!」

「ワガママいうな」

「ワガママじゃないだろう!」

玄沢がこめかみを押さえ、これみよがしに大きなため息を吐いた。

「だから嫌なんだよ」

玄沢は立ち上がり、陽向の前に立った。

「お願いだから、大人しくしていてくれ。お前が余計な首をつっこむと、さらに状況が悪くなる」

「俺のせいだっていうの? 海斗がこんなことをしたのも?」

「そういうことを言っているんじゃない。ただお前が動くと、俺が、気が気じゃなくなるんだ」

「気が気じゃないとか、別にお守りをしてくれと依頼しているわけじゃない! 俺はこれでも大人の男だ。自分のことは自分でできるし、玄沢さんは情報さえ提供してくれればいい。それが本来の探偵の仕事だろう?」

玄沢がむっとした顔をする。

「自分のことは自分でと言ったが、それができていないから言っているんだよ。お前にできることといえば、せいぜいその場をかき回すだけだ」


「……ッ」

カッと頬に熱が集まる。あと一突きでもされれば、胃の中にたまったマグマが喉から出てきてしまいそうなくらいだった。

「そんなに俺のことが面倒なら、どっかに監禁でもしておけ! それから悠々と調査でも何でもすればいいだろう!」


玄沢の顔が、一瞬にして固く強ばる。

「……そうしたいのは山々だ。だけど、俺は絶対、そんなことはしない」


一言一言強調するように言うと、玄沢は目を細めて陽向を見た。


「お前は俺が見てきた中でも、一番予測のつかない奴だ。正直、どう扱っていいのかわからない。俺はお前が、今にも危ないことに自ら突っ込んでいくんじゃないかと考えると、おちおち寝てもいられない。何をしていても、お前のことが頭から離れないんだ」


一瞬、愛の告白を受けているのかと錯覚しそうになった。が、これはそうじゃない。

ものすごく遠回しに馬鹿にされているのだ。

怒りなのか恥ずかしさなのかよくわからない感情で、陽向の身体はぶるぶる震えてきた。


「はっ、そこまで想ってもらえて光栄だね。俺だって、こんなに侮辱されたのは、玄沢さんが初めてだ」

「違う。俺は、ただ……」

玄沢の黒い目が薄暗い室内の中、鈍く光る。

「俺はただ、お前のことが、しん──」


その時、廊下の向こうからキャハハと明るい笑い声が響いてきた。徐々に大きくなることからみると、声の主はどうやらこの部屋に近づいてきているようだ。


「やばい、隠れるぞ!」

玄沢が陽向の手を引き、部屋の右側にあるラックの林の中に駆け込んだ。


ガラリ。

木製の引き戸が勢いよく開いたと思ったら、二つの人影がもつれ合うように入ってきた。

玄沢たちがいる物陰からも、ダンボールの隙間を通してかろうじてそのシルエットが見える。

酔っているのだろうか、二人は楽しそうに笑いながらデスクの上になだれ込んだ。


「……んっ」

デスクの上で、二つの影が一つに重なる。埃っぽい部屋の中に、唇が重なり合う艶めかしい音が響いた。


「くそっ」

ラックの後ろで、玄沢が囁くように舌打ちした。

「リエさんに、今度はお前と入るっていうのを忘れていた……!」


ラックの向こうで、影たちが一瞬、離れた。

「あれ……? 今何か聞こえた?」

「まさか。気のせいだろう。それより——」

「あっ、そこっ、だめっ……!」

今や、影たちはデスクの上で、一戦おっぱじめていた。


ギシギシとデスクが軋む音。「あっあっあっ」。肌と肌がぶつかり合う音。荒い吐息。

ずいぶんと熱く盛り上がっているみたいだ。

一方の玄沢たちは、ただそれを聞いているしかなかった。


それから、待つこと十分——。

闖入者たちは、来たときと同じ唐突さで部屋から出ていった。


「……ふう。ようやく行った」

玄沢が脱力したように後ろのラックにもたれかかった。陽向も、止めていた息を吐いた。


まったく生きた心地がしなかった。極度の緊張のせいか、腹も余計痛くなってきた。最近思うが、もしかしたら自分はストレス性の胃炎になってしまったのかもしれない。


「おい、大丈夫か? どうした?」

うずくまって動こうとしない陽向を心配して、玄沢がのぞき込んできた。だが、すぐに明後日の方向に視線を逸らす。

「あの……非常に言いにくいが……勃ってるぞ」


「へ!?」

何のことを言われているか、一瞬、わからなかった。が、すぐ自分の下半身に目をやって理解する。

カッーと、全身の熱のボルテージが上がり、血管という血管がショートした。


「あっ……あぅ……あうぅう……」

突然、頭を抱え唸り始めた陽向を見て、玄沢がギョッとする。

「ど、どうしたんだ!?」


陽向は膝頭をぴったりと合わせ、そこに頭を打ちつけた。

「どうしたもこうしたもないよ……! もう最悪だ! 自分、どんだけ欲求不満なんだよ! あんな声だけで、こんな! 確かに最近、海斗とは時間が合わなくてご無沙汰だったし、海斗の世話にいっぱいいっぱいで他を探そうととかも思わなかった。そもそもあいつみたいにヤルだけの相手とかってイヤだし……! だからって一人でヤろうとしても、あいつが他の奴を連れ込んだかもしれないベッドだと思うとしらけて、その気になれなくて……! ここ数日も、それどころじゃなくて……——はっ、もしかして、最近、妙に腹のあたりがグルグルするなって思ってたのは、怒りのせいじゃなくて、タマってたからっ……!? いや、でも怒っていたのは確かだし……でも、でも……——あぁっ! もうわからないっ! わからないよおっ……!」


「お、落ち着け! 大丈夫だから、落ち着け!」

玄沢は陽向がこれ以上暴れないよう、相手の頭を自分の胸元へと引き寄せた。


「大丈夫だ。リラックスしろ」

陽向の耳元に、ソフトな声がかかる。玄沢の手はなだめるように、陽向の背をゆっくりと撫でる。背骨一つ一つを解きほぐしていくかのような動きに、陽向は徐々に身体の力が抜けていくのを感じた。荒かった息も静まり、深くなる。


「そのまま力を抜いてろ。今、楽にしてやるから」

玄沢の片方の手が陽向の下半身に伸び、ベルトを外し始めた。

「えっ、なっ、ななっ——!?」

止めようと手を伸ばすが、腰に回っていた玄沢の手によって捕らえられてしまう。その間にも、彼のもう片方の手が、陽向の下着の中にするりと入ってきた。


「あっ……!」

「大丈夫だ。このままだと辛いだろう。いっそのこと全部、吐き出しちまえ」

玄沢の節ばった指が狭い下着の中をまさぐり、陽向のゆるく立ち上がったものを握り込む。そのまま、ゆるやかなストロークを始めた。


「あっ……ふっ……」

久しぶりだからか、わずかな刺激で陽向のものは完全に反応してしまった。このままだと、すぐにイってしまいそうだ。


「あっ、ダメ。玄沢さ、ん……手っ、汚れる……!」

「気にするな。いいから、俺に任せておけ」

「あっ……やっ……!」

下着ごとデニムを引き下ろされて、局部が露わになる。今や陽向のものは完全に勃ち上がり、先走りがトロトロと流れていた。


恥ずかしさといたたまれなさから、足を閉じようとしたが、玄沢の手がそれを制す。玄沢は陽向の内股を掴むと、自分の方に引き寄せた。

そして、今度は大胆な動きで陽向の屹立を攻めたてる。


「んっ、あっ……やっ!」

先端を指で押され、思わず玄沢の首もとに顔を埋めてしまう。相手の匂いがすぐ鼻先に感じられ、荒く熱っぽい息づかいが耳元をくすぐる。


(もしかして、玄沢さんも……?)

目をそろりと開ける。すると玄沢のスラックスの中心も、わずかに盛り上がっているのが見えた。

陽向はごくりと唾を飲み込むと、おずおずと手を伸ばす。


「おいっ、何やってるんだ!?」

焦りを含んだ玄沢の叱責が飛んできた。

「何って、俺だけじゃ悪いし……」

「お前はいいんだ。そんなことしなくて」

「……あっ!」

陽向の手を掴んでいた玄沢の腕が外れ、代わりに顔の横に回り、大きな掌が目元を覆う。


「お前は何もしなくていい。ただ感じていればいいんだ」

視界のない暗闇の中、玄沢の声だけが耳に直接響く。甘く掠れた声に、陽向はぶるりと背中を震わせた。


「……あっ、あぁ、んんっ……!」

玄沢の手が、再び動き始める。されていることは先ほどと同じなのに、視力を奪われている分、余計に神経が敏感に反応してしまう。

「うっ、くっ……あぁっ!」

すすり泣くような声が、喉からもれる。ぐちょりと淫靡な水音が耳を侵し、さらに神経が煽り立てられる。

「あっ……もうっ、ダメっ……!」

「いいぞ、イって」

玄沢の手の緩急がさらに激しくなり、喉がのけぞる。腹の底から怒りとは違う、甘くて圧倒的な熱がせり上がってきた。


「あ、ああぁっ……!」

次の瞬間、陽向は目の奥が真っ白に弾けたのを感じた。

「はぁっ……はぁ」

イッた余韻に浸る間もなく、我に返る。


「ご、ごめんっ、俺っ……!」

慌てて離れようとしたら、目元にかかっていた玄沢の手によって強く引き戻されてしまった。

「このまま、少し休め」

「で、でも……」

「いいから」

どうしようかと迷ったが、全身を包み込む玄沢の温度から離れるのには至難の技がいった。


とくとく。頬に玄沢の少し速い、規則的な心臓の音を感じる。

それに浸っていたら、いつの間にか瞼が重たくなってきた。


「……お前を見ていると、なぜだか甘やかしたくなるよ」

意識の狭間で、そう呟く玄沢の声が聞こえた気がした。


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