【あらすじ動画あり】4話

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【あらすじ動画】

◆忙しい方のためのショート版(1分)

https://youtu.be/AE5HQr2mx94


◆完全版(3分)

https://youtu.be/dJ6__uR1REU

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パアッと陵蘭の顔が輝く。

「そうか、そうか。いつも悪いねぇ。では、これをお使い」

陵蘭は持っていた扇を差し出してきた。銀次の上がり一ヶ月分に相当しそうな高級品だ。

銀次はそれを慎重に受け取ると、露店の並ぶ通りへ出た。


通りには様々なモノたちが行き交っている。

その様子を見ながら、銀次は何度か深呼吸をする。そして最後に大きく息を吸うと——


「さァさァ。いらはい、いらはい。御用とお急ぎではない方はゆっくりと聞いておくれ」

バンバンと扇で手のひらを叩く。

往来のモノたちが「なんだ、なんだ」と小柄な少年に注目し始めた。

久しぶりに味わう高揚感に、銀次の商人の血が騒ぐ。


「結構、結構。結構毛だらけ猫灰だらけ。見上げたもんだよ屋根屋のフンドシ。ものの始まりが一ならば、国の始まりは大和の国。泥棒の始まりは石川五右衛門ってね。続いた数字が二。日光結構東照宮。憎まれ小僧世に憚る。兄さん寄ってらっしゃいよ。吉原のカブってね。さても何でも揃う幻燈町。しかし求める愛や恋は売っておるまい。え? 売っている? ならば私、今日は恋を売ることにしましょう。恋も買ったり売ったり出来まする。ただし心の売り買いです。目に見えないから値がつきにくい。私ァあんたが憎いってね。憎けりゃ盗んでおしまいな。恋には盗みも許される。可愛いあの娘の心が盗みたい。粋な姐さんに心を盗まれたい。そんな方はどうぞこの先の四つ辻へ。麗しき大泥棒が待っております。さァさァ、いってらっしゃい見てらっしゃい。おっと、そこの兄さんありがとう」


銀次が声を張り上げる中、あちらこちらで「どうする、行ってみるか?」と移動するモノが現れ始めた。

それを狙っていたのか、陵蘭付きの遊女たちが路地から姿を現す。


「皆様ぁ〜幻燈町一の遊郭『花蛇』はこの通りの先にありますぅ〜私たちがお連れしますよ」


きらびやかな彼女たちの登場に観客が色めきたつ。大勢の客が彼女たちの後についてゾロゾロと移動し始めた。


「どうやら今日は大入りのようだのぅ」

路地の暗がりから、悠々と陵蘭が出てきた。


「さすが銀坊。お前さんの啖呵(たんか)はいつ聞いてもすっきりするのぅ」

「えぇ? いやぁ、それほどでも」


感心したように言われると、悪い気がしないのが悔しい。


啖呵売(たんかばい)——それが銀次の得意芸であった。


彼の家系は代々、浅草で露店を出す香具師(やし)。その商売道具はもっぱら口。達者な啖呵(説明)でもって道端の石ころでも宝石と思わせて売りつけてしまう。一方の客もインチキとわかっていながら、ついつい口車に乗って買ってしまう。それこそが啖呵売なのだ。


銀次は小さい頃から祖父や父親の啖呵を聞いて育った。そのため口を開けば自然と言葉が出てくるのだ。


「とはいえ、親父たちと比べるとまだまだですけどね。表の香具師の中にはもっとスゴい人もいるし」

「いや、そうだとしてもだ。お前さんは声が良い。その声、ここで売り出したらさぞや高値がつくだろうに」

「へ? まさか冗談。物と芸は売っても自分は売らないのが商人です」

「ふふっ、なるほどのぅ」


陵蘭は扇で口元を隠し、宛然と笑った。

いつの間に新しい扇を出したのやら。

銀次は、それならばと手にした金扇をサッと懐にしまう。

盗ったんじゃない。借りただけだ。

(まぁ、永遠に返さないけど)

こうゆう抜け目のなさこそがエンコで生きていくためのコツなのだ。


「それよりも、辰っあんは——」

「おいっ! 銀っ!」


その時、雑踏の向こうから辰政の声がした。

銀次は慌ててそちらに駆け寄る。


「辰っあん! 大丈夫かっ! 何もされなかった!? 特に陵蘭付きの遊女! あいつらイイ男を見ると指の一本や二本すぐ喰っちゃって——」

「は、遊女? そんなものに会ってないぞ」

「へ? じゃぁどうやってここが…?」

「や、銀の啖呵が聞こえたから。人も集まってたし」

「へ、へ……!?」


嫌な予感がして、銀次は勢いよく後ろを振り向いた。ニタニタ笑う陵蘭と目が合う。

瞬間、銀次の頭の中でプチリと短い神経が切れる音がした。


「て、テメェー! また騙しやがったなっ! タダ働きさせやがって! あっ! もしかして小奴は——」

「ほほほ、やっと気づいたか。小奴には店の準備にいかせたわ。お前さんのおかげで大込みになると思ってな。言っておくが銀坊。お前さんも商人のはしくれなら、口約束など信じずに、ちゃんとした契約を結ぶんだな。それがこの裏町の掟だ」


高笑いする陵蘭に、銀次はもはや怒る気さえなくなった。

いくら遊び人といえども、陵蘭は格式ある大店(おおだな)の経営者。たかが十五六のガキが敵う相手ではないのだ。

唇を噛んで悔しがっていると、辰政が不思議そうな顔をして見てきた。


「銀。この人は——」


すかさず陵蘭が手を差し出す。


「お初にお目にかかるのぅ。わてはこの先の遊女屋の店主をしている陵蘭という。銀坊にとっては師匠とも言えるのぅ」

「師匠…? それは一体何の?」

辰政が挨拶がてらに尋ねる。

「商売だ。この裏町における」

陵蘭は完璧な流し目を通りに送った。


「この市は特殊でのぅ。様々な物と者があらゆる時間と空間から集まってくる。未来・現在・過去、彼岸・此岸、果ては異世界からも。ゆえに、ここにないものは一切ない」

「まさか…本当に何でも?」

「あぁ、もしこの市場にないものでも、渡りの商人に頼めば持ってきてくれる。彼らは様々な時空を旅する放浪者だからのぅ。ただし彼らに頼むと、その分だけ代価は高くなる」

「代価? それは金、ってことですか?」

「いや違う。ここでは表の金は通用しない。裏町は基本、物々交換。客は欲しいものと引き替えに自分のものを差し出す。それを商人が良しとすれば商談成立。つまりここで何かを得ようとすれば、必ず何かを失わなくてはならないということだ。それが裏町の掟。もしこの掟を破ったり、商談の契約を違えた者は必ず罰せられる。裏町を永遠に彷徨う乞食となるか、または商品として売られたり買われたりするか」

「は!?」辰政は勢い良く銀次を見た。「銀っ! テメェ、やっぱり危ない仕事じゃんかよ。そもそもお前、いつからこんなところに——」


胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄ってくる辰政に、ポロリと言ってしまう。


「えっと…震災のあと、かな…?」

「はぁ!? そんな前から!? 何でお前、俺に言わねぇんだ!?」

「えっと…それは——」


いい淀んでいると、陵蘭ののんびりとした声が割って入ってきた。


「まぁまぁお二人さん。天下の往来で喧嘩などするもんじゃあないよ」

陵蘭は銀次と辰政の腕を掴むと、露店の裏へと引っ張って行った。

そして、似非臭い笑顔を辰政に向ける。


「お前さんもあんまり叱ってくれるな。銀坊がここに来たことは必然。裏町は何か欲しいモノや探したいモノがある者にしか開かれん。まぁ、商人と一緒に来た者は別だが」

「……探したい、もの?」


辰政は何かに気づいたようにハッと銀次を見た。


「…もしかして、銀。お前が探しているのって…清一郎さんか?」

ギクリと銀次の体が強ばる。

無言の相手を見て、辰政は確信を深めた。


「やっぱり清一郎さんを探してるんだな…でもあの人は十二階から投げ出されて…亡くなったはずだろう?」

「違うっ…! 兄ぃは生きてるんだっ…!」


銀次は自分でも気づかずに叫んでいた。

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