7話


「くそっ! ワジワジ(イライラ)する! あの探偵、何様のつもりだ!」


ビジネスホテルの一室。陽向はベッドの上であぐらを組み、膝においたクッションにエルボーをくらわしていた。

「俺がいつ! あの海斗に! 依存した!? あのふにゃチン、早漏、尻軽男なんかに!」

海斗を罵倒しているうち、徐々に神経が静まってくるのを感じた。と同時に、疲労感と虚脱感がダブルセットで襲ってくる。

「おばあ……」

アパートから持ってきた小さなガジュマルの木を見る。

熱帯の植物は東京のホテルの窓側で、再び降り始めた雪をじっと見つめていた。故郷から遠く離れた街で寂しいのだろうか。陽向はベッドから降りると、植木の隣に座って、同じように東京の街を見下ろした。


このガジュマルの木はウーパールーパーのうーちゃんが死んだあと、何でもいいから故郷につながるものが欲しくて、都内園芸店を探し回ってやっと見つけたものだ。


陽向の祖母は十年前、陽向が十八歳の時に死んだ。老衰だった。戦中、戦後の激動の時代を生き抜いてきたとは思えないほどの安らかな死。


当時の陽向はすでに、東京での内定を決めていて、ぎりぎりまで祖母を置いていっていいかどうか悩んでいた。

だから、ある意味では良かったのかもしれない。祖母を一人にせずに済んで。


そのまま葬儀の慌ただしさも収まらないうちに上京し、今年ではや十年。

故郷には一度も帰らなかった。

帰っても、もう自分を迎え入れてくれる家族はいなかったし、何より空っぽになった家を見るのが辛かった。


それでもいつかまた帰りたいと思った時のために、少ない給料から家の管理費を捻出してきた。

こつこつ貯金もして、いつかは祖母みたいに小さな店でも開こうとも思っていた。


誰にも言ったことのない、自分だけの小さな夢。


しかし東京での生活は思っていたよりもお金がかかり、いつからか維持費をまかなえなくなり、泣く泣く家を手放すことになってしまった。今では沖縄に移住してきた若夫婦がそこでおしゃれなカフェを開いているという。


家の売却書類にサインした時、ついに自分の最後の砦までもなくなったと思った。糸の切れた風船のように、自分が頼りなく寄る辺ないもののように感じられた。


海斗に会ったのは、そんな時だ。

焼けた肌、まぶしい笑顔。がっしりとした身体。底抜けのない明るさ。


——海の、香り。


沖縄から上京してきたばかりという海斗の身体からは懐かしい〝故郷〟の香りがした。だらしなくて気の弱いところも含めて、海斗のすべてが〝故郷〟だった。

完全に失ってしまったと思っていたものが、再び目の前に現れた。


ある意味、自分が海斗に引かれたのは、必然のことだったのかもしれない。

だが、やはりそれは恋愛感情とは違う気がする。なら、何だと聞かれれば、そこまでなのだが……。

(もしかして、これも依存なのだろうか……?)


わからない。

玄沢の顔を思い出す。

冷え冷えとした怒りでふちどられた瞳。

会ってまだ一日二日と経っていないが、いつも余裕に構えていた彼らしくはない、衝動的な表情だった。


(やっぱり、俺が悪いんだよな……)

それはわかっている。

誰だって自分の仕事を馬鹿にされたら怒る。しかも玄沢は、探偵の仕事に並々ならぬ情熱を注いでいるように見えるから余計だ。

(あの人は何で、あそこまであの仕事にこだわっているんだろう……)


「うわっー! もうわからないことだらけで、ワジワジ(イライラ)するー!」

抱えていたクッションに締め技をくらわせる。


(というか、何でこんなことになったんだ!? 何だかんだいって、数日前までは平和だったのに!?)


ふと、素朴な疑問が湧いてきた。

海斗は、なぜ急に金を要求してきたのだろう。

今までは飲みに行くにしろ、女を買うにしろ、その場しのぎ程度の金ならば色んな言い訳をこねくり回して直接ねだってきていた。


何より、あのどんなに自分や社員から冷たい目で見られようと、職場まできて面と向かって金をせびりに来ていた海斗が、わざわざ探偵を雇い、少なくはない探偵料を払い続けてまで仲介させたのはなぜだ?


(そもそも三十万なんて金、一体何に使うつもりなんだ……それに、すぐに金を受け取れないと知ってどうしてあんなに動揺していた……?)


これは一度、海斗とちゃんと話し合ってみた方がよさそうだ。


「よし、明日着替えを持ってくるついでに、家に寄ってみるか」

クッションを綺麗に整えて、元置いてあった場所に戻す。


思った以上に疲れていたのか、ベッドに潜り込むなり、すぐ眠りの世界に吸い込まれてしまった。



起きたら、昼近くだった。

今日が日曜で本当に良かった、とホッと息をつく。


カーテンを開けると、晴天の空が広がっていた。もう雪は降っていないが、いたるところに積もった雪が東京の街を青白く照らし出していた。


日曜日ということもあってか、のろのろと支度をしてアパートに向かう。

自分の部屋の前についた時、何となく嫌な予感がした。今まで、散々海斗に振り回されて培われた勘かもしれない。


玄関のドアを開ける。が、部屋を間違えたかと思ってすぐに表札に書いてある部屋番号を確認する。

あっている。もう一度、中を覗くが、現実は先ほどのものと変わりなかった。


中は、ものけの空だった。

ほこりだけが残ったフローリング。日焼け痕がうっすら残る壁。カーテンすらかかっていない窓。

ぽかんと口を開けたまま、陽向は玄関先で立ち尽くした。

何が起こったのか、まったく訳がわからなかった。


「あれ、喜屋武さん?」

通りすがりのアパートの住人が声をかけてきた。

「あ、お隣の……」

「ちわ。そういえば、おたく引っ越すの? ずいぶん急だけど」

「え……何で……?」

「昨日、業者のトラックが来て、家具を運び出していたから。あれ? でも引っ越し屋じゃなくて、質屋って書いてあったような……」

「……質屋……質屋ぁああ⁉︎」

その瞬間、すべての回路がつながった。と同時に、回路が一気に焼け焦げる。

「~~ッあの野郎っ!」

「え!? ちょっと喜屋武さんっ!?」


住人の制止の声も聞かず、陽向は一目散にアパートから飛び出した。


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