【あらすじ動画あり】帝都浅草探しモノ屋~浅草あきんど、妖怪でもなんでも探します~

郁らん

【あらすじ動画あり】1話

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【あらすじ動画】

◆忙しい方のためのショート版(1分)

https://youtu.be/AE5HQr2mx94


◆完全版(3分)

https://youtu.be/dJ6__uR1REU

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「さァさァ、お立ち会い。手前、誰だ何だと聞かれれば、生まれも育ちも浅草エンコ。姓は市村、名は銀次。この奥山、観音様のお背中にて商いをしております香具師(やし=商人)のはしくれ。決してアヤシイ者ではございません。さァ、もっと寄って寄って。今から始まる物語、聞くも涙語るも涙の物語。からからからくり覗きカラクリ。さァさ始まるよ。寄ってらっしゃい見てらっしゃい。そうれ始まり、始まりィ」


バンバン。扇で目の前の講談机を叩くものの、道行く人々の中に足を止める者はいなかった。

(……まぁ、慣れてるからいいけど)

銀次は後ろに敷いてある蓙(ござ)の上にゴロンと寝転び、青空に向かって口上(こうじょう)を続けた。


「その頃、本郷の二丁目に名高き八百屋の久兵衛は——」


これは覗きカラクリの定番「八百屋お七」といい、江戸時代、恋に狂った十六歳の少女が町に火を放った罪で火刑に処される話だ。


覗きカラクリとは、言ってしまえば、紙芝居の進化版のようなものだ。

仕掛けは簡単で、木箱の中に絵が入っていて、箱の前面に付いたレンズから中を覗くと、レンズの凹凸効果で絵が立体に見えるというものだ。中の絵は箱の横に付けられた紐を引けば変わり、香具師(やし)がそれを引きつつ物語をもの語る。

だが活動写真(映画)が大流行している昨今、こんな子供騙しの紙芝居など誰も見に来ないのは当然だ。


「はぁ」

銀次は頭の後ろで腕を組み、昼寝を決め込もうと目を閉じる。

お隣ロックの生き生きとした賑わいが、鮮明に耳に入ってきた。


昭和初期、浅草。

「帝都一の娯楽場」である浅草には連日多くの人が集まっていた。

中でも特に「ロック」と呼ばれるメインストリートには、活動写真館、劇場、見世物小屋や露店が多く軒を連ね、「浅草と言えばロック」と称されるほどの盛況ぶりだ。


「ロック」という名称は、「六区」から来ている。

この時代、浅草は台東区ではなく浅草区という大きな地域だった。中でも浅草寺周辺は浅草公園——通称「エンコ」と呼ばれ、さらにそれが六区画に分かれていた。


一区——浅草寺

二区——仲見世通り

三区——伝法院

四区——瓢箪池、水族館

五区——奥山、花屋敷

六区——興業街


ちなみに銀次が今いるところは五区の奥山。浅草観音堂の裏手にあるこの広場には昔、たくさんの見世物小屋があった。だが明治の区画整備の際、多くは繁華街であるロックに移動。現在では、銀次のような覗きカラクリを始めとした古くさい興業小屋がポツポツと残っているだけだ。

そんなところへわざわざ来るモノ好きもおるまい。


「おいおい、真っ昼間から寝てるとはのんきだな」

聞き慣れた声がして目を開けると、お馴染みの顔がこちらを覗き込んでいた。

「——辰っあん」


いたのは、幼なじみの辰政(たつまさ)であった。

黒絣の着流しに兵児帯。長い足に、織り帯の日和下駄をひっさげている。

一見するとくだけた格好に見えるが、それが何とも粋に見えるのは、辰政の歌舞伎役者ばりのキリッとした容貌のせいだろう。

「ちょいと鯔背(いなせ)だねぇ」

辰政を見かけた吉原や町方の姐さん方が、道方でそう囁くのを銀次は何度も聞いたことがある。


「相変わらずここはシケてんな。こんなんじゃ上がりも高がしれてるだろ、銀次。ちゃんと食ってんのか?」

辰政は涼しげな目元で辺りを見回した。


軽口ながらも気遣いが窺える幼なじみの声音に、銀次はくすぐったい気持ちになる。


「へぇ、そりゃもう。あたりき車力、車引き。恐れ入谷の鬼子母神ってね」

「おいおい、こっちは本気で心配してるんだぞ。」


辰政はボリボリで襟口から出した手で頭を搔くと、


「ま、何かあったらでいいから、俺——黒団を頼ってこいよ。遠慮はいらねぇ。俺たち、そう約束しただろう?」

と言って、ニカッと笑った。

江戸ッ子ならではの気ッ風の良さ。それが辰政のいいところだ。


銀次と辰政は同じ浅草花川戸(はなかわど)の小さな通りで生まれた。

下町の流儀は、子供(ガキ)の始末はガキだけで付ける、だ。そのため大人たちも子供の喧嘩には無駄な介入はせず、本人たち自身が解決するまで放っておく。

だがそう簡単にいかない時もある。そんな時は辰政の出番だ。あの頃の辰政は、浅草花川戸界隈を中心に、血の気の多い下町育ちのイタズラ小僧やおてんば娘たちの喧嘩をさらりと捌く、いわばガキ大将的な存在だった。

銀次も小さい頃から遊び相手である彼には、色々世話になった。——特にあんなことがあってからは。


大正十二年九月一日、大震災が帝都を襲った。

地震は大きさもさることながら、その後に広がった火災の方も深刻で、帝都は数日間火の海となるほどだった。

浅草も九割方が焼け、銀次たちが住んでいた花川戸通りも全焼。たまたま外に遊びに出ていた辰政と銀次は無事だったが、二人の家族や家は灰燼に帰してしまった。帰る場所を失ってしまった二人は、その後、浅草を放浪し、最終的に浅草公園(エンコ)の住人となった。


当時、エンコには同じような少年たちがたくさんいた。

彼らはユスリタカリ、違法すれすれのインチキ商売をして暮らしており、不良少年(グレ)と呼ばれていた。

だが不良といえども、大半は震災孤児。生きるために仕方なくやっている者も多かった。


警視庁統計によると、震災後の浮浪性不良少年は帝都に四、五万人。その大部分がエンコに集まっていたという。

震災後、浅草は銀座などに先んじていち早く復興を成し遂げた都市だ。そのため、全国から不良少年(グレ)をはじめとして浮浪者(ルンペン)や乞食などが集まり、結果、エンコは帝都一の娯楽場であると同時に、帝都一の貧民の溜まり場ともなった。


光が強いほど、闇も濃くなる。

闇の中に跳梁するのは人買いや女衒、犯罪者や汚職警官などなど、一筋縄でいかない者が多い。

ゆえに不良少年(グレ)たちは、魑魅魍魎とした大人たちから己の身を守るため、各々がそれぞれの色を掲げた徒党を組んでいた。


——浅草黒団(こくだん)

このエンコで二番目の規模を誇る不良少年団の頭領こそが、辰政だった。

黒団は地元浅草の孤児たちを集めて作ったチームだ。そのためエンコの少年団の中でも一番結束力が強く、頭領の人柄もあってか、今の世には珍しい「弱きを助け、強きをくじく」義理人情派だ。


ただひとつ欠点をいえば、短気で一本気な浅草ッ子が集まっているゆえ、どうにも喧嘩っ早い。毎日どこかしらで他のグループと小競り合いを起こしているほどだ。

平和主義——というか面倒くさがり屋な銀次は人と群れるのが好きではなくて、黒団だけでなくどこのグループにも入っていなかった。

そのことについて辰政は直接何か言ってきたりはしないが、時折こうして何気ないフリをして様子を伺いに来てくれたりする。

親も兄弟もいない今、辰政だけが唯一の昔なじみ。とだけあって、相手の顔を見るとやはり安心するものだ。


「おい、銀?」

「え?」

ハッと我に返ると、目の前にいる辰政が大きなため息をついた。

「お前、そんなにぼおっとしてて大丈夫か?落ち着いたとはいえエンコには色んな奴がいるんだぞ。ただでさえお前は、あんなところに住んでいるのに——」

辰政がブツブツ言い始めた。普段は万事アッサリしている彼だが、これに関してだけは別だった。


現在、銀次が住んでいるのは震災前『十二階下』と呼ばれていた私娼窟だ。

浅草の密かな名所だったここは震災後の取り締まり強化で、娼婦たちが玉ノ井(たまのい)などに移動。すっかりと寂れてしまったため、銀次はその空き屋のひとつを(勝手に)拝借させてもらい住んでいる。だが中には震災後も元十二階下に留まり続け、絵葉書屋、銘酒屋と称して怪しげな宿をしている者も少なくはない。


辰政はそれが不満らしい。


「お前、騙されて売られたりするなよ」

「へ? まさか、ないない」


銀次は片手を振り、カラカラと笑った。


「それにだ。俺ァはこう見えても生粋の浅草商人。物と芸は売っても、自分は売らねぇよ」


威張るように肩をそびやかすと、辰政が懐かしそうに笑った。


「銀次の親父さんの商人格言か。まぁ、お前は親父さん譲りの商売上手だから心配いらねぇか。何か新しい商いも始めたとか聞いたし——って、いけね」


六区の方から活動写真の上映を知らせる鐘がなり、辰政は素早く身支度を調えた。


「じゃ、俺もちょっくら仕事にいってくるわ」

「おう。いってら〜」

銀次は手を振って、辰政の後ろ姿を見送る。


「ねぇ、今のって黒団の頭領だよね?」

すぐ近くで柔らかな声がした。慌てて見回すと、スーツ姿のすらりとした格好の人物が覗きカラクリを覗いていた。


三つ揃いに中折れ帽。エナメルの靴。

銀座辺りを歩いているモボ(モダンポーイ)みたいな格好だ。背はそこまで高くないものの、ほっそりした体格に洋装がよく合っていた。


「ちょっと聞きたいのだけど、君がここの店主?」

顔を上げたモボは、切れ長の目で品定めするように銀次を見た。

洋装と同じくさらりとした顔立ちだった。栗色の髪に、白皙の肌は中性的といっていいほどだ。


(なんで、こんな人種がここに……?)

訝しく思いつつも、銀次は両手でもみ手をし、対客用の愛想笑いを振りまいた。


「へぇ、そうですけど。今をときめくモダンさんがこんな見世物小屋に何のご用で?」

モボは一瞬、躊躇ってから口を開いた。

「それが……噂で聞いたんだ。ここに『探しモノ屋』があるって」

「え……?」


一拍おいたあとに、ピンときた。これはもう一つの仕事の客だ。

銀次は背筋を正し、相手と向き合う。


「へぇ。私がその『探しモノ屋』です。言っていただければ何でも承りますよ。もちろん代価さえ払っていただければ、ね」

「!? それじゃ、やっぱり君が!? 嘘だろう? まさかこんな小さい子供だとは思わなかった。それに何だかインチキくさいし……」


手甲(しゅこう)に脚絆(きゃはん)という昔ながらの行商の格好をしている銀次を見て、モボが胡散臭いそうに呟いた。

不躾なその視線に、銀次の笑顔にピキリと罅が入る。


「……おい、ちょっと聞いてりゃネエチャン! インチキインチキって、こちとら先祖代々将軍様の頃から、ここで売(バイ)してんだっ! 観音様に背を向けられても、こっちが背を向けなきゃいけねぇことはしてねぇよ。ちょっと別嬪だからってナメってもっらっちゃぁあ——」


そこまで言って気がついた。売り以外で客に啖呵を切るなんて、商人失格だ。

銀次は一瞬にして笑顔に戻ると、へへへと頭を搔いた。


「や、失礼しやした。今のはちょっとした冗談で——」

「いや、それより……いつから気づいてた? 私が女だって」


モボの格好をした男装の麗人は信じられないというように銀次を見た。

見れば見るほど女性——しかも結構若い——にしか見えなくて、銀次はちょっとドギマギしてしまう。


「へ、へぇ……最初からかな? 別嬪には目がないもので」


調子に乗って言うと、麗人が「ふっ」と妖艶に笑う。


「浅草の男の悪いところは、些か口が軽すぎるというところかな。でもさすがは商人筋。モノを見る目は確かなようだ。インチキといったのは取り消すよ。そこでだ。私は君に探しモノの依頼をしたい。報酬はいくらでも出す」


「報酬」という言葉を聞いて、銀次の顔がすぐさま商人のそれに戻る。悪代官さながら、腰を折り、声を潜めて呟く。

「へぇ、ありがとうございます。それでどんなモノで?」


一瞬間を置いたあと麗人は周囲を見回し、同じように声を潜めた。


「女の子だ。紅子(べにこ)という名の女の子を探して欲しい」

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